「卒業生代表、澤野千佳」
「はい」

 返事をして壇上へ向かう。三年前の春も、私はこの場所に立っていた。
 あの日、居並ぶ藍色の生徒たちはみんな同じに見えた。でも、今日はそのひとつひとつに視線を滑らせる。
 吉田さんは面白くなさそうに私を見ているけれど、そこにはもう敵意はなかった。西岡さんはぐすぐすと泣いて、伊東さんはちーんと鼻をかんでいる。
 目が合った瑞希が手を振ってくる。やめろ、笑っちゃうだろ。
 遥だけが特別なんだと思っていた。だけど違った。みんな、特別なんだ。
 私が最後に視線を止めたのは、遥。私の好きな人。

「がんばれ」

 口の動きがそう言っていた。小さくうなずいてみせる。
 保護者席にはパパとママ、そしておばさんがいた。
 遥と一緒に遊びに行ったとき、

「へえ、うちの子も見る目があるね。初恋がこんなイケメンだなんて」

 と、笑っていた。
 あのアパートは老朽化で取り壊されることになって、おばさんは真新しい綺麗なアパートに引越した。
 必死にしまい込んでいたチーのものは、少しだけ残して、多くは処分したと言っていた。この前、大学の合格を報告しに行ったら、チーがそっとおばさんに寄り添っているような、自然な部屋になっていた。
 すうっと息を吸ってスピーチを始める。
 今回は塚本先生に見てもらいながら、できる限り自分の言葉で書いた。拙くていい。明日にはみんなが忘れてしまうことだとしても、私の、私の大切な人たちの心にちゃんと残りますように。
 あっという間の三年間だった。だけど、私たちは大きく変わっていた。
 瑞希は去年卒業した桐原先輩と同じ有名私大に合格した。正直成績は厳しかったけれど、恋の力とは恐ろしい。
 瑛輔くんと沙耶さんは順調に交際を重ねていた。でも、瑛輔くんのファッションは相変わらずだ。

「こっちのほうがいいって沙耶が言うからさ」

 そうのろける瑛輔くんは、幸せをこらえきれない、といった顔をしていた。
 沙耶さんは、管理栄養士の資格を取るために必死で勉強している。将来の夢は少しかたちを変えて、病院内にレストランを作りたいと話していた。

「付き添いの人や、お医者さん、看護師さんがほっとできるような、そんな食事を出せたらなぁって。それは、お父さんたちがやってるお店の心を継ぐってことだから」

 私と遥は瑛輔くんが通う医学部に進学した。
 チーの命を失わせてしまった私だけれど、いつか、誰かの命を救う存在になれたらいい。そんなことを思っての選択だった。遥もそんな私を支えてくれるって言ってくれた。
 スピーチが終わりに差しかかったとき、体育館の隅にチーの姿を見た気がした。ワンピースに(ちりば)められた色とりどりの花が咲き誇って、藍色の絨毯を彩っていく。
 終わりの前に、少しの間を取った。
 私たちは生きていく。嘘も本当も、いままでもこれからも全部ひっくるめて背負って、この世界のように美しく。
 きれいなだけじゃつまらない。少しくらい汚れていたほうがずっと美しい。
 最後の言葉は、あなたに向けて。
 私とあなたのすべての始まり。胸を張って、真っ直ぐ前だけを見据えて。何にも怯まない強さを持って。

「卒業生代表、澤野千佳」

 遥の笑顔が見えた。世界が鮮やかに色づいていく。
 温かい拍手が、体育館を満たした。