【770PV突破しました!ありがとうございます!】たたかい 番外編 〜天秤〜《たたかい 続編・其の壱》

「あんた、表に出てくれるかい?」
店の主人が奥から出てきて、ハルに声を掛けた。それに言いようのない敵意のようなものが滲んでいて、ハルは心の中で首を傾げる。
「...? あの、」
「出て行けって言っているんだ」
ハルが困ったように笑った。
「私、何か不味いことでもしたでしょうか」
「不味い? そりゃあそうだろう、その風体だよ。さっきから他の客が怖がっているのが見えていないのか?」
「...すみません。これは、事故で」
尚も困ったように笑うハルの目の前、ひゅっと音を立てて拳が空を切った。
「...ハル!」
弘の声がした。
ガシャーン、という大きな音。
「...そもそも顔にこんな大きな傷のある女が、堅気の人間な訳あるか。ほら今だって、反射的に庇ってるじゃないか。普通の女はそれができないんだよ」
吹っ飛ばされたハルを庇うようにしゃがみ込む弘には目もくれず、冷たい目をした主人が低い声で言う。
「...よくご存知なんですね」
羽織の袖から赤黒く腫れた頬を覗かせて、ハルが皮肉に笑った。
「...御主人、これは」
弘が静かに呟く。
「正当防衛だよ。出て行ってくれって俺は最初に言ったんだから」
そう笑った主人を見て、弘がぎりっと歯を食い縛ったのが分かった。
裏葉色の羽織が勢い良く立ち上がる。その袖を掴んで止めたのは、紛れもないハルだった。
「...ハル?」
ふぅ、とハルが息を吐く。何かを堪えるように、にこっと笑った。
「良いよ。帰ろうか、弘」
「でも、」
「良いの。良いんだよ、もう」
崩れた木箱を綺麗に積み直して、ハルが頭を下げる。
「...お騒がせしました」
殴られた衝撃で、頭がくらくらしている。
表に出ると、相変わらず賑やかな町の喧騒が2人の鼓膜を打った。
糸が切れたようによろめいたハルの腕を掴んで、弘が静かにしゃがみ込む。
「ほら」
ハルが黙って弘の背中に身体を預ける。立ち上がった弘の耳元に、ハルの小さな独り言が聞こえた。
「狐のお面どこに仕舞ったかなぁ」
春の明るい日差しが、嫌味なほどに明るく輝いていた。

「弘」
「ん?」
ひんやりとした心地良い感触を頬に感じながら、ハルが目の前にいる弘を見上げた。
「素朴な疑問なんだけど。なんでこんなに慣れてるの?よく喧嘩してたの?」
弘が静かに笑って答える。
「俺じゃなくて、弟がな。だって彼奴が悪いんだ、って何回聞いたことか」
ハルが少し可笑しそうに笑う。
「人に殴られたの初めてだなぁ。引っ叩かれたことはあるけど」
「...それも痛いだろ」
「まぁね」
ハルが諦めたようにふっと息を吐く。弘がハルの頭を黙って優しく撫でている。
「弘」
「なに」
「撫でてくれるのは嬉しいんだけどさ、そのめちゃくちゃ怖い顔はどうにかならないの?」
「...そんなに怖い顔してる?」
「うん。行動と表情の乖離が怖いくらい」
弘が吐き出すように笑った。
「そりゃ怒るだろ」
「...そっか」
「...ごめんな」
「何が?」
「...守れなくて」
力が抜けるようにするすると降りてくる弘の手を掴まえて、ハルが甘えたように腫れていない方の頬をすり寄せた。
「全然。寧ろありがとうね」
「...何が」
「怒ってくれて。ひやっとしたけど、ちょっとすっきりした」
弘の表情が微かに緩んだのが分かる。
「それなら、良かった」
ハルが少しだけ、くすぐったそうに笑った。