この世界に、俺以外にも転生者がいるという事が発覚した合同訓練から、一週間ほどが経った。
合同訓練に関しては、あの見張りの後も問題もなく行われ、平原にたどり着いた段階で無事に訓練終了となった。
両学院の先生方も、公爵令嬢であるイザベラ嬢が組み込まれた部隊が無事に戻って来た事で、安堵の息を漏らしていた。
だが当然の事ながら、イザベラ嬢の身の安全の為に、公爵家の方で用意した影の者たちが三日間俺たちの部隊の周囲に潜み、周囲を警戒していたのは言うまでもない。
公爵家としても、彼女の身に何かあれば色々な問題が起こるのは間違いないからな。あの二人きりの見張りの時も、影の者たちが一斉に緊張し、警戒態勢に入っていた。
だが、俺とイザベラ嬢が見張りの時間が終わるまで楽し気に談笑し続けた事で、影の者たちは警戒体勢を解いてくれた。
(あの時が、今回の野営の中で一番緊張した瞬間だったな)
なんせ貴族の中のトップである、公爵家の暗部なのだ。
一人一人が、超一流の技量をもつ者たちで構成された集団。公爵家に忠誠を誓い、ありとあらゆる事をこなし、公爵家を支えてきた裏方たちだ。
あの二人きりの場で、俺がおかしな真似をしていると判断されていたら、一斉に襲われていただろう。
もしあの時本当にそうなったとしたら、四、五人ほどならなら殺れただろうが、その後で確実に殺されていただろう。
辺境伯領を脅かすあの魔境で十五年、王都に来てから二年。
必死に鍛え続けてはきたが、それでも人間を辞めたと言えるようなレベルほどではない、と自分では思っている。
だが公爵家の影の者たちと正面切ってやり合うには、全然力が足りないだろう。まだまだ、鍛え方が足りないな。
「それにしても、訓練から一週間、一切音沙汰がなかったのに急に呼び出してくるなんて。それも、俺が来れるような場所じゃない、こんな場違いな所に」
俺は手に持つ一通の手紙を見ながら、そう呟く。
この手に持つ手紙の送り主は、当然イザベラ嬢だ。質の良い封筒に、同じく質の良い紙が使われており、これ一つとっても、公爵家の財力や権力がどれだけ強大であるか分かるほどだ。
手紙の内容は、あの見張りの時に話していたように、色々と協力してほしい事があると書かれていた。
そこからが問題であった。その話をするためには、俺たち三人でもう一度会う必要がある。だが手紙に書かれていたのは、俺が魔法学院に足を運んでイザベラ嬢を訪ねるという事でもなく、イザベラ嬢とクララ嬢が、逆に騎士学院に俺を訪ねてくるという事でもなかった。
「まさか、公爵家にお呼ばれされる事になろうとはな」
そう、手紙の中で三人で合う場所に指定されたのは、まさかまさかの、王都にあるカノッサ公爵家本家の屋敷だったのだ。
俺としては場所を変えて欲しかったのだが、二人に連絡する手段もなく、公爵家に伝手もない。なので、大人しくイザベラ嬢の指示に従うしかなかった。
手紙で指定された時間、指定された場所で待機し、現れた一台の馬車に乗り込んでユラユラと揺られる事数分、ついにカノッサ公爵家の屋敷に到着した。
馬車の窓から見えるカノッサ公爵家の屋敷は、実家の王都屋敷の、数十倍の規模の金がかかっているのが見て分かるほど豪華だ。
それに、敷地面積に関しても規模が他と違いすぎて、やっぱり公爵家はレベルが違うなぁと、単純な感想しか出なかった。
ユラユラと揺れていた馬車が、屋敷の入り口に到着するとその動きを止めた。
そして、御者が馬車から降り、ゆっくりと馬車の扉を開けてくれる。
御者にお礼を言いながら、ゆっくりと馬車を降りた。それと同時に、屋敷の正面、大きな両開きの玄関扉が開く。
開かれた玄関の先から現れたのは、俺を招いた張本人であるイザベラ嬢と、そのお友達であるクララ嬢だった。
「ようこそ、我がカノッサ公爵家へ。ウォルターさん、歓迎いたしますわ」
玄関口でイザベラ嬢とクララ嬢に挨拶をした後、あれよあれよという間に二人に挟まれ、抵抗する間もないままにイザベラ嬢の私室に連行されてしまった。
その途中で、カノッサ公爵と奥様であろう公爵夫人、イザベラ嬢のお兄さんと思われる方々が見えた。
カノッサ公爵やお兄さん方は、娘に付いた悪い虫を見るかのように俺をギロリと睨みつける。
それに対して公爵夫人の方は、ニコニコと微笑んだまま俺を見ていて、何を考えているのか分からなかった。
メイドさんが机の上に紅茶とお菓子を用意し、静かに部屋から去っていく。すると、イザベラ嬢とクララ嬢の雰囲気が、令嬢のものから普通の人のものに変わる。
「ふぅ~、令嬢らしくしているのは疲れるわ~」
「そうね。でも、慣れるとそれも普通になるわよ。昔は切り替えが難しかったけど、今はそうでもないしね」
「イザベラは凄いよね」
どうやら二人とも、前世の日本では俺と同じく上流階級とかの生まれではなく、一般庶民の家庭の生まれだったみたいだな。
それだけで親近感が湧いてくるのは、やはり転生者同士だという事が大きいのかもしれないな。
「それじゃあ早速、私たちの秘密の会議を始めましょう」
「お~‼」
「お、お~」
「ウォルターさん、クララの真似をしなくても大丈夫よ」
イザベラ嬢が俺を微笑ましく見てくる。
頬が熱くなり、恥ずかしくて俯いてしまう。そんな俺の様子を見て、イザベラ嬢とクララ嬢がクスクスと笑いだす。
「笑わなくてもいいじゃないですか」
「ごめんなさい。でも、あまりにも可愛らしくてね」
「凄い可愛かったよ」
「そ、それよりも、早く本題をお願いします」
女性に可愛いなどと言われるのは、前世も含めて初めてだ。気恥ずかしさから、さらに顔が熱くなっていく。
このままだといじられ続けると思った俺は、二人に本題に入ってもらうようにお願いする。
「そうね。時は金なり。時間は有効に使わなくてはね。少し長い話になるけど、聞いて頂戴」
「分かりました」
そこから語られたのは、一人の転生者の少女が公爵家という家が持つ巨大な力を使って始めた、長く苦しい戦いの記録だった。
まあ簡単に言ってしまえば、このファンタジー世界の衣食住のレベルを、日本の衣食住のレベルと同等にまで引き上げようと考え、実行に移してきたみたいだ。
そして、十五歳の時に入学した魔法学院でクララ嬢と出会い、互いに転生者だと分かり、二人で協力して生活基準を上げようと必死にやってきたようだ。
そうして、ここまでの十七年間でそれなりに発展する事が出来たようだ。
だがそれはあくまで女性目線での、女性中心での発展であった。男性向けの発展が進まず、転生者であっても、女性二人では中々難しいと痛感していたそうだ。そんな所に現れたのが、男性の転生者、つまりは俺だったという訳だ。
「そんな訳で、ウォルターさんには男性目線からの意見をいただきたいと考えています。協力していただけますか?」
「同じ転生者同士、協力してくれないかな?」
二人は共に笑顔を浮かべているが、イザベラ嬢の背中にはあの見張りの時と同じように龍の幻影が浮かび上がり、クララ嬢の背中にも虎の幻影が浮かび上がっている。
「喜んで、お引き受けいたします」
魔物相手の戦闘に関しては、俺もそれなりの自信はある。
だが、男として女性と戦う事に関しては無力なのだ。だから俺は、静かな圧を放つ二人に対して素直に頭を下げて、協力を引き受ける事を了承した。
「今日の所は、三人の顔合わせとどんな事に協力してほしいのかっていう説明だけだから、これでお終い。後の時間は紅茶とお菓子をゆっくり楽しみながら、談笑でもしましょうか」
「賛成‼」
「分かりました」
少し冷えてしまった紅茶と、見た目からして高級なのが分かるお菓子を、それぞれいただく。
紅茶は冷めていようが味も香りも素晴らしく、使われている茶葉が超高級品であるのは当然ながらも、この紅茶を入れた人の腕も一流であるという事は、紅茶に関しての教養があまりない俺でも分かる。
次にお菓子だ。
どこかの高級店のものか、公爵家お抱えの料理人による手作りのお菓子なのかは分からないが、どちらにしても美味しい。
ファンタジー世界によくあるような、砂糖がたっぷり過ぎるほどに使われた甘すぎるお菓子ではなく、分量がしっかりと守られて作られいる、現代日本のお菓子と遜色ないものだ。
「お味の方はどうです?」
「とても美味しいです。前に食べたものと遜色がないです」
「そうだよね‼流石はイザベラ‼これが十年前まであれだったなんて、信じられないわよ」
クララ嬢の言葉が気になり、イザベラ嬢にどういうことかと聞いてみる。
「十年前まであれだった、とは?」
「私がテコ入れするまでは、砂糖たっぷりの甘いだけのお菓子が、この世界では普通だったの。お母様と一緒に外出した時には我慢して口にしてたけど、それでも限界が来ちゃってね。お母様を味方に付けて、迅速に動いたわ」
「なるほど」
公爵夫人も女性だ。甘いものはイザベラ嬢同様お好きなのだろう。
そんな公爵夫人を味方に付けたのなら、とんとん拍子に食の改革は進んでいっただろう。
「それにしても、ハンス料理長また腕を上げたんじゃない?」
「そうなのよ。そのお蔭で試食の回数も増えちゃって、お腹周りも…………ごほん‼今のは聞かなかった事にしてください」
「はい、分かっております。俺は何も聞いておりません」
イザベラ嬢が、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
その姿はとても可愛らしく、前世を通して女性との交際経験がない俺はドキリとさせられてしまうが、幸いにも二人にその事は気づかれなかった。
前世を通して三十数年。ずっと彼女が出来ずに独り身、それも一度もそう言った経験がないと知られてしまったら、恥ずかしくて死ぬかもしれん。
そんな事を考えている間にも、女性二人の会話は続いている。
イザベラ嬢はまだ顔を少し赤らめながら、お菓子の食べ過ぎによって増えたお腹周りの悩みを話し、クララ嬢は同じ女性として危機感を抱きながらも、イザベラ嬢のプロポーションは十分魅力的であると伝えている。
しかし、イザベラ嬢の表情はすぐれない。
すると、クララ嬢が俺の方を向き、キラーパスを出してきた。
「ウォルターさん。イザベラは女性として十分魅力的ですよね?」
クララ嬢だけではなく、イザベラ嬢までもが俺を見ている。
とんでもない質問を問いかけられている訳だが、答えは決まっている。
「……男目線からの意見になってしまいますが、イザベラ嬢はどう考えても、魅力的なプロポーションをしていると思います。それに、個人的には少し肉付きが良い方が見ていて安心します」
イザベラ嬢だけでなく、クララ嬢もどういう意味だと首を傾げる。
「安心する?」
「ええ。女性が同じ女性に対して良いと思っているプロポーションと、男性が異性である女性に対して良いと思うプロポーションは、少し違うと思うんです。言い方が悪くなってしまいますが、女性が痩せていると感じているプロポーションは、個人的には肉付きの薄い体型だと思っています」
「そうなんですか⁉」
「やっぱりそうなんだ」
個人的な考えになるが、俺の言葉にイザベラ嬢は驚いたように反応し、クララ嬢は納得の表情を浮かべる。
「なので俺個人としては、イザベラ嬢のプロポーションは十分に女性として魅力的だと思います」
「そ、そうですか。ありがとう……ございます」
俺の正直な感想に、イザベラ嬢は再び顔を真っ赤にして俯き、黙り込んでしまう。
顔を赤くするイザベラ嬢をニヤニヤと見るクララ嬢。そんなクララ嬢が笑みを一層深めて、再び問いかけてくる。
「ウォルターさん、私の事も魅力的な女性だと思いますか?」
クララ嬢から再びのキラーパスに、俺は意表を突かれて黙ってしまう。
正直に言って、クララ嬢の質問に答えるのは凄い恥ずかしかった。
女性を面と向かって褒める事など、女性慣れしていない俺には難易度がもの凄く高いのだ。
だが一人を褒めて、もう一人には何も言わないと言うのは失礼にあたるだろう。色々とパニックになりながらも、クララ嬢に答えを返す。
「……クララ嬢も、イザベラ嬢に負けず劣らず十分に魅力的なプロポーションをしています。正直に言えば、魅力的過ぎて……その…………目のやり場に困ります。それぐらい、お二人は魅力的です」
「…………ありがとうございます」
クララ嬢も、イザベラ嬢と同じように真っ赤になって俯き、黙り込んでしまう。
そして俺も、男として色々とぶっちゃけまくり、その事が恥ずかして頬が熱くなって黙り込んでしまう。
一旦自分を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をして、紅茶を飲み、美味しいお菓子をいただいく。
暫くすると、二人も気持ちを落ち着かせるためなのか、やや赤い顔をしながらも紅茶やお菓子に手を付け始める。
そんな気まずい空気の中、イザベラ嬢の部屋の扉がノックされる。
「イザベラ、入ってもいいかしら?」
扉の向こうから、凛とした雰囲気を感じる女性の声が聞こえてくる。
「お、お母様?ええ、入ってもいいわよ」
「お邪魔するわね」
イザベラ嬢のお母様、つまりは公爵夫人である女性が、扉を開いて部屋に入っていくる。
俺は不敬にならないように椅子から立ちあがり、頭を下げて挨拶をする。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ベイルトン辺境伯の三男、ウォルター・ベイルトンと申します」
俺の挨拶にフッと微笑みを浮かべ、公爵夫人は挨拶を返してくれる。
「私はイザベラの母、アンナよ。よろしくね。貴方の事はよく知っているわ。ベイルトンの麒麟児、辺境の守護者でしょ?」
「私はそんな大層な存在では…………。私の父や兄たちに比べたらまだまだです」
「ふふふ、謙虚なのね」
アンナ公爵夫人は微笑みながらそう言う。
だがこの人クラスにもなれば、笑顔の仮面をつける事など造作もない。
本心では何を思っているのか分からない。俺の事も、内心ではどう思っているか。
「それで?イザベラとクララ、どっちと付き合ってるの?」
少し緊張しながら、何を言われるかと身構えていた所に、アンナ公爵夫人のぶっ飛んだ質問が飛んできた。
「ゴホッ‼……お母様、一体何を⁉」
「ゴフッ‼……アンナ様‼何を仰ってるんですか⁉」
「え~と………」
パニック状態になっているイザベラ嬢とクララ嬢。
俺は俺で、アンナ公爵夫人に対してどう答えれば正解なのか分からず、言葉が出てこなくなる。
「もしかして、どっちじゃなくて、どっちともなの?」
「お母様‼」
「アンナ様‼」
さらにとんでもない事を言うアンナ公爵夫人に、イザベラ嬢やクララ嬢が顔を赤くしながら怒る。
アンナ公爵夫人はというと、顔を赤らめながら怒る二人を、微笑ましい笑顔のまま見ている。イザベラ嬢とクララ嬢の二人は、アンナ公爵夫人にいいように遊ばれてしまっている。
二人とも転生者で二度目の人生、俺と違って男性との交際経験もあっただろう。思春期の子供みたいに動揺しなくてもいいのに。
それに、二人とも今世で美少女なのだから、直ぐにでも良縁に恵まれる。二人とも貴族の娘として生まれたのだから、婚約者候補の一人や二人くらい幼い頃からいるだろうしな。
「だって、イザベラは昔から男の子にあまり関心がなかったし、男の子に恐れられていたでしょ?まあ、それは今もだけど」
「ぐっ……‼」
イザベラ嬢が苦しそうに胸を抑える。彼女の心にクリティカルヒットしたようだ。
「クララも一年という短い付き合いだけど、男性に関心が薄いっていうのが見ていて分かるわ。それに、イザベラの友達ってことで男性に遠巻きにされてる」
「うっ……‼」
クララ嬢が苦しそうに胸を抑える。彼女の心にもクリティカルヒットしたようだ。
「安心しなさい。社交界でも注目度の高い貴女たち二人が、男性にあまり関心がないのだろうと勘づいているのは、私を含めたごく一部だけよ。その一部の人たちも特に何かをする訳でもなさそうだし、今は放置しているわ」
アンナ公爵夫人が最後に言った言葉に、少し背筋が寒くなる。
最後のあの言葉には、社交界に強い影響力のある公爵夫人として、イザベラ嬢の母親として、我が子を思う気持ちが十二分に込められていた。
もしも本当にその一部の人たちが、二人が男性に関心が薄いという情報を悪用してよからぬ噂を流すなどの工作をし、イザベラ嬢やクララ嬢のイメージを下げようと考えようものなら、公爵家の力を揮われて一気に潰される事は間違いない。
カノッサ公爵家の力に対抗出来るのは、同じ地位と権力のある他の公爵家か、アイオリス王家ぐらいだろう。
「そんな男性に関心のないイザベラが、知り合って間もない男性を屋敷に招待して、自分の部屋で談笑するっていうのよ?それも、同じく男性に関心のないクララも一緒になって。だから、私たち心底驚いたのよ?」
アンナ公爵夫人の言うように、男に関心がないはずの二人が知り合って一週間程度の男をいきなり自宅に呼び、しかも自分の部屋に招き入れるなんて事を知ったら、家族からしたら驚くどころの話ではないだろう。
「全員で押しかけても迷惑になるから、私が家族を代表して、付き合っているのかを確かめに来たのよ。でも二人の様子から見るに、今はまだ友達って所かしら?」
「そ、そうです。ウォルターさんとは友達なの」
「……アンナ様、そうなったらそうなったで、ちゃんと報告はしますから」
「クララ⁉」
クララ嬢の発言に、イザベラ嬢は何を言っているのと驚く。
そんなイザベラ嬢に、クララ嬢は真剣な表情と雰囲気で言う。
「イザベラ、貴女も分かってるでしょ?」
「…………そうね」
イザベラ嬢とクララ嬢の真剣なやり取りを見ていたアンナ公爵夫人が、真剣な表情と雰囲気で二人に問いかける。
「じゃあ、二人はそういうつもりって事で進めていいのね?」
「「はい」」
イザベラ嬢とクララ嬢が、アンナ公爵夫人の問いかけにハッキリと答えた。
俺はそういうつもりというのがどういう意味なのか分からず、三人の会話に入っていけないまま置いてけぼりになっている。
そして、色々と俺だけが分かっていないままに、今の会話で二人の何かが決定したようだ。
何かが決まったあの会話の後、女性陣三人は楽しい女子会へと移っていった。
内容は多岐にわたり、美容や流行の服などの話題から始まり、国政についての話題や貴族たちの間に流れる噂話など、本当に様々な事を話している。
アンナ公爵夫人は、メイドさんに追加で用意してもらった紅茶やお菓子を楽しみながら、イザベラ嬢とクララ嬢に面白おかしく話をふっていた。
俺は自身の存在を薄くし、静かに女性陣の会話を聞いていた。だが、三人の会話の中に出てきた話題の一つに、もの凄く興味を惹かれた。
「イザベラ、最近アルベルト殿下のよからぬ噂を耳にするのだけれど、学院は大丈夫なの?」
アンナ公爵夫人が心配そうな顔をしながら質問をする。
その質問に対して、イザベラ嬢のみならず、クララ嬢までもがうんざりしたような雰囲気になった。アンナ公爵夫人がした質問は、二人にとってあまり積極的に触れたくはない話題のようだ。
「二人ともどうしちゃったのよ?急に不機嫌になっちゃって」
二人のあまりに不機嫌な様子に、アンナ公爵夫人に驚く。
そんなアンナ公爵夫人に、イザベラ嬢が不機嫌さを隠さずに言う。
「お母様が聞きたいよからぬ噂についてっていうのは、アルベルト殿下が婚約者であるマルグリット様の事を放置して、ナタリー男爵令嬢に入れ込んでるって話でしょう?」
「ええ、そうよ。……貴女たちのその語るのも嫌そうな顔をするって事は、その話はある程度事実なのね?」
クララ嬢も不機嫌さを隠しもせずに、よからぬ噂について口にする。
「アンナ様、ある程度どころかほぼ事実です。アルベルト殿下がナタリー男爵令嬢に入れ込み始めてから、マルグリット様との関係が急速に悪化し始めました。今では、ナタリー男爵令嬢と結ばれる事が出来ないのは、マルグリット様が邪魔しているからだと思っているくらいです」
「実際はどうなの?」
クララ嬢からの驚きの情報に、アンナ公爵夫人は厳しい表情になり、クララ嬢に話しの続きを促すように聞く。
「マルグリット様は、関係が悪化する前までアルベルト殿下の事を人間としては好意的に見ていたようですが、男性としては全くといい程興味を示していませんでした。完全に、政略結婚であると割り切っていましたね。なので、ナタリー男爵令嬢との仲を邪魔しようと考えることも行動することもないかと。むしろ、マルグリット様の一つ下の妹であるローラ……様の方が、アルベルト殿下の事を男性として意識しています」
「あのローラの方が、ね。……なんでマルグリットと同じ環境で育って、あんな風になっちゃったのかしらね?」
アンナ公爵夫人が、心底分からないといった様子で呟く。
イザベラ嬢もクララ嬢も、アンナ公爵夫人と同じく全く理解できないといった様子だ。
三人の話を静かに聞いていた生前オタクだった俺は、三人とは全く違う事を考えていた。
アルベルト殿下といえば、この国の第一王子、つまりは次期国王となる王太子である。そして、今の三人の話を聞いていて、生前色々と読んだ小説の中の一つのジャンルや、それにまつわる単語が頭の中に浮かんできた。
乙女ゲーム・悪役令嬢・婚約破棄などといった‟タグ”が、一気に頭の中を駆け巡っていく。点と点が繋がり、幾つもの線が出来上がり、もしかしてという思いがどんどん大きなっていく。
(もしかしてこの世界って、ただのファンタジー世界じゃなくて、乙女ゲームの世界なのか?)