エレノアはオズの魔術によって生かされている。フィーネが声をかけてきたのも、エレノアが同胞であるように見えているからだ。エレノアはそれがどうにもやるせなかった。

「ごめんなさい。皆にはそのように呼ばれたことがないものだから」
「へえ~、じゃあもしかして、いいところのお嬢様なんだ」
「う、うーん、どうかしら。とにかく、踊るのもはじめてだったからドキドキしてしまったわ」

 フィーネの実年齢はともかく、外見だけでかんがみるとエレノアと同年代のように見受けられた。これまでに同年代の娘と気さくに話す機会がなかったため、エレノアは胸を高鳴らせた。

「うげぇ~、そんなことってあるのかよ! もったいないなあ…」
「そうね…、私も、そう思う」

 エレノアは眉を下げて小さく笑った。

「そうすると、エリィは城下町もはじめてか?」
「え、ええ…実はそうなの。びっくりしてしまったわ。あまりに活気づいているんだもの」

 フィーネの問いに、エレノアはとっさに話を合わせる。

「じゃあ、思う存分ハメを外していくことだな! ここは、“タイヨウの広場”だから、日夜問わず暇人どもで賑わってるんだ」
「タイヨウの…?」
「ああ、あの物見やぐらの上に光の玉があるだろ? イェリの森には陽の光がささないからって、我らの王が作ってくださったんだ」


 エレノアはほう、息を吐いて見上げた。

(オズが――…)


 それはまるで、神の力が宿っているかのように神秘的であった。魔族たちは、これを見上げて唄を歌い、楽器を演奏し、その場にいる者全員の魂を持って、本物の太陽に思いをはせるのだろう。
 エレノアにはこれが、禁じられるまでの行いだとは思えなかった。

「とても、綺麗だと思うわ」
「そうだろう? これをはじめて見た奴なんて、感動のあまり泣いちまうことだってあるんだ」
「……皆、太陽が恋しいのね」
「ああそうさ。魔族なんだから、当たり前だろう? まったく変なことをいうんだな、エリィは」

 どこからともなく笛の音が聞こえてくる。

「今に、我らの王が人間を打ち滅ぼしてくれる。そうすれば、こんな森の中に隠れている必要はなくなる。本物の太陽が見られるんだ!」

 力強く芯のあるフィーネの言葉に、エレノアは胸を痛めた。
 エレノアにフィーネに敵対する気持ちは微塵もない。そればかりか、この台詞を聞いてもなお、フィーネのような魔族が邪悪であるようには思えなかった。

 だが、サンベルク帝国を信じたい気持ちも存在する。
 女神オーディアに愛されている敬虔な民が、恨まれるほどの搾取をするなどは──…とエレノアの表情は曇った。

「えーん、えーん…マンマぁ…どこぉ?」

 すると、近くで泣いている子どもの声が聞こえてくりエレノアはフィーネとともに辺りを見回す。動物の皮が売られている屋台のそばで、鬼の子どもが心細げに立っていた。

「大変、迷子かしら」
「あ、ちょっ…エリィ!」

 エレノアは居ても立っても居られなくなり、ほぼ反射的に足が向いていった。フィーネは慌ててエレノアのあとをついていく。遠くからガストマが見守っていた。
 鬼の子どもの正面にしゃがみ込むと、できるだけ怯えさせないよう声をかけた。

「お母様とはぐれてしまったの?」

 エレノアには、父や母と町中ではぐれてしまった経験はない。だが、一人きりは孤独であり、形容しがたく怖いものだということを知っている。
 エレノアの場合は皇女という立場であったために、それを受け入れねばならない運命にあった。寂しい、怖い、抱き締めてもらいたい――などとは、口が裂けても言えなかった。

「…っ、うん」
「そう。あなた、お名前は? 私はね、エレノアというの」
「……エレ、ノア?」
「ええ、そうよ」
「僕はね……ベス、だよ」

 鬼の子どもの涙はようやく収まった。エレノアの隣で、フィーネは驚いたように息を漏らす。

「ベス。素敵な名前。怖かったでしょうに、一人でよくがんばったわね」
「うう…、マンマがね、マンマが…いなくてね!」
「大丈夫、大丈夫よ。私が一緒に探してあげるから、お母様がどんな方なのか教えてくれないかしら」

 エレノアはベスの小さな手をとり、フィーネと頷きあった。

「なあベス。マンマは今日、何色の服を着てるのか、思い出せるか?」
「えっと…うーんと、赤色の、ワンピース」
「あとは、目立つものを身に着けていたりはしないかしら」
「目立つ……? えっとね、マンマはね、僕の服とおそろいのバッグを持ってるよ」
「身長は? 大きいか? 小さいか?」
「すっごくおっきいよ! それにね、綺麗な角が三本も生えてるんだ!」