「あのね、昨日の夜にお空から大きなお星さまが流れてきてね、ミカね、お願いしたの」
病室の窓を指差し、小学校に上がる前の小さな女の子がベッドで横たわりながら、興奮気味に母親に向かって話していた。
「それで何を願ったの?」
優しい笑顔を娘に向け、ミカの母親、国広優子は訊いた。
「早く退院して色んなところに行きたいって!」
ミカは屈託なく大きな声で答える。
「じゃあ、早く元気にならないとね」
できるだけにこやかに優子も答えるが、心の中では嘘をついているようで心苦しい。自分の娘が不治の病に侵され長く生きられないことを知っているからだ。
「それで、お星さまもね、色んなところに旅行したいから一緒に行こうって誘ってくれたの」
これくらいの小さな子供は自分の中で物語を勝手に作る。ずっと病院から出られないミカにとって空想することが唯一の楽しみだ。
優子は娘のために話を合わせる。
「優しいお星さまだね」
「でもね、ミカ、まだ病院から出られないでしょ。だからお星さまに、このクマのぬいぐるみをミカの代わりに連れて行って欲しいってお願いしたの」
枕元にいつも置いているミカが大切にしている三十センチ程の大きさのクマのぬいぐるみだった。
使われている素材にこだわりがあり、カールした茶色い毛並みでモコモコしている。手足が動く可動式だから、好きなポーズを取らせる事ができて愛らしい。左耳にはトレードマークのボタンとタグがついて世界でも名の知れたテディベアだ。普通の物よりも少し高かったけど、ミカの父親が娘かわいさに奮発して買ってきたものだった。
一人で寂しくないようにとミカが入院してからずっと一緒にいるお気に入りのぬいぐるみだ。
ミカはそれを手にして優子に差し出す。
「それでね、連れてってくれるって。だから、いっぱい写真も撮ってきてねって頼んだの」
ミカの話はどんどん膨らんでいく。
それが無理なことだから優子はどうしようかと思ってしまった。
「でも、このぬいぐるみはパパがミカのために買ってきて、ミカも大切にしていたでしょ? いなくなると寂しいじゃない」
どうにかして、ぬいぐるみがどこにも行かないことにしないといけない。
「大丈夫。パパもきっといいよって言ってくれる。だって私の変わりに旅行してくれて、写真をいっぱい撮ってきてくれるんだもん。全然寂しくないよ。あー、いつ行くんだろうな。楽しみだな」
現実と空想がごっちゃになっている娘を見て、優子は悲しくなっていく。
ミカはいつもより興奮気味だ。その時、ぐっと顔をしかめた。
「ママ、ちょっと胸が苦しい」
「ミカ、大丈夫よ。すぐに収まるからね」
ナースコールのボタンを押し、すぐに知らせる。
またミカの容態が悪くなっている。優子もその様子に胸が苦しく、娘を助けてやりたくてたまらない。
病室に慌ただしく看護師が現れる。
「ミカちゃん、どうされました?」
「ちょっと胸が苦しいといいだして」
優子が側で説明をすると、看護師はテキパキとミカの様子をチェックする。
「息を吸って、吐いて」
看護師と一緒にミカは呼吸をするうち、ミカの表情が和らいだ。
「ミカちゃん、ちょっと興奮したかな。何を話していたのかな?」
「あのね、これからお星さまとクマのぬいぐるみが旅行する話」
「面白い話だね」
看護師は訳がわかってなくても、微笑んで楽しそうにしてくれた。
「本当だよ」
「うん、わかったから、今は、ミカちゃんがゆっくり休もうね」
「はい」
ミカは大人しく体を静かにベッドに沈ませた。窓に視線を向け空を見続ける。
今にもお星さまが迎えに来てくれると思わんばかりだった。
落ち着いたのを確認し、看護師と優子は病室を出て廊下で話した。
「ミカちゃん、もう大丈夫ですよ。少し興奮しただけですね」
看護師が心配ないと今度は優子を落ち着かせようとした。
「そうですか。どうもすみませんでした」
浮かない顔をした優子を見て、看護師は首を傾げた。
「どうしたんですか、何か他に心配事ですか?」
「娘が興奮した理由なんですけど……」
事の発端を優子は説明する。
「なるほど。そういえば、昨日、大きな流れ星が見られたみたいで、ちょっとしたニュースになってましたね。私もそれツイッターに流れてきたから見ました。しかも、ちょうどこの周辺は特に大きく見えたらしくて、向こうの山の方に落ちたんじゃないかって言われてました」
「そんなに大きいものだったんですね。だから娘は窓からそれを見て、びっくりしたでしょうし、本当に願いが叶うかもって思いこんだんですね」
娘にとってそれは特別なことだと優子は納得するも、そこからどうしていいのかわからない。
「でも、そのお星さまがクマのぬいぐるみを旅行に連れて行くのは無理がありますね……あっ!」
看護師は目を見開き、突然ひらめいたことに興奮し声を上げた。
「どうされたんですか?」
「あの、急にいいアイデアがおりてきました」
看護師はそれでいいのか自信がもてないながらも、優子に説明していた。
そして、優子は電話をして夫の秀則にその話を伝えていた。
病室の窓を指差し、小学校に上がる前の小さな女の子がベッドで横たわりながら、興奮気味に母親に向かって話していた。
「それで何を願ったの?」
優しい笑顔を娘に向け、ミカの母親、国広優子は訊いた。
「早く退院して色んなところに行きたいって!」
ミカは屈託なく大きな声で答える。
「じゃあ、早く元気にならないとね」
できるだけにこやかに優子も答えるが、心の中では嘘をついているようで心苦しい。自分の娘が不治の病に侵され長く生きられないことを知っているからだ。
「それで、お星さまもね、色んなところに旅行したいから一緒に行こうって誘ってくれたの」
これくらいの小さな子供は自分の中で物語を勝手に作る。ずっと病院から出られないミカにとって空想することが唯一の楽しみだ。
優子は娘のために話を合わせる。
「優しいお星さまだね」
「でもね、ミカ、まだ病院から出られないでしょ。だからお星さまに、このクマのぬいぐるみをミカの代わりに連れて行って欲しいってお願いしたの」
枕元にいつも置いているミカが大切にしている三十センチ程の大きさのクマのぬいぐるみだった。
使われている素材にこだわりがあり、カールした茶色い毛並みでモコモコしている。手足が動く可動式だから、好きなポーズを取らせる事ができて愛らしい。左耳にはトレードマークのボタンとタグがついて世界でも名の知れたテディベアだ。普通の物よりも少し高かったけど、ミカの父親が娘かわいさに奮発して買ってきたものだった。
一人で寂しくないようにとミカが入院してからずっと一緒にいるお気に入りのぬいぐるみだ。
ミカはそれを手にして優子に差し出す。
「それでね、連れてってくれるって。だから、いっぱい写真も撮ってきてねって頼んだの」
ミカの話はどんどん膨らんでいく。
それが無理なことだから優子はどうしようかと思ってしまった。
「でも、このぬいぐるみはパパがミカのために買ってきて、ミカも大切にしていたでしょ? いなくなると寂しいじゃない」
どうにかして、ぬいぐるみがどこにも行かないことにしないといけない。
「大丈夫。パパもきっといいよって言ってくれる。だって私の変わりに旅行してくれて、写真をいっぱい撮ってきてくれるんだもん。全然寂しくないよ。あー、いつ行くんだろうな。楽しみだな」
現実と空想がごっちゃになっている娘を見て、優子は悲しくなっていく。
ミカはいつもより興奮気味だ。その時、ぐっと顔をしかめた。
「ママ、ちょっと胸が苦しい」
「ミカ、大丈夫よ。すぐに収まるからね」
ナースコールのボタンを押し、すぐに知らせる。
またミカの容態が悪くなっている。優子もその様子に胸が苦しく、娘を助けてやりたくてたまらない。
病室に慌ただしく看護師が現れる。
「ミカちゃん、どうされました?」
「ちょっと胸が苦しいといいだして」
優子が側で説明をすると、看護師はテキパキとミカの様子をチェックする。
「息を吸って、吐いて」
看護師と一緒にミカは呼吸をするうち、ミカの表情が和らいだ。
「ミカちゃん、ちょっと興奮したかな。何を話していたのかな?」
「あのね、これからお星さまとクマのぬいぐるみが旅行する話」
「面白い話だね」
看護師は訳がわかってなくても、微笑んで楽しそうにしてくれた。
「本当だよ」
「うん、わかったから、今は、ミカちゃんがゆっくり休もうね」
「はい」
ミカは大人しく体を静かにベッドに沈ませた。窓に視線を向け空を見続ける。
今にもお星さまが迎えに来てくれると思わんばかりだった。
落ち着いたのを確認し、看護師と優子は病室を出て廊下で話した。
「ミカちゃん、もう大丈夫ですよ。少し興奮しただけですね」
看護師が心配ないと今度は優子を落ち着かせようとした。
「そうですか。どうもすみませんでした」
浮かない顔をした優子を見て、看護師は首を傾げた。
「どうしたんですか、何か他に心配事ですか?」
「娘が興奮した理由なんですけど……」
事の発端を優子は説明する。
「なるほど。そういえば、昨日、大きな流れ星が見られたみたいで、ちょっとしたニュースになってましたね。私もそれツイッターに流れてきたから見ました。しかも、ちょうどこの周辺は特に大きく見えたらしくて、向こうの山の方に落ちたんじゃないかって言われてました」
「そんなに大きいものだったんですね。だから娘は窓からそれを見て、びっくりしたでしょうし、本当に願いが叶うかもって思いこんだんですね」
娘にとってそれは特別なことだと優子は納得するも、そこからどうしていいのかわからない。
「でも、そのお星さまがクマのぬいぐるみを旅行に連れて行くのは無理がありますね……あっ!」
看護師は目を見開き、突然ひらめいたことに興奮し声を上げた。
「どうされたんですか?」
「あの、急にいいアイデアがおりてきました」
看護師はそれでいいのか自信がもてないながらも、優子に説明していた。
そして、優子は電話をして夫の秀則にその話を伝えていた。