オリヴァー殿下が退出したお茶会。
主人不在で残された、私を含む妻候補達は混乱を極めていた。
なぜならクリスティナ様が「私たちは利用された」と爆弾発言をしたからだ。
さらに私だけ殿下からお花を頂いてなかった事が判明し、もはや私は悲しみに打ちひしがれるといった状況。それなのにクリスティナ様は「全ては殿下がアリシア様を手にするためよ」などと、矛盾したことを言い出した。
「クリスティナ様、私はお花を頂いておりません。ですからオリヴァー殿下が私を手にするために、という点が全く理解できないのですが。だって手にしたければ、先ずは皆様にお送りしたそのお花とやらを、先ずは私に贈るべきだと思うのです」
年長者ぶった私は、渦巻く疑問を「お花を頂けなかった」という悲しみと共にぶつける。するとクリスティナ様は呆れたような視線を私に向け、大きくため息をついた。
「アリシア様、順に説明しますから、少し黙っていて下さるかしら」
クリスティナ様は私に薄目を向けた。仕方がないので私はキュッと口を結ぶ。
「そもそも今回オリヴァー殿下のお相手として、ツガイシステムのマッチング対象になった方。それは殿下に好意を抱いていた者全てが、選ばれてしまったような気がしませんこと?」
クリスティナ様が紫、緑、黄色のドレスに身を包んだ、三色トリオの皆様にたずねる。
「だってお花が届いたからてっきり」
「そうよ。あんな素敵なダリアが届いたら、誰だってねぇ」
「ええ。てっきり相手も自分に好意を寄せていると、勘違いもしちゃうわ……って私もダリアが届いたわ!」
緑の子が目を見開く。
「私もダリアだったわ。クリスティナ様は?」
紫の子がクリスティナ様にたずねる。
「もちろん私の所に届いたお花も、みなさまと同じ。ダリアでしたわ」
「クリスティナ様もダリアを……」
「つまりみんなが同じをお花を贈られたってこと?」
「それって絶対、私の事を好きじゃない気がするわ」
夢から醒めたといった感じで呟く緑の子。
そんな緑の子の意見に同意するように、黄色と紫の子が大きく頷く。
確かに全員に同じお花が届くなんて偶然にしては不自然過ぎるし、とりあえず花でも送っておけという投げやりな感じが否めない。
(だけど、そんな事を言ったら私はお花すら頂けていないわけで)
投げやりでもいい。オリヴァー殿下からお花が届いたという事実が私も欲しかった。
仲間に入れてもらえない。
そんなのあまりに酷いというものだ。
もはや私は、目の前で繰り広げられる不可解な会話から除外されただけではなく、そもそも一夫多妻というスタートラインに立った時点で、何歩も出遅れてしまっているようだ。
(もうやだ)
ツガイシステムに引っかかったと思い、喜んだのは数秒。
その後、次々と解明される事実に落ち込むばかり。
私は悲しみの気持ちを抱えつつ、ひとまず話の主導権を握るクリスティナ様の顔を見つめる。
「私が思うにツガイシステムは、出会ってさえいれば恋心を抱く相手をちゃんと選ぶ可能性があると思うのです。実際私の周囲には、すでに好意を抱いていた者同士が結ばれるパターンが、いくつか確認できているし」
クリスティナ様が得意げな表情を浮かべた。
(え、そうなの?)
私は素直に驚いた。
そして「恋心を抱く相手同士が結びつく」という発想が、今まで自分の中に芽生えた事がなかったと気付く。なぜなら日々業務に追われる私からしたら、ツガイシステムに示される結果こそが大事なのであり、その過程を詳しく分析しようと思ったことがなかった。
もちろん私だって、ツガイシステムの原理に興味がないわけではない。しかしそういった分析は、私達こんぶ課の仕事ではなかっただけ。古物を専門とする研究職の管轄だ。
そしてこれは言い訳になってしまうが、日々やることリストが真っ黒に埋まる私たちは、畑違いの事に時間を割く余裕など無い。
「でもクリスティナ様のその考えだと、やっぱりオリヴァー殿下は私の事が好きって事になるわ」
「好意を抱いていた者同士がマッチングされるのならばそうよね」
「けれどさっきの殿下の態度は、とても愛情深い感じではなかったわ」
三色トリオが不服そうな声をあげる。
「この私を前に、煙たがっている感じでしたわ。全くもってあの態度は、許し難い愚行でしたわ」
クリスティナ様もムッとした表情と声で参戦する。
「それにみんなに同じ花束を贈っていただなんて、ショックだわ。でも一夫多妻ってきっとそういう事なのよね……」
「そうよね、結局横並び。一番にはなれない」
「でも殿下はあからさまに贔屓をするっておっしゃってたわ。やだ、血を見る事になりそうな未来しか思い浮かばないんだけど」
みんなが揃って浮かない表情を浮かべた。
(やっぱり私だけお花を貰えてないのが、わりとショックなんだけど)
一人だけベクトルの違う不満を口にするのもはばかられ、私は口をつぐむ。
「それで、好意を抱いていた者同士がマッチングされる事と、今回の件について。クリスティナ様は一体どう関係があるとお考えなのですか?」
黄色のドレスに身を包む子が、鋭い質問をぶつける。
「私の第六感によると、通常であれば第一希望同士。つまり両思い同士が結びつく為に背中を押すのがツガイシステムなんだと思うの」
クリスティナ様は堂々とした態度で私達に告げる。
「そもそもの事実として、エスメルダ王国は小さな国だわ。そして魔法使いが存在する国。そのおかげで何とか周辺諸国に攻め込まれずに済んでいる。だからこれからも魔法使いを輩出する必要がある。それはみなさまもご存知よね?」
突然講義をはじめたクリスティナ様。
(それと、お花の問題が関係あるの?)
疑問に思いつつ、私は真面目な顔で頷く。
「我が国が生き残るために、ツガイシステムは重要だわ」
「ええそうよね。我が家は先祖代々ツガイシステムでマッチングされた人と結婚してるし、そのおかげでみんな魔法使いとして、国に仕えているもの」
「というか貴族社会に属する者で、ツガイシステムに疑問を持つ人なんて見たことないわ」
三人はエスメルダ王国の模範的国民といった様子で、口々にツガイシステムを肯定する発言をする。そしてそれに対し、満足そうな表情を見せるクリスティナ様。
「皆様のおっしゃる通り私たちは、盲目的にツガイシステムを信じている。けれどツガイシステムは、ある意味乱暴なシステムだと言えるわ。なぜなら自分が将来を共に歩む相手を、原理不明のよくわからない水晶の占いによって決められてしまうんだもの」
クリスティナ様は少し悲しげな表情を見せた。
「確かに全てが解明されたものではありません。けれど、少なくともツガイシステムは人を不幸にしたりする結果は示さないはずです」
私は、落ち込む様子のクリスティナ様に悪いなと思いながらも反論する。
「でも実際に、今回の件で私達は傷ついていますわ。アリシア様だって一夫多妻制という帝国のとんでもない決まりを考慮したツガイシステムの結果に対し、少しは悩まれたはずです」
「今回は特殊な感じで、殿下が帝国人だからであって、むしろツガイシステムは頑張ったというか」
若干しどろもどろになりながらも、私はこんぶ課を代表し、ツガイシステムを援護する。
「だったらアリシア様は、今回示されたツガイシステムの結果に充分満足しているという事ですか?」
「それは……諦めの部分がないわけじゃないですけれど」
私は小声で自分の気持ちを暴露する。
ツガイシステムは絶対だと信じたい気持ちは未だにある。一方で、出来れば私一人を選んでくれていたらと、ツガイシステムを恨みたくなる気持ちが全く湧かないわけではない。
「ツガイシステムは絶対。けれど、それが全ての人にとって確実に幸せな結果をもたらすとは限らない。今回の件でそれは証明されたのではないでしょうか?」
「…………」
クリスティナ様にあっさり論破され、私は何も言い返せないのであった。
主人不在で残された、私を含む妻候補達は混乱を極めていた。
なぜならクリスティナ様が「私たちは利用された」と爆弾発言をしたからだ。
さらに私だけ殿下からお花を頂いてなかった事が判明し、もはや私は悲しみに打ちひしがれるといった状況。それなのにクリスティナ様は「全ては殿下がアリシア様を手にするためよ」などと、矛盾したことを言い出した。
「クリスティナ様、私はお花を頂いておりません。ですからオリヴァー殿下が私を手にするために、という点が全く理解できないのですが。だって手にしたければ、先ずは皆様にお送りしたそのお花とやらを、先ずは私に贈るべきだと思うのです」
年長者ぶった私は、渦巻く疑問を「お花を頂けなかった」という悲しみと共にぶつける。するとクリスティナ様は呆れたような視線を私に向け、大きくため息をついた。
「アリシア様、順に説明しますから、少し黙っていて下さるかしら」
クリスティナ様は私に薄目を向けた。仕方がないので私はキュッと口を結ぶ。
「そもそも今回オリヴァー殿下のお相手として、ツガイシステムのマッチング対象になった方。それは殿下に好意を抱いていた者全てが、選ばれてしまったような気がしませんこと?」
クリスティナ様が紫、緑、黄色のドレスに身を包んだ、三色トリオの皆様にたずねる。
「だってお花が届いたからてっきり」
「そうよ。あんな素敵なダリアが届いたら、誰だってねぇ」
「ええ。てっきり相手も自分に好意を寄せていると、勘違いもしちゃうわ……って私もダリアが届いたわ!」
緑の子が目を見開く。
「私もダリアだったわ。クリスティナ様は?」
紫の子がクリスティナ様にたずねる。
「もちろん私の所に届いたお花も、みなさまと同じ。ダリアでしたわ」
「クリスティナ様もダリアを……」
「つまりみんなが同じをお花を贈られたってこと?」
「それって絶対、私の事を好きじゃない気がするわ」
夢から醒めたといった感じで呟く緑の子。
そんな緑の子の意見に同意するように、黄色と紫の子が大きく頷く。
確かに全員に同じお花が届くなんて偶然にしては不自然過ぎるし、とりあえず花でも送っておけという投げやりな感じが否めない。
(だけど、そんな事を言ったら私はお花すら頂けていないわけで)
投げやりでもいい。オリヴァー殿下からお花が届いたという事実が私も欲しかった。
仲間に入れてもらえない。
そんなのあまりに酷いというものだ。
もはや私は、目の前で繰り広げられる不可解な会話から除外されただけではなく、そもそも一夫多妻というスタートラインに立った時点で、何歩も出遅れてしまっているようだ。
(もうやだ)
ツガイシステムに引っかかったと思い、喜んだのは数秒。
その後、次々と解明される事実に落ち込むばかり。
私は悲しみの気持ちを抱えつつ、ひとまず話の主導権を握るクリスティナ様の顔を見つめる。
「私が思うにツガイシステムは、出会ってさえいれば恋心を抱く相手をちゃんと選ぶ可能性があると思うのです。実際私の周囲には、すでに好意を抱いていた者同士が結ばれるパターンが、いくつか確認できているし」
クリスティナ様が得意げな表情を浮かべた。
(え、そうなの?)
私は素直に驚いた。
そして「恋心を抱く相手同士が結びつく」という発想が、今まで自分の中に芽生えた事がなかったと気付く。なぜなら日々業務に追われる私からしたら、ツガイシステムに示される結果こそが大事なのであり、その過程を詳しく分析しようと思ったことがなかった。
もちろん私だって、ツガイシステムの原理に興味がないわけではない。しかしそういった分析は、私達こんぶ課の仕事ではなかっただけ。古物を専門とする研究職の管轄だ。
そしてこれは言い訳になってしまうが、日々やることリストが真っ黒に埋まる私たちは、畑違いの事に時間を割く余裕など無い。
「でもクリスティナ様のその考えだと、やっぱりオリヴァー殿下は私の事が好きって事になるわ」
「好意を抱いていた者同士がマッチングされるのならばそうよね」
「けれどさっきの殿下の態度は、とても愛情深い感じではなかったわ」
三色トリオが不服そうな声をあげる。
「この私を前に、煙たがっている感じでしたわ。全くもってあの態度は、許し難い愚行でしたわ」
クリスティナ様もムッとした表情と声で参戦する。
「それにみんなに同じ花束を贈っていただなんて、ショックだわ。でも一夫多妻ってきっとそういう事なのよね……」
「そうよね、結局横並び。一番にはなれない」
「でも殿下はあからさまに贔屓をするっておっしゃってたわ。やだ、血を見る事になりそうな未来しか思い浮かばないんだけど」
みんなが揃って浮かない表情を浮かべた。
(やっぱり私だけお花を貰えてないのが、わりとショックなんだけど)
一人だけベクトルの違う不満を口にするのもはばかられ、私は口をつぐむ。
「それで、好意を抱いていた者同士がマッチングされる事と、今回の件について。クリスティナ様は一体どう関係があるとお考えなのですか?」
黄色のドレスに身を包む子が、鋭い質問をぶつける。
「私の第六感によると、通常であれば第一希望同士。つまり両思い同士が結びつく為に背中を押すのがツガイシステムなんだと思うの」
クリスティナ様は堂々とした態度で私達に告げる。
「そもそもの事実として、エスメルダ王国は小さな国だわ。そして魔法使いが存在する国。そのおかげで何とか周辺諸国に攻め込まれずに済んでいる。だからこれからも魔法使いを輩出する必要がある。それはみなさまもご存知よね?」
突然講義をはじめたクリスティナ様。
(それと、お花の問題が関係あるの?)
疑問に思いつつ、私は真面目な顔で頷く。
「我が国が生き残るために、ツガイシステムは重要だわ」
「ええそうよね。我が家は先祖代々ツガイシステムでマッチングされた人と結婚してるし、そのおかげでみんな魔法使いとして、国に仕えているもの」
「というか貴族社会に属する者で、ツガイシステムに疑問を持つ人なんて見たことないわ」
三人はエスメルダ王国の模範的国民といった様子で、口々にツガイシステムを肯定する発言をする。そしてそれに対し、満足そうな表情を見せるクリスティナ様。
「皆様のおっしゃる通り私たちは、盲目的にツガイシステムを信じている。けれどツガイシステムは、ある意味乱暴なシステムだと言えるわ。なぜなら自分が将来を共に歩む相手を、原理不明のよくわからない水晶の占いによって決められてしまうんだもの」
クリスティナ様は少し悲しげな表情を見せた。
「確かに全てが解明されたものではありません。けれど、少なくともツガイシステムは人を不幸にしたりする結果は示さないはずです」
私は、落ち込む様子のクリスティナ様に悪いなと思いながらも反論する。
「でも実際に、今回の件で私達は傷ついていますわ。アリシア様だって一夫多妻制という帝国のとんでもない決まりを考慮したツガイシステムの結果に対し、少しは悩まれたはずです」
「今回は特殊な感じで、殿下が帝国人だからであって、むしろツガイシステムは頑張ったというか」
若干しどろもどろになりながらも、私はこんぶ課を代表し、ツガイシステムを援護する。
「だったらアリシア様は、今回示されたツガイシステムの結果に充分満足しているという事ですか?」
「それは……諦めの部分がないわけじゃないですけれど」
私は小声で自分の気持ちを暴露する。
ツガイシステムは絶対だと信じたい気持ちは未だにある。一方で、出来れば私一人を選んでくれていたらと、ツガイシステムを恨みたくなる気持ちが全く湧かないわけではない。
「ツガイシステムは絶対。けれど、それが全ての人にとって確実に幸せな結果をもたらすとは限らない。今回の件でそれは証明されたのではないでしょうか?」
「…………」
クリスティナ様にあっさり論破され、私は何も言い返せないのであった。