透無症。それはここ数年で確認されるようになった奇病であり、症状としては写真を撮るごとに写真から透けていき、完全に映らなくなるとその三日後にはこの世から完全に忘れ去られてしまうと言うものだ。発症率は極めて稀で対処法や改善例が無いためどうすることも出来ないのだ。その病気に彼女がなっているのである。
「ごめんね。本当はこのまま忘れてもらおうと思っていたの……」
「で……でも!」
「別れましょう」
 かおるはいきなりそう切り出した。
僕は震える声で
「別れるってなんだよ……」
「言葉通りよ。私たちに、もう時間は残されてないし」
「だからって…‥」
「だから、もう私に関わらないで‼︎」
彼女は弱々しく笑いながら、僕に一言ありがとうと言う。
 僕はそれでも彼女を離したくなかった。だからまだ諦めようとせず喰らいつく。そのため思わず語気を強めてしまった。
「それは違うだろ!」
「違くない‼︎私は……もう存在が消えるんだよ?もう誰にも迷惑をかけたくないの!だから……だからもうほっといてよ!」
 そのまま会話をする事もなくなり、彼女を家まで送る。その足で自分のアパートに帰った。寝室に着くと、一気に気持ちが爆発した。
「何だよ!なんでお前は1人で悩み苦しんでんだよ!僕に相談してくれたっていいだろうが!」
 そんな僕の叫びは誰にも聞こえる事なく虚空に消えてった。
 ベットに横たわった瞬間、一気に眠気が襲いかかり、気絶するように眠りに落ちた。
 朝の直射日光が顔面に差し込んできてから目が覚めるが体は鉛のように重く、昨日の彼女のことを引きずっているため、気分は最悪だった。
 そのため、会社に行くだけでも相当の体力を使ってしまう。
 会社に出社して先輩に挨拶すると何かを感じ取ったのか、質問してきた。
「お前、何かあったのか?」
「え?なんでですか?」
「いや、なんかとても負のオーラ?的な物が漂ってるからさ」
僕はそんなに悲壮感出てるのか?と思いながら
「まぁ、かおると喧嘩してしまって……」
「じゃあ、今夜飲みに行こうぜ!」
「僕、お酒苦手です。それにそんな気分じゃありません」
「そういう問題じゃなくてなぁ、相談に乗るから来いっていうことだよ。それに、伝えないといけない事もあるしね」
 そういう、先輩の気迫に押されて
「わ、分かりました」
そう返事をした。
 その日は仕事に身が入らずミスが多く目立ち、先輩にその度にフォローされる1日になった。
 そして、仕事が終わり居酒屋で先輩に話を聞いてもらっていた。
「えっと……かおるは透無症を患っていて、それに僕が気づいてしまってそれで、別れようと言われたんだ……。それで……」
と、そう説明する。
 その説明を聞いた先輩は真剣な顔になりあることを言い出した。
「実は、お前に伝えないといけないことがあるんだ」
「なんですか?」
 と、僕。
 先輩は、少し言いづらそうにしていたが、腹を括ったのか、口を開いた。
「朝にお前の彼女が俺を訪ねてきて、昨日のことでお前が落ち込んでいるはずだから元気づけてくださいってことと、私のことは心配しなくていいよ。ということだったぞ。それに、巻き込んでごめんなさいって俺に頭を下げてきたんだ。」
「そう……ですか」
 先輩は、お酒を飲みながらおもむろにこんなことを言い出した。
 「それで、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたいって言われても、彼女がそう望むのなら仕方ないですよ」
 しかし、先輩は僕の本心を見抜いているのか、
「俺が聞きたいのはその虚言ではない。自分の気持ちを全部ぶちまけてみろ!」
僕はそれでも本心を隠し続けようとし
「それが本心ですよ。だからもう大丈夫ですよ……」
 けど、先輩は納得してないのか僕の言葉を跳ね除ける。
「俺は、このまま前みたいに全て我慢して崩れていくのをみたくないんだよ!それともあれか?お前は嫌なことから目を背けて逃げるだけの意気地なし人間なんだな?」
 いきなりそんなことを言い出した先輩に僕は思わずカッとなり持っていたコップを思い切り置いて叫ぶように本心をぶちまけた。
 「僕だって、このまま別れるのは嫌だよ!このまま終わらせる事もしたくないよ‼︎」
 「その言葉が聞きたかった!よし!彼女のとこに行ってその想いをぶつけてやれ!」
 そう先輩はニッと笑い僕の背中を押してくれた。
「行ってくる!」
僕はそのまま走り出した。
その道中、頭によぎるのは彼女との思い出や愛くるしい笑顔を何度も思い出している。
何度も転びそうになりながら、彼女の住むアパートに到着した。
インターホンを鳴らして、彼女が出てくるのを待った。数十秒後に玄関が開き彼女が中から出てきた。
「私に関わらないでって言ったでしょ!」
そう言ってドアを閉めようとした彼女を制して、
「かおるにどうしても言いたいことがある」
「……」
僕は、今思っているありったけの気持ちを伝える。
「今まで、お前が1人で病気に悩み苦しんでるのに、そんなことも気づかない僕でごめんな……。本当に苦しかったよな……」
彼女は怪訝そうに口を開いた。
「何よ、いきなり」
そこで僕は彼女を抱き寄せて、泣きそうになるのを堪えながら、
「もう、逃げるなよ。僕ももう、お前から自分の気持ちから逃げない!だから最後の1秒まで一緒にいよう」
「なんで……なんでそんなに私に構うの!」
彼女は泣きながらそんなことを言った。でも僕の中では分かりきっていた答えだった。
「だって、かおるの事がかけがえのないとても大切な存在だからだよ」
「でも、私はもうすぐこの世から存在ごと消えるんだよ?それでもいいの?
僕はとっくに腹を括っていたため、答えは決まっていた。
「それでもいい!だから、一緒にいよう!」
彼女は、そんな僕の言葉を聞いて泣きながら笑っていた。そして、
「そんなこと言われたらもう逃げれないね」
そう、彼女は言い
「改めてよろしくね」
とも言った。
僕は、彼女をもう一度抱きしめて2人で嬉し泣きをしながら最後まで生きていくことを誓った。