道はどこまでも続いているかに思えた。目的地まではあとどれくらいあるのだろうか。歩いていると、人通りの多い場所へと辿り着いた。
「街の中に入ったみたいだね」
時刻は午後十五時。私たちはどこかもわからないような住宅街にいた。
「ねえ、見て。地図があるよ」
私はそばにあった地図を見た。咲もそれを確かめる。その地図によれば私たちが目指していた場所まではもうすぐとのことだった。
「あと少しだ」
「そうだね……」
目的地まではあと少しなのに彼女は浮かない顔をしていた。
「どうしたの? 浮かない顔して」
彼女はすぐにはっとした顔をして
「ううん、何でもないよ」
と明るい顔を作って再び歩き出した。もしかするとここが重大な分岐点の一つだったのかもしれない。ここで私が彼女のことに向き合えていたら、あんなことにはならなかったのではないか。今でも考えてしまう。
住宅街を歩いているとパトカーのサイレンが近くで鳴っていることに気がついた。
「ねえ、パトカーが近くにいるみたい」
「じゃあ、早くここを離れないと」
私たちは駆け足で道を進んだ。だが、パトカーの音はどんどん近づいていた。
やがて何台ものパトカーとすれ違った。どうやら私たちを探しに来たみたいだった。
「走れる?」
咲が真剣な顔をして聞いてきた。私にはもちろん走る選択肢しかなかった。
「うん」
私たちは走った。路地裏を通ったりしながらうまくパトカーたちの追跡をかわした。
だが、やはり足の限界が訪れた。咲の走る速度が遅くなって次第に私の速度も落ちていった。
咲は息を切らしながら走っていた。それを見て私はどうしたらこの状況を抜け出せるのかを考えた。考えていると、目の前に蔦が生えた古びた建物を見つけた。
「ひとまず、あの中に入ろう!」
私はその建物を指さした。
「そうだね……」
私たちは建物の玄関まで走った。玄関のノブを掴むと鍵は開いていた。私たちは急いで中に入った。
「ここで少し休もう。パトカーの音が聞こえないから多分気づかれていないよ」
咲は走り疲れたのかその場で座り込んだ。
建物の中をよく見ると蜘蛛の巣だらけだった。どうやら空き家のようだった。そのままにされたらしきテーブルに触れると沢山のほこりが手に付いた。息を整えてすぐに出ようとしていた私たちだったが、そんなにうまくはいかなかった。次第にパトカーの音が近づいてきた。私たちの行動は気づかれていたようだった。
窓の外を見ると何台ものパトカーが正面の道に停まっていた。警官たちがパトカーから降りて何か話し合いを始めていた。
「まずい」
私は座り込んだままの咲に状況を伝えた。彼女はどうしたら良いのかを考え始めたが、直後に男性の声が聞こえてきた。
「警察です! 大人しくこの建物から出てきてください!」
拡声器だった。うるさくて私は耳を少しだけ塞いだ。私たちは脱出方法を思いつくまでは警官たちのことを無視することにした。
十分ほど沈黙が続いたところで、再び拡声器の声がした。
「吉原よ。佐野、あんた自分が何しているのかわかってるの?」
どうやら吉原刑事が私たちのことを追いかけてきたみたいだった。
「佐野と一緒にいるのは倉持咲だね。あんた、サイテーね。人を殺した上に友達を連れて逃げるなんて」
この時、咲の顔に何か怒りのようなものが浮かび上がった。彼女は立ち上がって、建物の窓を少し開けた。
「サイテーなのはあんたの方よ! あんたのやり方が汚かったから友美は追い詰められた!」
「はあっ! 私はただ彼女を捕まえようとしただけよ。そのためならどんな手段だって使うわよ!」
咲は一旦窓を閉じた。
私には気になったことがあった。窓際から戻ってきた彼女に問いかけた。
「ねえ、友美と吉原の間に何があったの?」
「友美は今からあなたを殺すのは吉原っていう刑事のせいだって、叫び狂ってた……」
私は吉原刑事と友美の間に何があったのか未だにわからなかった。少し間を開けて拡声器で再び吉原刑事が叫んだ。
「ねえ、あなたたちをありもしない事件をでっち上げて捕まえることなんて簡単なのよ! あなたたちを捕まえるためなら殺人鬼にだって仕立て上げてやるんだから!」
咲は再び立ち上がって窓を開けた。
「だったら、犬に友美を襲わせたのもそのためだったの!」
初耳だった。まさか友美に殺された犬は吉原刑事が送りつけた犬だったなんて。
「ああ、そうよ! あいつを捕まえるために送りつけたらまさか殺すなんて! なんて恐ろしい子なのと思ったわ!」
「じゃあ、あんたその場にいたのに何で友美を捕まえずに犬を見殺しにしたの! 言ってたわよ友美が、あんたもその場にいてわざわざ名刺まで置いてったって! あんたの方が友美よりも何万倍も狂っている!」
「狂ってるだって! 私は人を追い詰めるのが楽しいだけよ! それが何か?」
「それが狂ってるんだって言ってんの!」
「あなたの方こそ、人刺しておいて逃げるなんて、私なんかよりもよっぽど狂っているわよ!」
「なんですって!」
咲と吉原刑事の言い争いは続いた。先のそばにいた私も、吉原刑事のそばにいた警官たちも何もできなかった。
私もあの狂った刑事に言いたいことは山ほどあったが、まずはこの状況から逃げることが先決だと思った。何か良い方法はないか。そう考えていると外に続いていると思わしき扉を見つけた。私は恐る恐る、扉に近づいた。ガラス張りの扉から外を眺めるとそこに警官たちはいなかった。
喋り疲れたのか咲が戻ってきた。
「あの刑事なんなの!」
「それより咲、あそこを見て」
私は扉の方を指で示した。彼女は私の意図を汲み取ったみたいで、頷いてくれた。
「今なら誰もいない。あそこから逃げよう」
「そうだね」
逃げようとした、その時だった。
「佐野! 出てきなさい! あんたが殺したんだろう? 何も喋らないのは卑怯なんじゃない!」
あの刑事は笑っていた。
私は許せなかった。窓の側まで近づいて叫んだ。
「あんた、こんなことしてそんなに楽しいの! 私が友美を殺しただって? ご想像にお任せするわ! あんたならなんでもでっちあげて私をと咲を捕まえるのでしょうね! 上等よ! 受けて立ってやるわ! だけど、その前に私たちには目的がある! 捕まえるならそれからにしてちょうだい!」
私は窓を閉じた。それから咲の手を握って急いで扉を開けた。それから気づかれないように裏の塀を登って後ろ隣の家の庭に忍び込んで、逃げた。
幸い警官たちは誰も気がつかなかったようだった。なんて手薄な警官たちなんだと思った。
逃げ切った私たちは道を急いだ。走った。走り続けた。通り過ぎた公園の時計を見ると時刻は午後の十六時だった。こうなった以上は急がなくては。走る足はどんどん速くなっていった。ある程度走ったところで私たちは茂みに隠れて休憩することにした。
「ねえ、友美は何で何も言ってくれなかったんだろうね」
咲が悲しげに言った。それは私も同じことを考えていた。どうして、頼る選択肢を自ら捨ててしまったのだろうか。
「わからないね、もう死んじゃったし」
「そうなんだよね、友美って死んじゃったんだよね……」
私たちは改めて友美の死を実感した。
「ねえ、私たちどうなっちゃんだろうね……」
私は咲に聞いてみた。彼女はこれからのことをどう思っているのか知りたかったからだった。すると咲は空を見上げて答えた。
「そんなこと、私はどうでもいい。人間いつかは死んだもの。だから今はこの瞬間を走るよ私は」
咲は友美が死んだ時点で自分が何をすべきなのかを決意をしていたのだと思う。だからこそのこの言葉だったのだろう。
この時の私にはそれがとても力強い言葉に感じられた。そうだ、今の私は彼女といられればそれで良いのだと思っていた。彼女が孔雀座をなぜ見たいのかなんて実は私にはどうでもよかったのだ。だからこそ私は、彼女の目を見た。
「そうだね。じゃあ、また走ろうか」
咲もまた私の目を見て頷いた。
「うん」
私たちは立ち上がって、走り出した。
「街の中に入ったみたいだね」
時刻は午後十五時。私たちはどこかもわからないような住宅街にいた。
「ねえ、見て。地図があるよ」
私はそばにあった地図を見た。咲もそれを確かめる。その地図によれば私たちが目指していた場所まではもうすぐとのことだった。
「あと少しだ」
「そうだね……」
目的地まではあと少しなのに彼女は浮かない顔をしていた。
「どうしたの? 浮かない顔して」
彼女はすぐにはっとした顔をして
「ううん、何でもないよ」
と明るい顔を作って再び歩き出した。もしかするとここが重大な分岐点の一つだったのかもしれない。ここで私が彼女のことに向き合えていたら、あんなことにはならなかったのではないか。今でも考えてしまう。
住宅街を歩いているとパトカーのサイレンが近くで鳴っていることに気がついた。
「ねえ、パトカーが近くにいるみたい」
「じゃあ、早くここを離れないと」
私たちは駆け足で道を進んだ。だが、パトカーの音はどんどん近づいていた。
やがて何台ものパトカーとすれ違った。どうやら私たちを探しに来たみたいだった。
「走れる?」
咲が真剣な顔をして聞いてきた。私にはもちろん走る選択肢しかなかった。
「うん」
私たちは走った。路地裏を通ったりしながらうまくパトカーたちの追跡をかわした。
だが、やはり足の限界が訪れた。咲の走る速度が遅くなって次第に私の速度も落ちていった。
咲は息を切らしながら走っていた。それを見て私はどうしたらこの状況を抜け出せるのかを考えた。考えていると、目の前に蔦が生えた古びた建物を見つけた。
「ひとまず、あの中に入ろう!」
私はその建物を指さした。
「そうだね……」
私たちは建物の玄関まで走った。玄関のノブを掴むと鍵は開いていた。私たちは急いで中に入った。
「ここで少し休もう。パトカーの音が聞こえないから多分気づかれていないよ」
咲は走り疲れたのかその場で座り込んだ。
建物の中をよく見ると蜘蛛の巣だらけだった。どうやら空き家のようだった。そのままにされたらしきテーブルに触れると沢山のほこりが手に付いた。息を整えてすぐに出ようとしていた私たちだったが、そんなにうまくはいかなかった。次第にパトカーの音が近づいてきた。私たちの行動は気づかれていたようだった。
窓の外を見ると何台ものパトカーが正面の道に停まっていた。警官たちがパトカーから降りて何か話し合いを始めていた。
「まずい」
私は座り込んだままの咲に状況を伝えた。彼女はどうしたら良いのかを考え始めたが、直後に男性の声が聞こえてきた。
「警察です! 大人しくこの建物から出てきてください!」
拡声器だった。うるさくて私は耳を少しだけ塞いだ。私たちは脱出方法を思いつくまでは警官たちのことを無視することにした。
十分ほど沈黙が続いたところで、再び拡声器の声がした。
「吉原よ。佐野、あんた自分が何しているのかわかってるの?」
どうやら吉原刑事が私たちのことを追いかけてきたみたいだった。
「佐野と一緒にいるのは倉持咲だね。あんた、サイテーね。人を殺した上に友達を連れて逃げるなんて」
この時、咲の顔に何か怒りのようなものが浮かび上がった。彼女は立ち上がって、建物の窓を少し開けた。
「サイテーなのはあんたの方よ! あんたのやり方が汚かったから友美は追い詰められた!」
「はあっ! 私はただ彼女を捕まえようとしただけよ。そのためならどんな手段だって使うわよ!」
咲は一旦窓を閉じた。
私には気になったことがあった。窓際から戻ってきた彼女に問いかけた。
「ねえ、友美と吉原の間に何があったの?」
「友美は今からあなたを殺すのは吉原っていう刑事のせいだって、叫び狂ってた……」
私は吉原刑事と友美の間に何があったのか未だにわからなかった。少し間を開けて拡声器で再び吉原刑事が叫んだ。
「ねえ、あなたたちをありもしない事件をでっち上げて捕まえることなんて簡単なのよ! あなたたちを捕まえるためなら殺人鬼にだって仕立て上げてやるんだから!」
咲は再び立ち上がって窓を開けた。
「だったら、犬に友美を襲わせたのもそのためだったの!」
初耳だった。まさか友美に殺された犬は吉原刑事が送りつけた犬だったなんて。
「ああ、そうよ! あいつを捕まえるために送りつけたらまさか殺すなんて! なんて恐ろしい子なのと思ったわ!」
「じゃあ、あんたその場にいたのに何で友美を捕まえずに犬を見殺しにしたの! 言ってたわよ友美が、あんたもその場にいてわざわざ名刺まで置いてったって! あんたの方が友美よりも何万倍も狂っている!」
「狂ってるだって! 私は人を追い詰めるのが楽しいだけよ! それが何か?」
「それが狂ってるんだって言ってんの!」
「あなたの方こそ、人刺しておいて逃げるなんて、私なんかよりもよっぽど狂っているわよ!」
「なんですって!」
咲と吉原刑事の言い争いは続いた。先のそばにいた私も、吉原刑事のそばにいた警官たちも何もできなかった。
私もあの狂った刑事に言いたいことは山ほどあったが、まずはこの状況から逃げることが先決だと思った。何か良い方法はないか。そう考えていると外に続いていると思わしき扉を見つけた。私は恐る恐る、扉に近づいた。ガラス張りの扉から外を眺めるとそこに警官たちはいなかった。
喋り疲れたのか咲が戻ってきた。
「あの刑事なんなの!」
「それより咲、あそこを見て」
私は扉の方を指で示した。彼女は私の意図を汲み取ったみたいで、頷いてくれた。
「今なら誰もいない。あそこから逃げよう」
「そうだね」
逃げようとした、その時だった。
「佐野! 出てきなさい! あんたが殺したんだろう? 何も喋らないのは卑怯なんじゃない!」
あの刑事は笑っていた。
私は許せなかった。窓の側まで近づいて叫んだ。
「あんた、こんなことしてそんなに楽しいの! 私が友美を殺しただって? ご想像にお任せするわ! あんたならなんでもでっちあげて私をと咲を捕まえるのでしょうね! 上等よ! 受けて立ってやるわ! だけど、その前に私たちには目的がある! 捕まえるならそれからにしてちょうだい!」
私は窓を閉じた。それから咲の手を握って急いで扉を開けた。それから気づかれないように裏の塀を登って後ろ隣の家の庭に忍び込んで、逃げた。
幸い警官たちは誰も気がつかなかったようだった。なんて手薄な警官たちなんだと思った。
逃げ切った私たちは道を急いだ。走った。走り続けた。通り過ぎた公園の時計を見ると時刻は午後の十六時だった。こうなった以上は急がなくては。走る足はどんどん速くなっていった。ある程度走ったところで私たちは茂みに隠れて休憩することにした。
「ねえ、友美は何で何も言ってくれなかったんだろうね」
咲が悲しげに言った。それは私も同じことを考えていた。どうして、頼る選択肢を自ら捨ててしまったのだろうか。
「わからないね、もう死んじゃったし」
「そうなんだよね、友美って死んじゃったんだよね……」
私たちは改めて友美の死を実感した。
「ねえ、私たちどうなっちゃんだろうね……」
私は咲に聞いてみた。彼女はこれからのことをどう思っているのか知りたかったからだった。すると咲は空を見上げて答えた。
「そんなこと、私はどうでもいい。人間いつかは死んだもの。だから今はこの瞬間を走るよ私は」
咲は友美が死んだ時点で自分が何をすべきなのかを決意をしていたのだと思う。だからこそのこの言葉だったのだろう。
この時の私にはそれがとても力強い言葉に感じられた。そうだ、今の私は彼女といられればそれで良いのだと思っていた。彼女が孔雀座をなぜ見たいのかなんて実は私にはどうでもよかったのだ。だからこそ私は、彼女の目を見た。
「そうだね。じゃあ、また走ろうか」
咲もまた私の目を見て頷いた。
「うん」
私たちは立ち上がって、走り出した。