「おかえりなさい!」
「おぉ、びっくりした...瑠璃、まだ部屋に戻っていなかったのか」
まったく失礼な!おばけでも見たみたいに驚くなんて!わたしはおばけじゃなくて座敷童子ですよ!
「青王様を待ってたんですっ!明日、穂香さんとお出かけするんですよね?」
「ああ、散歩をしながら話をしようと言ってある」
「せっかく二人で出かけるなら、穂香さんにその組紐のお礼をしたらどうですか?」
それはずっと気になっていた。けれど、どうしたものか...
「礼と言っても、穂香はどんな物ならよろこぶだろう。空良のときとは時代が違うから、なにを選べばいいかまったくわからない」
「穂香さんに聞いてみてもいいけど、なにもいらないって言われそうだし...あっ、でも穂香さんはいつも同じピアスをつけています。あと、リングは一本も持っていないみたいですよ」
そういえば河原町に不思議な外見の店があった。ジュエリーショップのようだが覗くわけにもいかず、気にはなるが用もないのに入れなかった店。
「わかった。考えてみるよ」
「今日はお着物にしようかな...」
おばあちゃんに教えてもらった通りに、おばあちゃんが遺してくれた大島紬の着物を着付けていく。
くすんだ水色の地に色んな色の花柄が織り込まれていて、落ち着いているけれどかわいらしい、お気に入りの着物だ。
「穂香、おはよう」
私の姿を見て口が半開きの状態のまま立ちつくしている青王様。そんな青王様も今日は素敵な着物姿だ。いつもの着流しではなく、藍染めの着物に同色の羽織、濃いめの水色の帯を締めている。とにかくカッコいい。
「お、おはようございます」
「まさか穂香も和服とは...とても似合っているよ」
「青王様だって素敵ですよ」
しばらく見つめ合っていると青王様が「糺の森の散歩のあと、一緒に行って欲しい店がある」と言ってきた。
「わかりました。ではそろそろ出発しましょう」
伏見稲荷駅から京阪電車に乗ると、前回のお出かけのときのことを思い出してしまい、チラチラと青王様を見ている数名の女性のことがとても気になってしまう。
そんな私に気づいた青王様は「穂香、大丈夫だよ」と手を握ってくれ、ずっと他愛もない話をして気を紛らわせてくれた。
出町柳駅に着くと、糺の森までは歩いて十分ぐらいだ。のんびりと歩き、糺の森へ入ると青王様が話しはじめた。
「穂香、本音を言えばわたしは穂香にずっと王城に、わたしのそばにいて欲しいと思う。でも穂香から仕事を取り上げるようなことは絶対にしたくない。だから、せめてあちらでお菓子作りをするようにしてもらえないだろうか。厨房や設備もしっかり用意するから。すぐに決める必要はないけれど、少し考えてみてほしい」
「えっと、それは...ちょっと時間をください。瑠璃ちゃんにも相談したいですし」
「まぁそんなに簡単に決められることではないだろう。焦らなくていいから」
「はい...」
そのあとしばらく広い糺の森を歩きまわり、休憩処で一息つき下鴨神社でお参りをしたあと、青王様が行きたいという店へ向かった。
「なんのお店に行くんですか?」
「着いてからのお楽しみだよ」
なんだかとても楽しそうにしているけれど、祇園にはたくさんのお店があって、どこを目指しているのか見当も付かない。
しばらく歩くと変わったデザインの黄色い扉の前で「ここだよ」と立ち止まった。
「ここって...青王様がどうしてこの店に?」
「穂香は来たことがあるのかい?」
「一度入ったことがあります。でも、素敵だけどちょっと手が出せなくてすぐにお店を出ちゃいました」
「そうか。実は穂香に贈り物をしたくてね。だけど今の女性がなにをよろこぶのかわからなくて。空良のように着物やかんざしというわけにはいかないだろう。だから穂香と一緒に選ぼうと思ったんだ」
誕生日やクリスマスでもないし、どうして青王様が私に贈り物を?
「ほら、早く入ろう」
青王様は私の背中をそっと押し、店に入るよう促した。
店内では私の手を取りショーケースの端から順番に見ていき「気に入った物があれば出してもらおう」と笑顔で話しかけてくる。でもどれも高級で「これがいい」なんて絶対に言えない...
すると、私が黙って見ている隣で青王様が店員さんに声をかけ「これと、あれと...」と出してもらっている。
ハーフエタニティーのリングがいくつか乗ったトレーを私の前に置き「わたしはこういう細いものが穂香には似合うと思うんだが、この中に気に入ったものはあるかい?」と聞いてくる。その中には、以前素敵だと思ったけれど見せてもらうには勇気が出なくて諦めたものがあった。無意識にそのリングに目をとめていたようで、私の顔をのぞき込んだ青王様が「これが気に入ったのかい?」とそのリングを手に取りそっと私の指にはめた。
驚いてなにも言えないでいると「あれ?これではなかったかな。わたしはこのデザインもいいと思うが、穂香の好みを教えほしい」とリングを外そうとする。
「あの...私、以前見たときもこれが気になったんです。なんだかカヌレを一列に並べて真上から見たような感じがかわいいと思って」
「ははは、それは穂香らしいね。ではサイズもぴったりだしこれにしよう。組紐のお礼に受け取ってほしい」
そう言うと店員さんに「このまま付けていくから」と声をかけサッと購入してしまった。
店を出ると青王様は私の頭をそっとなでて手をつないできた。
「穂香が気に入るものがあってよかった。...わたしは穂香にもっと甘えてほしいんだ。いろいろおねだりをしていいしわがままを言っていい。なんというか、真面目すぎるんだ。穂香も、空良も...」
ほんの少しうつむきながらそう話す青王様の水色の瞳が、ちょっと寂しそうに揺れていた。
「おぉ、びっくりした...瑠璃、まだ部屋に戻っていなかったのか」
まったく失礼な!おばけでも見たみたいに驚くなんて!わたしはおばけじゃなくて座敷童子ですよ!
「青王様を待ってたんですっ!明日、穂香さんとお出かけするんですよね?」
「ああ、散歩をしながら話をしようと言ってある」
「せっかく二人で出かけるなら、穂香さんにその組紐のお礼をしたらどうですか?」
それはずっと気になっていた。けれど、どうしたものか...
「礼と言っても、穂香はどんな物ならよろこぶだろう。空良のときとは時代が違うから、なにを選べばいいかまったくわからない」
「穂香さんに聞いてみてもいいけど、なにもいらないって言われそうだし...あっ、でも穂香さんはいつも同じピアスをつけています。あと、リングは一本も持っていないみたいですよ」
そういえば河原町に不思議な外見の店があった。ジュエリーショップのようだが覗くわけにもいかず、気にはなるが用もないのに入れなかった店。
「わかった。考えてみるよ」
「今日はお着物にしようかな...」
おばあちゃんに教えてもらった通りに、おばあちゃんが遺してくれた大島紬の着物を着付けていく。
くすんだ水色の地に色んな色の花柄が織り込まれていて、落ち着いているけれどかわいらしい、お気に入りの着物だ。
「穂香、おはよう」
私の姿を見て口が半開きの状態のまま立ちつくしている青王様。そんな青王様も今日は素敵な着物姿だ。いつもの着流しではなく、藍染めの着物に同色の羽織、濃いめの水色の帯を締めている。とにかくカッコいい。
「お、おはようございます」
「まさか穂香も和服とは...とても似合っているよ」
「青王様だって素敵ですよ」
しばらく見つめ合っていると青王様が「糺の森の散歩のあと、一緒に行って欲しい店がある」と言ってきた。
「わかりました。ではそろそろ出発しましょう」
伏見稲荷駅から京阪電車に乗ると、前回のお出かけのときのことを思い出してしまい、チラチラと青王様を見ている数名の女性のことがとても気になってしまう。
そんな私に気づいた青王様は「穂香、大丈夫だよ」と手を握ってくれ、ずっと他愛もない話をして気を紛らわせてくれた。
出町柳駅に着くと、糺の森までは歩いて十分ぐらいだ。のんびりと歩き、糺の森へ入ると青王様が話しはじめた。
「穂香、本音を言えばわたしは穂香にずっと王城に、わたしのそばにいて欲しいと思う。でも穂香から仕事を取り上げるようなことは絶対にしたくない。だから、せめてあちらでお菓子作りをするようにしてもらえないだろうか。厨房や設備もしっかり用意するから。すぐに決める必要はないけれど、少し考えてみてほしい」
「えっと、それは...ちょっと時間をください。瑠璃ちゃんにも相談したいですし」
「まぁそんなに簡単に決められることではないだろう。焦らなくていいから」
「はい...」
そのあとしばらく広い糺の森を歩きまわり、休憩処で一息つき下鴨神社でお参りをしたあと、青王様が行きたいという店へ向かった。
「なんのお店に行くんですか?」
「着いてからのお楽しみだよ」
なんだかとても楽しそうにしているけれど、祇園にはたくさんのお店があって、どこを目指しているのか見当も付かない。
しばらく歩くと変わったデザインの黄色い扉の前で「ここだよ」と立ち止まった。
「ここって...青王様がどうしてこの店に?」
「穂香は来たことがあるのかい?」
「一度入ったことがあります。でも、素敵だけどちょっと手が出せなくてすぐにお店を出ちゃいました」
「そうか。実は穂香に贈り物をしたくてね。だけど今の女性がなにをよろこぶのかわからなくて。空良のように着物やかんざしというわけにはいかないだろう。だから穂香と一緒に選ぼうと思ったんだ」
誕生日やクリスマスでもないし、どうして青王様が私に贈り物を?
「ほら、早く入ろう」
青王様は私の背中をそっと押し、店に入るよう促した。
店内では私の手を取りショーケースの端から順番に見ていき「気に入った物があれば出してもらおう」と笑顔で話しかけてくる。でもどれも高級で「これがいい」なんて絶対に言えない...
すると、私が黙って見ている隣で青王様が店員さんに声をかけ「これと、あれと...」と出してもらっている。
ハーフエタニティーのリングがいくつか乗ったトレーを私の前に置き「わたしはこういう細いものが穂香には似合うと思うんだが、この中に気に入ったものはあるかい?」と聞いてくる。その中には、以前素敵だと思ったけれど見せてもらうには勇気が出なくて諦めたものがあった。無意識にそのリングに目をとめていたようで、私の顔をのぞき込んだ青王様が「これが気に入ったのかい?」とそのリングを手に取りそっと私の指にはめた。
驚いてなにも言えないでいると「あれ?これではなかったかな。わたしはこのデザインもいいと思うが、穂香の好みを教えほしい」とリングを外そうとする。
「あの...私、以前見たときもこれが気になったんです。なんだかカヌレを一列に並べて真上から見たような感じがかわいいと思って」
「ははは、それは穂香らしいね。ではサイズもぴったりだしこれにしよう。組紐のお礼に受け取ってほしい」
そう言うと店員さんに「このまま付けていくから」と声をかけサッと購入してしまった。
店を出ると青王様は私の頭をそっとなでて手をつないできた。
「穂香が気に入るものがあってよかった。...わたしは穂香にもっと甘えてほしいんだ。いろいろおねだりをしていいしわがままを言っていい。なんというか、真面目すぎるんだ。穂香も、空良も...」
ほんの少しうつむきながらそう話す青王様の水色の瞳が、ちょっと寂しそうに揺れていた。