「ハルー、そろそろ行くぞ」
「はーい」
弘が部屋に顔を出すと、ハルが白狐面を被っているところだった。
「懐かしいな、それ」
「でしょ?弘も被ったら?私は顔の傷を怖がられちゃうから被るけど」
「いやぁ、2人揃ってお面してたら只者じゃない感が凄いから止めておくよ」
「あはは、確かに」
ハルが楽しそうに笑う。
ハルと弘は前線復帰の日を迎えていた。
怪我が治り、ハルの義足も出来て、組織の体制も再び整ってきた為だ。
「じゃ、行こうか」
《応》
ハルが声を掛けると、3頭のオオカミも勢いよく立ち上がった。
「勝も連れて行くのか?」
少し不安気な表情を作った弘に、勝が答えた。
《俺も行く!ってハルに言ったんだよ、俺もまだまだ動けるし、俺みたいに小さいけど速い奴はそう居ないだろ?》
「無理はするなよ、勝だけじゃないけど」
ハルの言葉に、はーい、とオオカミ達が揃って声を上げた。

《またハル達と歩けるのは嬉しいけど、戦うのは嬉しくないな》
煌が待機所を出てすぐに言った。
《俺も》
《同じく》
「私も」
「俺もだ」
「たたかいは無いに越したことはないもんねぇ」
《でも、もしもたたかいが無かったら、俺たち会ってなかったのかな?》
勝が考えこむように下を向いたのを見て、ハルと弘は顔を見合わせた。
「まさか。俺は欲張りなんだ、もしたたかいが無くても、ハルも咲羅もお前らも、絶対に見つけてたよ」
弘が胸を張って答えるのを見て、ハルとオオカミ達は嬉しそうに顔を輝かせた。

空高く、鳶が飛んでいるのが見える。
それを眺めながら歩くハルに、弘が左手を差し出した。
「...?どしたの?」
「手」
「は?」
「お前が右足の義足引っ掛けて転ばないようにって言ってるんだよ、転ばぬ先の杖、って言うだろ」
ハルは暫く弘の顔と差し出された手を交互に見つめていたが、ふっと笑って白狐面の鼻先を上に向けた。
「あいにく、弘に掴まらないと歩けないほど貧弱じゃないんですよ私は」
「...お前」
弘がハルの方を見て溜息を吐いた。
「かっっわいくねぇな」
「喧嘩か?買うぞ」
ハルは挑発的に言った後、ぱしっと音を立てて弘の手を取った。驚く弘に悪戯っぽく笑いかける。
「でもまぁ、弘の左腕の代わりなら喜んで務めますよ」
はは、と弘が声を上げて笑った。
「余計なお世話だ」
「余計とは何だ」
いつものように軽やかなやりとりを繰り広げる2人を、楽しそうに3頭のオオカミが見守っている。
「本当にハル姉と弘は仲良いよねぇ」
不意に聞き覚えのある声が聞こえて、2人は揃って振り返った。
《どうした?》
狼鬼が不思議そうにハルと弘に問うと、2人は互いに目を合わせてから少し照れたように笑った。
「なんでもない、行こ」
ハルが歌うように言って、弘の手を引いて軽やかに歩き出す。
《ねぇ、咲羅》
ハルが心の中で語りかけた。
《私、いや、私たち...生きてて、良かったよね?》
勿論!と笑顔で頷く、薄桜の羽織の少女が見えた気がした。