木枯らしが吹き荒れ、西日に照らされた山の中を隼が飛んでいく。その後を、ハルと弘、そして7頭のオオカミ達が走っていった。
「本当にこの先?」
弘が狼鬼に向かって声を張り上げた。
《間違いないよ、だって気配が》
気配がすると言いかけた狼鬼の鼻先を、明らかに獣のものではない鋭い爪が掠めた。
《お出ましか》
狼鬼の隣を走っていた(きん)が歯を剥き出して笑う。
組織の他の人間も続々とこの場に辿り着き、武器を構えた。
「行くか」
弘が呟いた瞬間、煌と狼鬼の遠吠えが辺りに響き渡り、ハルを含めた組織の人間、そしてハルのオオカミ達が走り出す。
弘も呂色の薙刀を構えて、土埃が舞うたたかいの場に身を投じた。

初めは乾いた草の匂いに満ちていた山中に、徐々に生々しい血の匂いが充満してくる。
妖に確実に攻撃を加えられてはいるのだが、再生能力や攻撃力の高さに阻まれ、人間たちの方が圧倒的に不利なのは確かだった。
《ハル、大丈夫か》
雷が妖を真っ直ぐ見つめながらハルに声を掛けた。
雷の後ろから呻き声を上げながら立ち上がったハルの左肩は緋色に染まっている。
「大丈夫に見えるか?」
ハルは左肩を押さえると、掠れた声で皮肉たっぷりに返した。
《...すまん、見えない》
雷が言い終わらないうちに、妖の鋭い爪がハルの頭上に飛んできた。
【隙あり】
妖が勝ち誇ったように言う。ハルの目が大きく広がった。
と、ヒュンと空を斬るような音がハルの耳に届いた。
「誰が隙ありだって?」
金属音が響いて、ハルの横に弘が降り立つ。
「...あんがと」
呆然と呟くハルを見て、弘は額から血を流しながら言った。
「いつもの強気なハルは何処に行ったんだ?妖に喰われたのか?」
「んな訳あるか」
ハルが瞳を唐紅に変化させながら返す。
「お、そう来るか。じゃ、俺も負けてられないな」
ハルが尖った鬼の牙を剥き出して笑う。弘も負けじと挑発的な笑みを浮かべた。
「まだまだ、行けるよな?」
「勿論」
2人は一斉に地面を蹴り上げた。

硝子のように透き通った空気が、山の中を流れていく。
ギャオオン、というようなオオカミの悲鳴が聞こえた。
「...(ふう)?」
ハルの絶望的な呟きが、煌の血だらけの右耳に届く。妖が楽しそうに笑った。
煌の後ろには、漆黒の毛を緋色に染めて、雷が力なく倒れている。
煌は地面に爪を突き立てた。
弘もハルもまだ動けてはいるものの、体力の消耗が激しい上に大怪我をしている。長くは持たないだろう。他の人間も同様だ。
自分と狼鬼、それから咲はまだ走れるが、雷、風、金、(かつ)は重傷を負って戦闘復帰は絶望的。
状況を冷静に分析しようとすればするほど、勝利から遠のいていくように思えて、煌は目眩を覚えた。