目を開けると、見慣れた天井が目に入った。そっと腕を持ち上げようとしたものの、ビキッと嫌な音がして、ハルは顔を顰めた。
「いっ...」
長いこと動けなかったせいだろうか。
それとも──
「ハルさん?」
聞き覚えのある声がして、看護婦の顔がハルの視界に入った。
「目が覚めたんですね!良かった、
あの戦いの後、ハルさん、1ヶ月目を覚まさなかったんですよ」
涙を浮かべる看護婦を、ハルはどこか現実味がないというようにぼんやりと見つめていた。
「ここは、今は、」
ハルが掠れた声で呟く。
「待機所です。と、言っても今は組織の皆さんの療養所みたいになっていますがね。今は3月の下旬ですよ」
あぁ、とハルは合点がいったように首を微かに横に向けた。
「それで桃の花が置いてあるんですね」
「ハルさんのオオカミ達が持ってきたんですよ」
看護婦が嬉しそうに言った。
オオカミ、と聞いて、ハルが訊いた。
「あの、オオカミ達は、弘は、どういった状況ですか」
「藤宮さんはまだ意識が戻っていません、お隣にいらっしゃいますよ」
ハルは驚いて横を向いた。
弘が隣で眠っているのを見て、ハルはほっとしたように息を吐いた。
「それから、オオカミ達は...3頭、ですね。狼鬼、と言いましたか、あの赤目の子と、黒くて、青い目をした子、それから小柄な茶色い子が居ます、今は何処か行っているようですが」
「...そうですか、ありがとうございます」
狼鬼、煌、勝。
その3頭が残っているということは、雷、風、金、咲の4頭は駄目だったということか。ハルは微かに呻き声を上げた。
一週間後。
ハルが松葉杖を持って弘の隣に座っていると、ヒョッコリとオオカミ達が顔を出した。
《ハルー!!!》
3頭が声を合わせて、転がるようにハルの方へ走ってくる。
《起きた!動いた!》
《遅いぞー》
《怪我大丈夫ー?》
「動いた!って、人を蘇った!みたいに言うなよ」
《だって本当に動かなかったんだもん》
「怪我は大丈夫、遅くなってごめんね。花ありがとう」
《アレは弘用に持ってきたんだ》
狼鬼がフンと鼻から息を吐いた。
《またまたぁ、素直じゃないなぁ狼鬼は》
勝が笑って狼鬼に体当たりする。
ハルが軽やかに笑った。
《そうそう、ハル。弘、起きた?》
「ううん、まだ。弘起きるの遅くない?私が起きてから一週間だよ、私たちの羽織直せちゃったよ」
《2人分?》
「うん」
《一週間で?》
「うん」
《ハル手芸得意だったんだ》
「まぁ人並みには?」
《ふぅん》
「...う」
微かな呻き声が聞こえて、ハルとオオカミ達は一斉に振り返った。
「弘?大丈夫?」
「みんな...無事か...ここ...」
少し朦朧としたように弘が訊く。
《いつもの待機所だ。お前、ハルより一週間も寝坊してるぞ、もう3月の終わりだ》
煌が弘に返した。
「ハル...生きてるのか?」
「生きてるよ」
ハルの声が微かに震えた。
うーっというような泣き声がハルの喉から洩れて、ハルは目を乱暴に擦った。
「...遅い」
「ごめんごめん」
弘が優しく笑った。
《ハル、起きて一週間で動いてるよ。怖いぐらいの回復速度だって看護婦さん言ってた》
勝の答えに、弘がはは、と笑った。
「さすがハルだな」
ハルは鼻を啜った後、
「そりゃどーも」
と、少し戯けたように笑った。