狼鬼が目を開けると、陽の光がさんさんと待機所の屋根の上に降り注いでいた。
《彼奴ら起きたかな》
桃の花の良い香りが漂ってくる中、狼鬼は勢いよく身体を起こしてブルブルと身体を振った。
足音を立てずに屋根から降りると、目の前にいた茶色のオオカミがぱっと顔を輝かせた。
《狼鬼!》
《勝》
立ち上がった勝の左の後脚は二度と戻ってくることはなくなってしまったが、勝自身は自分と仲間が生きていたことを素直に喜んでいた。
《ねぇ狼鬼、見て、かなり上手に歩けるようになってきたよ》
《そうだな、良かった》
言葉とは裏腹に、狼鬼の表情は冴えなかった。
《ごめんな》
《何が?》
《みんな大怪我してるのに、俺だけが無傷で》
勝は少し考えるように首を傾げたものの、すぐに顔を上げた。
《でも、狼鬼も怪我はしてるでしょう?治ったけど》
《うん》
《だから俺も、狼鬼も、他のみんなも頑張ったんだよ》
それに、と勝が続ける。
《狼鬼が元気にしてると、俺たちも不思議と元気になるからさ。狼鬼には元気でいてもらわないと》
無理は禁物だけどね、と言って勝が笑う。狼鬼の唐紅の瞳に光が灯った。
《そうか...そうだな、ありがとう》
勝は嬉しそうに笑った。
《そうだ、ハルと弘起きた?》
《ううん、まだ》
《...まだか》
あの日、衝撃波に呑み込まれて、ハルは
右足の膝から下を失った。弘は左腕に大怪我を負い、今まで通り動かすのは難しいだろうとのことだった。
そしてあれから1ヶ月が経ったが、2人はまだ目を覚ましていない。
7頭いたオオカミ達も、狼鬼、勝、煌の3頭にまで減ってしまったのだ、ハルと弘、2人共生き残ったのは奇跡的とも言えるだろう。
でも、この1ヶ月、狼鬼は胸にもやもやと残った一抹の不安を、拭いきれずにいた。
《ねぇ、狼鬼》
そんな狼鬼の心中を知ってか知らずか、勝が口を開いた。
《煌も誘ってさ、なんかお花採りに行こうよ。ハルと弘、良い匂いで目覚ますかもしれないし》
《良いね、行こうか》
《やったぁ。じゃ、煌呼んでくるね》
《応》
勝が尻尾を振りながら駆けていく。
狼鬼は座って、ふくよかに香る桃の花を見上げた。
《もう3月か》
狼鬼がぽつりと呟いた。
《...早く起きろよ》
薄紅色の小さな花は、こんこんと眠り続ける2人に、春が近づいていることを知らせているようだった。