その次のお茶会までは参加したが、次の次のお茶会からは欠席するようになった。
肩身が狭くなったからだ。
クラリッサとばかり話すディーン。
メイベルが隣にいるにもかかわらず、ずっと真正面を向いている。
真正面の椅子にクラリッサが座っているからだ。
身振り手振りを使ってディーンが話すとき、腕がメイベルと触れるときがある。
そのときになって初めて、メイベルの方を向くのだ。
「ぶつかってしまったね、ごめん」
最後のお茶会でディーンと交わした会話は、それだけだった。
それまでも、あまり会話をする二人ではなかったが、森から庭に出てきた小動物の足音で、ディーンが今のはウサギだと言い当てたり、雨の日は図書室の中で、メイベルが詩を朗読したりすることもあった。
静かながらも交流があったと思っていたが、クラリッサのそれを目にすると、今までのが交流と言えるのかメイベルには自信がなくなる。
次の次の次のお茶会をメイベルが欠席した日、侍従が王に報告をあげる。
◇◆◇
「そうかそうか、ディーンはクラリッサ嬢と会話が弾んでいるのだな」
ジョージは笑いが止まらないといったふうだ。
侍従は首をかしげる。
以前は会話が弾むのは不自然だと言っていたはずだ。
侍従はメイベルが続けてお茶会を欠席したことも伝える。
「青痣令嬢も気がついたのだろう。クラリッサ嬢のほうがディーンにふさわしいと」
「しかし、婚約者であるのはメイベルさまです。クラリッサさまのディーンさまへの距離感は、ご友人にしては近すぎます」
侍従はクラリッサの目的を知らない。
あまりにもないがしろにされるメイベルが憐れと思い、こうしてジョージに報告に来たのだ。
しかしジョージの口から飛び出した言葉に、驚愕する。
「それでいいのだ、ディーンの婚約者はクラリッサ嬢に変わる。そろそろ青痣令嬢には退場してもらわんとな」
侍従は、盲目であったころのディーンを長く見てきた。
だからこそ、分かることがある。
ディーンが心を許しているのはメイベルだ。
目が見えないときから変わらず、メイベルの存在感に安堵している。
今は目の前の新しい玩具に夢中になっているが、遊び尽くせば飽きるのが早いのも知っている。
そうなったときに、隣にメイベルがいないと分かればどうなるのか。
メイベルのいないお茶会では、何度もメイベルが座っていた左側の腕をさすっている。
そこにメイベルの気配を感じないからだ。
ディーンのそんな仕草まで見ていた侍従は、ジョージの決定に顔を青くする。
しかし、王には逆らえない。
侍従の報告を聞いて、さっそくメイベルの父親であるリグリー侯爵に婚約解消の通達をしたため始めたジョージに礼をし、侍従は王の執務室を後にした。
とてもディーンには伝えられない。
今回の侍従の判断は、凶と出てしまった。
◇◆◇
リグリー侯爵家に、王からの通達が届いた。
目が見えるようになったディーンは、ホイストン公爵家のクラリッサと婚約を結ぶという内容だった。
つまり、一方的なメイベルとの婚約解消だ。
ただ解消されるだけならば納得がいかなかったが、ジョージとホイストン公爵家の執り成しで、メイベルに新たな婚約者を用意してくれるという。
せっかく繋がった王族との縁がなくなってしまうが、王と公爵家の意向には逆らえない。
しぶしぶではあったが、リグリー侯爵は承諾の返事をした。
またしても、メイベルには何の相談もなかった。
そのとき、メイベルは自室でひっそりと過ごしていた。
これまでも、ディーンにお茶会へ誘われる以外は、ずっと引きこもっていた。
本を読んでいることが多かったが、読む本がないときは手慰みで編み物をした。
本当の母親が亡くなる前、赤ちゃんのために一緒に何か作りましょうと、編み方を教えてくれたのだ。
手袋、靴下、帽子、マフラー。
小物は一通り、編むことが出来た。
使い道のないそれらは、ある程度の量がたまると、メイドが孤児院へ寄付してくれた。
そのまま使ったり、バザーで売ったり、何らかの貢献にはなっているようだ。
迷惑ではないようで、メイベルはホッとしている。
メイベルがもっぱら一人でいるのは、これといった友人がいないからだ。
それは社交界から距離を置いて、もう長いせいでもある。
そのきっかけとなった事件があった。
メイベルが15歳、義妹のシェリーが14歳のときの話だ。
――小雨の降る日だった。
メイベルにとって義母である、リグリー侯爵夫人の墓参りに来ていた。
先月、急逝してしまった義母。
それを治癒魔法で助けることが出来なかったメイベルは、まだショックを引きずっていた。
メイベルを役立たずと激しく罵ったシェリーとの関係も、ギスギスしたままだ。
リグリー侯爵は仕事で行けなくなったので、メイベルとシェリーの二人だけを乗せた馬車は、人通りの少ない道をゆっくりと走っていた。
もうすぐ墓場というところで、馬のいななきが聞こえ、馬車ががくんと揺れて止まった。
「なあに? どうしたの?」
シェリーがのんびりと、御者側の小窓を開ける。
しかし、そこに御者の姿はなかった。
何かが起きたのだと察したメイベルは、すぐに扉に鍵をかけた。
かけた瞬間、何者かが扉を開けようとガンッと取っ手を引いたが、鍵のおかげで振動だけが車内に伝わった。
間一髪だった。
「なによ? なにが起きてるの?」
シェリーもようやく異変に気がついたようだ。
開けた小窓を閉めようとして、そこから覗いていた誰かを見つけ、シェリーが叫び声を上げる。
「きゃああああああ!!」
顔を黒く汚した男が、車内を観察していた。
小窓から腕を入れシェリーを捕まえようとしたが、メイベルがシェリーを引っ張って反対席側へ寄せる。
「へへっ。小娘だけか、ちょうどいい。ちょっと俺たちに攫われてくれよ」
男は小窓からなんとか扉の鍵を外せないか試していたが、どうにも届かないと分かると腕を引っ込めた。
その隙にメイベルは小窓を閉める。
諦めてくれればいいと思ったが、相手は複数人のようだ。
それに対してこちらは力もない少女が二人、身を寄せ合うだけ。
小雨が降る中、人通りの少ない道を走ったことが災いした。
とっくに御者はやられてしまったのだろう。
男たちの話声が聞こえる。
扉を開けるために何かを準備しているようだ。
「助けて!! 誰か助けて!!」
シェリーが叫び声を上げる。
「うるせえ! 静かにしてろ!」
男たちの乱暴な言葉遣いに、シェリーが震えあがる。
このままではいけないが、どうしていいかも分からない。
メイベルも、カタカタと怖気づく自分の体を、抱きしめるしかなかった。
「よおし、ぶつけろ! これで扉が壊れるはずだ! お嬢ちゃんたち、怪我したくなければ扉から離れているんだな!」
笑い声と共に、ドゴッと扉に何かがぶつかる音がした。
同時に馬車も大きく揺れる。
「いやああああ!」
シェリーが恐慌をきたしたように泣き喚く。
「もう一度だ! 早くしろ!」
ドゴッドゴッ!
何か大きなものを抱えて、扉に突進している。
扉の蝶番が軋み、鍵の掛け金も扉から浮いた。
このままでは今にも開いてしまう。
メキィッ!
掛け金が曲がり、木製の扉が車内にめり込む。
わずかに開いた扉の隙間に、大きな男の手がかかる。
そこからは、あっという間に扉が剥がされた。
「手間取らせやがって、ほら、さっさと降りるんだよ!」
メイベルは二の腕を引っ張られ、車外へと放り出された。
道端へどさりと腰を打ち付けたメイベルに、しとしと小雨が降り注ぐ。
男は泣き喚くシェリーも容赦なく馬車から引きずりおろした。
「いやよ! いやよ! 放して! 誰かああ!」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、叫びまくるシェリー。
苛立った男が、大きく手を振りかぶった。
シェリーが叩かれる。
そう思った瞬間、メイベルは飛び出していた。
「止めて! シェリーには手を出さないで!」
肩身が狭くなったからだ。
クラリッサとばかり話すディーン。
メイベルが隣にいるにもかかわらず、ずっと真正面を向いている。
真正面の椅子にクラリッサが座っているからだ。
身振り手振りを使ってディーンが話すとき、腕がメイベルと触れるときがある。
そのときになって初めて、メイベルの方を向くのだ。
「ぶつかってしまったね、ごめん」
最後のお茶会でディーンと交わした会話は、それだけだった。
それまでも、あまり会話をする二人ではなかったが、森から庭に出てきた小動物の足音で、ディーンが今のはウサギだと言い当てたり、雨の日は図書室の中で、メイベルが詩を朗読したりすることもあった。
静かながらも交流があったと思っていたが、クラリッサのそれを目にすると、今までのが交流と言えるのかメイベルには自信がなくなる。
次の次の次のお茶会をメイベルが欠席した日、侍従が王に報告をあげる。
◇◆◇
「そうかそうか、ディーンはクラリッサ嬢と会話が弾んでいるのだな」
ジョージは笑いが止まらないといったふうだ。
侍従は首をかしげる。
以前は会話が弾むのは不自然だと言っていたはずだ。
侍従はメイベルが続けてお茶会を欠席したことも伝える。
「青痣令嬢も気がついたのだろう。クラリッサ嬢のほうがディーンにふさわしいと」
「しかし、婚約者であるのはメイベルさまです。クラリッサさまのディーンさまへの距離感は、ご友人にしては近すぎます」
侍従はクラリッサの目的を知らない。
あまりにもないがしろにされるメイベルが憐れと思い、こうしてジョージに報告に来たのだ。
しかしジョージの口から飛び出した言葉に、驚愕する。
「それでいいのだ、ディーンの婚約者はクラリッサ嬢に変わる。そろそろ青痣令嬢には退場してもらわんとな」
侍従は、盲目であったころのディーンを長く見てきた。
だからこそ、分かることがある。
ディーンが心を許しているのはメイベルだ。
目が見えないときから変わらず、メイベルの存在感に安堵している。
今は目の前の新しい玩具に夢中になっているが、遊び尽くせば飽きるのが早いのも知っている。
そうなったときに、隣にメイベルがいないと分かればどうなるのか。
メイベルのいないお茶会では、何度もメイベルが座っていた左側の腕をさすっている。
そこにメイベルの気配を感じないからだ。
ディーンのそんな仕草まで見ていた侍従は、ジョージの決定に顔を青くする。
しかし、王には逆らえない。
侍従の報告を聞いて、さっそくメイベルの父親であるリグリー侯爵に婚約解消の通達をしたため始めたジョージに礼をし、侍従は王の執務室を後にした。
とてもディーンには伝えられない。
今回の侍従の判断は、凶と出てしまった。
◇◆◇
リグリー侯爵家に、王からの通達が届いた。
目が見えるようになったディーンは、ホイストン公爵家のクラリッサと婚約を結ぶという内容だった。
つまり、一方的なメイベルとの婚約解消だ。
ただ解消されるだけならば納得がいかなかったが、ジョージとホイストン公爵家の執り成しで、メイベルに新たな婚約者を用意してくれるという。
せっかく繋がった王族との縁がなくなってしまうが、王と公爵家の意向には逆らえない。
しぶしぶではあったが、リグリー侯爵は承諾の返事をした。
またしても、メイベルには何の相談もなかった。
そのとき、メイベルは自室でひっそりと過ごしていた。
これまでも、ディーンにお茶会へ誘われる以外は、ずっと引きこもっていた。
本を読んでいることが多かったが、読む本がないときは手慰みで編み物をした。
本当の母親が亡くなる前、赤ちゃんのために一緒に何か作りましょうと、編み方を教えてくれたのだ。
手袋、靴下、帽子、マフラー。
小物は一通り、編むことが出来た。
使い道のないそれらは、ある程度の量がたまると、メイドが孤児院へ寄付してくれた。
そのまま使ったり、バザーで売ったり、何らかの貢献にはなっているようだ。
迷惑ではないようで、メイベルはホッとしている。
メイベルがもっぱら一人でいるのは、これといった友人がいないからだ。
それは社交界から距離を置いて、もう長いせいでもある。
そのきっかけとなった事件があった。
メイベルが15歳、義妹のシェリーが14歳のときの話だ。
――小雨の降る日だった。
メイベルにとって義母である、リグリー侯爵夫人の墓参りに来ていた。
先月、急逝してしまった義母。
それを治癒魔法で助けることが出来なかったメイベルは、まだショックを引きずっていた。
メイベルを役立たずと激しく罵ったシェリーとの関係も、ギスギスしたままだ。
リグリー侯爵は仕事で行けなくなったので、メイベルとシェリーの二人だけを乗せた馬車は、人通りの少ない道をゆっくりと走っていた。
もうすぐ墓場というところで、馬のいななきが聞こえ、馬車ががくんと揺れて止まった。
「なあに? どうしたの?」
シェリーがのんびりと、御者側の小窓を開ける。
しかし、そこに御者の姿はなかった。
何かが起きたのだと察したメイベルは、すぐに扉に鍵をかけた。
かけた瞬間、何者かが扉を開けようとガンッと取っ手を引いたが、鍵のおかげで振動だけが車内に伝わった。
間一髪だった。
「なによ? なにが起きてるの?」
シェリーもようやく異変に気がついたようだ。
開けた小窓を閉めようとして、そこから覗いていた誰かを見つけ、シェリーが叫び声を上げる。
「きゃああああああ!!」
顔を黒く汚した男が、車内を観察していた。
小窓から腕を入れシェリーを捕まえようとしたが、メイベルがシェリーを引っ張って反対席側へ寄せる。
「へへっ。小娘だけか、ちょうどいい。ちょっと俺たちに攫われてくれよ」
男は小窓からなんとか扉の鍵を外せないか試していたが、どうにも届かないと分かると腕を引っ込めた。
その隙にメイベルは小窓を閉める。
諦めてくれればいいと思ったが、相手は複数人のようだ。
それに対してこちらは力もない少女が二人、身を寄せ合うだけ。
小雨が降る中、人通りの少ない道を走ったことが災いした。
とっくに御者はやられてしまったのだろう。
男たちの話声が聞こえる。
扉を開けるために何かを準備しているようだ。
「助けて!! 誰か助けて!!」
シェリーが叫び声を上げる。
「うるせえ! 静かにしてろ!」
男たちの乱暴な言葉遣いに、シェリーが震えあがる。
このままではいけないが、どうしていいかも分からない。
メイベルも、カタカタと怖気づく自分の体を、抱きしめるしかなかった。
「よおし、ぶつけろ! これで扉が壊れるはずだ! お嬢ちゃんたち、怪我したくなければ扉から離れているんだな!」
笑い声と共に、ドゴッと扉に何かがぶつかる音がした。
同時に馬車も大きく揺れる。
「いやああああ!」
シェリーが恐慌をきたしたように泣き喚く。
「もう一度だ! 早くしろ!」
ドゴッドゴッ!
何か大きなものを抱えて、扉に突進している。
扉の蝶番が軋み、鍵の掛け金も扉から浮いた。
このままでは今にも開いてしまう。
メキィッ!
掛け金が曲がり、木製の扉が車内にめり込む。
わずかに開いた扉の隙間に、大きな男の手がかかる。
そこからは、あっという間に扉が剥がされた。
「手間取らせやがって、ほら、さっさと降りるんだよ!」
メイベルは二の腕を引っ張られ、車外へと放り出された。
道端へどさりと腰を打ち付けたメイベルに、しとしと小雨が降り注ぐ。
男は泣き喚くシェリーも容赦なく馬車から引きずりおろした。
「いやよ! いやよ! 放して! 誰かああ!」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、叫びまくるシェリー。
苛立った男が、大きく手を振りかぶった。
シェリーが叩かれる。
そう思った瞬間、メイベルは飛び出していた。
「止めて! シェリーには手を出さないで!」