学校の校門を出て、緩やかな坂になっている道を歩き出す。

道には、校庭に何本か、道沿いに植えられている桜の花びらがひらひらと散っていた。

入学式から1週間程が過ぎた頃から、桜たちは自分の役割が果たされたことを悟ったように散りだした。

 青い空 桃色の桜

これを読んで違和感を感じる人はきっと少ないと思う。何万、何十万、何百万。下手したら何千万人に一人とか、そのくらいの確率なのかもしれない。

それとは逆に、

 黒い空 白い桜

これを読んだ人のほとんどは違和感を感じるのだと思う。少なくとも、私が生きてきた中で、それが“普通”だと言っている人は見たことがない。
「すいませーん、あの………あのっ。」
突然後ろで大声を出されてびっくりした。振り返ると、私と同じチェック柄のズボンを着た男の子が立っていた。
「これ、君の?」
そう言って彼が差し出したのは、ローマ字で‘sayaka’と刺繍がされている真っ白なハンカチだった。
「あっ、すみません。私のです。」

いつ落としたんだろうか。

とても大切なものなのに。

彼が拾ってくれなかったら、間違いなくなくしていた。

「綺麗な水色。」

私のハンカチを見つめて言った。突然言われた言葉に、胸がチクッと痛む。もちろん、彼に悪気がないことはわかっている。むしろ、こんな日常会話で胸を痛めている私の方が悪いくらい。

でも、私にとってその言葉は日常ではなく非日常だった。

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
「いーえ。」

なぜなら、私は全てがモノクロに包まれる世界で生きているから。

虹も空も、花も。私の目に見えるものは全て、モノクロ。

「わっ?!」

俯いていると、不意に顔を覗き込まれた。思わず後退りをしてしまう。いつも教室の隅っこでひっそりと生活している私に、男の子への耐性なんかがある訳がない。のと、単純に驚いた。

「ははっ耳真っ赤。」

くしゃっと笑ってそう言った。
だって急に覗き込まれたんだもん、と心の中で言い返した。やっとのことで視線をあげると、瞳に映ったのはひょっとしたら女子よりも顔立ちが綺麗に整っていそうな男の子。……って、ん?

「あぁ、これ?」

聞かれ慣れているのだろうか。私の視線が自分の頭にいっていることに気がついた彼は、髪の毛をとってくるくると遊びながらそう言った。

彼の髪の毛は、何故か白い色をしていた。

元の色が黒だったり少し茶色っぽかったとしても、私の目には黒く見えるはず。

白いということは_____
「学校に許可は貰ってるよ?俺には無許可でこんな髪色で来る度胸はないからなー。」

髪が何色なのかはわからなかったけれど、許可をとっていると聞いて少し安心した。って、今会ったばかりの私に心配されるようなことではないかもしれないけど。

「とわー!早くー!」
「あ、やっべ。ごめんっ俺もう行かなきゃっ」

校門の方で彼の友達らしき人達が彼を呼んでいるのが見えた。

「あっじゃあ。ハンカチありがとうございました。」

私のせいで彼とその友達までもを止めていたのかと、少しの罪悪感が生まれる。

「うん。またねっ彩華ちゃん!」
「あっはい。」

彼は漫画の中のヒーロー並みに眩しい笑顔で私に別れを告げ、友達のいる方に向かって行った。返事をしてから、さすがに今のはちょっと無愛想すぎたかなと一人で反省する。

でもきっと、そのぐらいがちょうどいい。

嫌われてしまうくらいが、きっと。



「ただいま。」
私の小さな呟きは、玄関のドアが閉まる音にかき消されてしまった。家の中からの返事は、いつも通りない。まぁ、こんな小さい声なんか返事をしようにもできないか。
そんな私を迎えたのは、親でも兄妹でもなく、廊下に掛けられているたくさんの絵たち。町の風景や人物、空と描かれているものは違うけど、全部お姉ちゃんが描いたものだ。この絵たちが放つお姉ちゃんの絵独特の雰囲気に私は何年も苦しめられている。お姉ちゃんの絵を見ていると、嫌でも思い出してしまう。
私が、まだ色が見えていた頃を。