再会から何週間か経った今、私の心に封じ込めていたはずのものが限界を超え、一人もがき苦しんでいた。
どれだけ悩んでも、高校生の時からずっと今に至るまで分からなかったこと——私とは何なのか——
外を見ると、普段なら太陽が昇っている時間にもかかわらず、真っ暗で厚い雲が街中を包んでいた。それでも、少し気分転換をしようと思い、傘を持って外へ出かける。人ごみの中をかき分けながら意味もなく、ひたすら歩き続けていると、ぽつりと一粒の雨水が頭の上に落ちてきた。
時刻は18:00。少ししか歩いていないと思っていたのに、もう夕方だと知って驚く。そういえば、朝の天気予報で夕方から雨だと言っていたのを思い出し、納得する。
そして、徐々に雨脚も強くなり、周囲の人たちは一斉に傘を差し始めた。
ザーザー
傘を差さないまま、足の動きを止める。雨に打たれ、全身びしょぬれになりながら物思いにふける。周りの雨に息をするための酸素が奪われているように感じる。水の中で息が出来ずにもがきあがいているような……そんな感じ。
自然と目の前で降り続けている雨粒に手を伸ばしながら思う。
“このまま雨に溺れてしまえたらいいのに”
ブォォォン
車がスピードを出したまま、通り過ぎていく。それから止めていた足を動かし、再びどこにも行く当てがないまま雨の街を彷徨い歩き続ける。
突然、頭の中にある考えが思い浮かぶ。そのまま、歩みを止めないで、目の前に広がる道路に向けて一歩を踏み出す。もう一歩、もう一歩……と。あと少しで車が来る、その瞬間にグイッと私の体を、意識を……誰かが引き戻した。

「おまっ……何やってんだよ!」
「ゆ、うま?」

私の身体ごと、筋肉質で普段から鍛えていることが分かるぐらい、ごつくて……だけど、なんだか安心する腕の中に包み込まれる。

「璃奈……無事で良かった……」
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃねぇよ!こっちはほんとに、まじで……まじで……良かったぁ……ガチで心配したんだからな!!」
「……ごめん」
「ほんとだよ!ってビショビショじゃん!!璃奈、俺んち来い!お前んちよりは近いから……じゃないと風邪ひくぞバーカ」
「へへ、ごめん」
「へへ、じゃねーよ。こっちの気持ちも考えてみろっつぅの」

二人で軽く話しながら歩いていると、あっという間に悠真の家に着いた。
家に上がって、タオルに着替え、お風呂、と何もかも全部準備してもらって借りた後、部屋に戻るとそこには真剣な顔をした悠真が座っていた。

「ありがと!」
「あぁ。……なぁ、ちょっといいか?」
「う、ん。いいけど……」
「璃奈はさ……あの時何しようとしてたんだ?」
「え、あの時?」
「うん」
「んと……何となくもういいや、何もかも全部消えちまえと思って……」
「それで車にひかれようとしたのか?」
「まぁ、そゆことになるかな。でも、死にたいわけじゃなくて消えてなくなりたいだけなの、私は。この世界から、皆の記憶から……消えたかっただけ……」

二人の間に短い沈黙が流れた。それは一秒だったかもしれないし、一分だったかもしれない。けれど、私には何十分もの時間のように長く感じられた。

「こういう時に言うのはおかしいかもしれないけど……俺、璃奈のこと好き。高校生とかそんなんじゃなくて、ほんとに小さい時から……。ねぇ璃奈、俺が前にサクラは綺麗だから好きって言ってたの覚えてる?」
「うん」
「それね、ほんとは俺の大好きな璃奈の苗字が咲良で、読み方が同じだから好きってことだったんだよ。俺さ、璃奈が笑ってる顔が好き。悩んでないだなんて嘘つかないでよ。何回か俺、聞いたけど毎回同じ答えだったじゃん。気付くに決まってるでしょ?何年幼馴染やってきて、璃奈に片思いし続けてると思ってんの?十二年だよ。十二年。」
「・・・」
「お願いだから消えようだなんて思わないで。俺は璃奈の全部が好きなんだから。璃奈は今のままでいいんだよ。別にどんだけ悩んでたって良いじゃん。でもさ、それを一人で抱え込まないで俺にも分けて欲しいな。そしたら二人で一つでしょ?」
「っでも」
「一緒に悩んで、悩んで、悩み続けながら生きていこうよ。璃奈がいない世界なんて想像できないし、考えたくもない。こうして、隣に璃奈が居てくれるだけで幸せなんだよ。少なくとも俺は、そう思ってる。」

慰めでも、同情でもない、悠真の本当の想いを間近に聞いて、ぶわりと涙が溢れ出てくる。どうにかして涙を止めようとするけれど止まらないまま、ただひたすら泣きじゃくっていた。
——ようやく泣き止んだ後、私は言った。

「ねぇ悠真、私も大好き」
「え」
「えへへ、散々泣いてこれってびっくりしちゃうよね。でも、本当だよ。私も好き!これからも末永くよろしくお願いします」
「……っしゃあ!こちらこそよろしくお願いします」
「ところで、さっき言ってたことってほんと?」
「あ、まぁほんとだけど」
「ほんとにこんな私だけど今のままでもいいの?」

もう一度念入りに確認すると

「うん。だってどんな璃奈でも璃奈は璃奈だもん」

そう断言してくれた。
心の底から言ってくれてるんだなと思い、さらに嬉しくなる。

「へへ、大好き。悠真、ありがとう!私を救ってくれて。かっこよかったよ!」
「別に……。ほんとにもう、こういうことは止めてよ……。俺の前から消えないで……」
「……うん、約束する」
「約束な」

二人で指切りげんまをした後、なんとなく顔を見合わせて笑いあった。
こんな私でも受け入れてくれた。ただ、それだけのこと。でもね、私にとってはそれだけのことじゃない。本当に心から救われたんだ。スゥと空気を吸ってみる。あの時は苦しかったけど今は違う。足りなかったはずの酸素も十分にある。もうほんとの意味で大丈夫だ。もし、苦しくなっても私には悠真がいる。だから……私はこれからを楽しみにして生きたいと思う。