村役場の周りには小さな商店などがいくつか並んでおり、少なくとも実家よりも生活の便は良さそうだ。
周りを少し探索してから村役場の方へと戻り、会議の予定されていた部屋へと向かおうとしたがその瞬間に僕の足は止まった。
「奏……?」
予定されている部屋に入っていく人影が見えたがあれは明らかに奏だった。
僕はそのまま村役場を離れ、近くを当てもなくブラブラと探索することにした。
奏に何か言わなきゃいけなかったのかもしれないが、何かを言う勇気は僕には無かった。
そのまま当てもなく彷徨い、裏通など色々なところを回ってまた村役場の前に戻ってくる。
思い切って奏のいる部屋に行こうと思ったがそれをする勇気は僕には無かった。
受付の人にそっと声をかけて事情を説明し、代わりにメモを取ってきてもらうことにした。
正直言って今、奏と話し合って上手くやれる自身は僕には無いし、彼女にもないと思う。
僕は受付にいた人にバックヤードで待っていることを許可されたので黙って持っていたスマートフォンで好きなアーティストの曲を聴く。
人生について語った曲の多いこのアーティストの曲があの文化祭の日以来、僕の支えだった。
しばらくして代わりに話を聞いて貰いに行った受付の男性が1枚の紙を持って帰ってくる。
「配置などはこんな感じでやるそうです。あと発表の時は今回は名前の紹介などもあるようでスポットの器具も指定されましたね。これで分かりますか?」
男性は僕にメモを全てかきとめたルーズリーフを渡してくる。
そこには細々と配置や担当者の名前まで書いてある。
もちろんギターのところは他の人の名前が書いてあり、まさかこの用意の担当が僕だということは気づいていないようだった。
「僕が居なくてもやっていけてんじゃん。」
なぜか部活の顧問のような安心感を感じながら僕はルーズリーフに書かれた内容を確認していく。
表面を確認し終え、裏面を見ると表とは違う筆跡で一文こう書いてあった。
「最高のライブにしよう!」
このメッセージは奏の口癖でもある言葉の1つで、僕がまだ軽音楽部にいた頃も公演前によくこの言葉を口にしていた。
ただ、書いてあるその言葉は彼女や他のバンドメンバーの筆跡ではなかった。
だとすると考えられるのはひとつしかない。
「新しいメンバー……か。」
とりあえずまずは機材の指定について担当の人に言いに行かなくてはならない。
バックヤードから出た時にチラッと左を見ると丁度奏が村役場を出て帰るところだった。
なんとか鉢合わせずに済んだことに安心してから二階の総合センターに向かい、機材の手続きをあらかじめ済ませておく。
「少し早く終わったし、帰って農作業の手伝いでも――」
村役場を独り言を呟きながら出ると外には奏が何故か立っていた。
「吉人、本当はあなたが担当なんでしょ?びっくりしたよ、まさかこっちにあなたが居るなんて。」
「え……?」
「分かってるよ。部屋に向かおうとした時に私が入って行って気まずくなったんでしょ?だからあなたは受付のところにいた職員さんに代わりにメモをとって貰った。」
心を全て読んだかのように奏は僕のその時の思いを当ててきた。
「確かにそうなんだけど……なんでここにいるの?」
「なんでって、吉人も今回のコンサートに参加してもらうためなんだけど……。」
「は?」
訳が分からない。久しぶりに奏に会ってしまったと思ったら今回のコンサートに参加してほしいと言ってくる始末だ。
「別に私たちあの時の件で怒ってる訳じゃないし……ね?」
何を言っているのか。別に怒っていなかったからといって戻る気にはなれない。
「別に怒ってるとか怒ってないとか関係ないんだよ。僕はただあの時自分がやってしまったことについて自分が許せてないだけだから。だから別に参加する気もない。」
「でも、そこをなんとか!」
ポツポツと雨が降ってきたが関係なかった。なんとしても、とりあえずはこの面倒くさい勧誘を諦めさせなければならない。
「なんとかって言うけどさ、こっちの気持ち考えたことあるの!?一番大事な場面でミスして、確かに周りは怒ってないかもしれないよ?でもさ、あの文化祭の時のコンサートは一度きりだった。その一度きりを失敗させてしまった自分自身が許せないんだよ!」
強く言いすぎたかもしれない。奏はしばらく何も言えずに震えながら下を向いていた。
雨足は段々と強くなっていく。
「確かに今の吉人の気持ちは分からないけどそう言う話じゃないんだよ!私は、昔ギターの教室に行ってた吉人と一緒に曲を作ってたあの時が楽しくて、それでそのまま一緒に軽音楽部に入れて活動できたのが楽しかったし、吉人も楽しそうだった。でも、今の吉人は全く楽しそうじゃない。そんなんなら別にいいよ。もう幼馴染の親友っていうのもやめ。今の吉人とは友達になれない。」
そう言って奏は雨の中、傘もささずに歩いて行った。
自分の顔が濡れているのは雨のせいなのかそれとも泣いているからなのかは分からなかった。