「おはようございます!よろしくお願いしますっ!」
「お願いします!」
元気よくやってきた二人にエプロンを渡すと、さっそく瑠璃が付けかたを教えていた。後輩ができたことがうれしいようで、とても張り切っている。
「穂香、瑠璃、二人のことは頼んだよ」
「はい。安心して藤を任せられるようにしっかり育てますね」
青王様は一つうなずき、厨房の奥にある椅子に腰掛けた。
「レジや冷蔵ケース、それに棚の位置とか、藤でも同じ機材を使ってできる限りここと同じレイアウトにするわ。だからここでしっかりできるようになれば、あとはただ店の場所が変わるだけだから困ることはないと思うの」
「はい。がんばって覚えます!」
「それじゃあ瑠璃ちゃんは寿にいろいろ教えてあげてね。誉には私が教えるわ」
それぞれ挨拶をし、開店の準備を始めた。
まずは品出しから。
瑠璃たちは焼き菓子などの棚に並べる商品を、私たちはケーキなどの冷蔵ケースに入れる商品を持ち厨房を出る。
寿は商品名の札と商品の組み合わせをしっかり確認しながら、間違えのないよう慎重に並べている。
対して誉は手際よくどんどん並べていく。以前働いていた和菓子屋さんでは、寿は品出しをしたことがなかったと誉が教えてくれた。
「これで品出しは終わり。会計や箱詰めは実際に接客しながら教えるわ。それじゃ開店しましょう」
一度にたくさんのお客様が入ることはなく、それぞれに会計と箱詰めを教えることができた。レジの使い方が少し難しかったようだけど、やっているうちに覚えられるだろう。
「少し早いけど、完売しちゃったから閉店にしましょう。ある程度片付けたら王城に行って夕食にしましょうね」
寿は「やった~!もうおなかペコペコですぅ」とおなかをさすっている。
「わたしは先に戻ってトマトとナスを収穫しておくよ」
青王様は「母上も楽しみに待っているよ」と言って戻っていった。
「ただいま戻りました」
「誉、寿、おかえり。穂香も瑠璃もお疲れさま」
「お待たせしました。さっそくカレーを作りましょう。誉と寿は今日の復習をしながら待っててね」
青王様は「穂香、ちょっと...」と私を呼び止めると「さっきからその辺りを母上がウロウロと歩き回っている。気をつけて」と耳元でささやいた。
「気をつけて...って?」
厨房に向かって歩いていると、うしろからドタバタと足音が近づいてきて突然抱きつかれ転びそうになった。
...なるほど、そういうことだったか...
「穂香ちゃ~ん、いらっしゃい!待ってたのよ~。一緒にカレー作りましょうね~」
「あ、茜様、こんばんは。今日はよろしくお願いします」
茜様は私の腕をガシッとつかみ「もう離さないわよ~」と楽しそうに小躍りしながら歩いている。
歓迎していただけるのはとてもありがたい。でも今の私が青王様の妃になることはないのだから、もしそれを期待されているとしたら...と思うと心がチクチクと痛む。
「すごい!おいしそうなトマトがいっぱいですね」
「青王ったら毎日毎日『おいしくそだ...』」
「母上!それ以上は言わないでくれ!」
青王様が真っ赤な顔をしてめちゃくちゃ焦っている。きっと畑で野菜たちに話しかけているところを茜様に見られたのだろう。
実は空良の時に何度も目撃していたけれど、あえて知らないふりをしていたのだ。そうやって野菜の世話をしている時の青王太子様が、とてもやさしくて幸せそうな顔をしていたから。
私は青王様に「湯むき、お願いします」とトマトを手渡した。
「瑠璃ちゃんはご飯を炊いてね。それからサラダ用のフルーツのカットも」
「はい!」
「茜様、私たちはタマネギを切って炒めましょう」
「ふふ、こうしているとあの頃を思い出すわぁ。なつかしいわね」
「そうですね。あの頃は楽しかったなぁ...」
でももう戻れないんだと思ったら胸の辺りがキュッとなった。
茜様がタマネギを炒めてくれているあいだに、私はナスと青王様が湯むきをしてくれたトマトを大きめに切っていく。
あとは隠し味であるバナナを、丁寧に裏ごししピューレにする。
私は小さい頃からトマトとナスが入ったカレーが大好きで、よくおばあちゃんに作ってもらっていた。だけどおばあちゃんのカレーにも、大きくなり自分で作るようになってからも、一度もバナナが入ることはなかった。
でも先日青王様と一緒にトマトのカレーを作ったとき、前世の記憶と共にこの隠し味のことも思い出した。それからは私もこの隠し味を入れるようになったのだ。
「できた!瑠璃ちゃん、誉たちを呼んできてもらえる?」
「父上はわたしが呼んでくるよ」
「はい、お願いします」
茜様と二人でカレーとサラダを盛り付けテーブルの準備が整ったころ、丁度みんながダイニングに集まった。
「いただきます!」
このカレーを初めて食べる誉と寿は、おいしいと言いながら夢中になって食べている。
「空良妃と同じ味だね。なつかしいなぁ」
「ええ、本当に。作りかたも隠し味もあの頃と同じだった。穂香ちゃん、また一緒にお料理ができてうれしいわ」
「ありがとうございます」
「ねぇ穂香ちゃん、またここでみんな一緒に暮らさない?」
「え...?」
それが叶うならどんなに幸せか...でも私は青王様の妃にはなれない。
だけど瑠璃のように、王城に住み込みでお手伝いをしながらお店のこともできるかな...
この際だから王城で雇ってもらうとか?
...って、私なに考えてるの?!
「穂香...穂香?」
「あ!はい、すみません...」
「穂香ちゃんがいてくれたらわたしも楽しいし、なによりあなたたちはお互いに惹かれあってるんでしょ?見ていればわかるわよ」
「母上!突然なにを言うんですか!穂香が困っているじゃないか」
私は驚きで声も出ない。青王様に自分の気持ちを伝えることはできないのに、茜様にはこの気持ちに気づかれていた。瑠璃にも見ていればわかると言われていたし、ちょっと青王様に馴れ馴れしくしすぎたかな...
ん?お互いに、ってどういうこと?
「だって~、二人で話してるときの穂香ちゃんはキラキラしてるし、青王はやさしい顔をしてるし、幸せオーラがにじみ出てるもの~」
青王様と私は顔を見合わせ固まってしまった。
「ほら~やっぱり~。二人とも顔が真っ赤よ。恥ずかしがってないで、ちゃんと気持ちは伝えなきゃダメよ」
「母上...」
私は恥ずかしさと、この気持ちは心に留めておかなければいけないという思いで頭の中がごちゃごちゃになって、涙があふれてしまった。
「ごめんなさい、私...」
どうしたらいいのかわからなくて、ダイニングを飛び出してしまった。
「一度部屋に戻って落ち着こう...」
「お願いします!」
元気よくやってきた二人にエプロンを渡すと、さっそく瑠璃が付けかたを教えていた。後輩ができたことがうれしいようで、とても張り切っている。
「穂香、瑠璃、二人のことは頼んだよ」
「はい。安心して藤を任せられるようにしっかり育てますね」
青王様は一つうなずき、厨房の奥にある椅子に腰掛けた。
「レジや冷蔵ケース、それに棚の位置とか、藤でも同じ機材を使ってできる限りここと同じレイアウトにするわ。だからここでしっかりできるようになれば、あとはただ店の場所が変わるだけだから困ることはないと思うの」
「はい。がんばって覚えます!」
「それじゃあ瑠璃ちゃんは寿にいろいろ教えてあげてね。誉には私が教えるわ」
それぞれ挨拶をし、開店の準備を始めた。
まずは品出しから。
瑠璃たちは焼き菓子などの棚に並べる商品を、私たちはケーキなどの冷蔵ケースに入れる商品を持ち厨房を出る。
寿は商品名の札と商品の組み合わせをしっかり確認しながら、間違えのないよう慎重に並べている。
対して誉は手際よくどんどん並べていく。以前働いていた和菓子屋さんでは、寿は品出しをしたことがなかったと誉が教えてくれた。
「これで品出しは終わり。会計や箱詰めは実際に接客しながら教えるわ。それじゃ開店しましょう」
一度にたくさんのお客様が入ることはなく、それぞれに会計と箱詰めを教えることができた。レジの使い方が少し難しかったようだけど、やっているうちに覚えられるだろう。
「少し早いけど、完売しちゃったから閉店にしましょう。ある程度片付けたら王城に行って夕食にしましょうね」
寿は「やった~!もうおなかペコペコですぅ」とおなかをさすっている。
「わたしは先に戻ってトマトとナスを収穫しておくよ」
青王様は「母上も楽しみに待っているよ」と言って戻っていった。
「ただいま戻りました」
「誉、寿、おかえり。穂香も瑠璃もお疲れさま」
「お待たせしました。さっそくカレーを作りましょう。誉と寿は今日の復習をしながら待っててね」
青王様は「穂香、ちょっと...」と私を呼び止めると「さっきからその辺りを母上がウロウロと歩き回っている。気をつけて」と耳元でささやいた。
「気をつけて...って?」
厨房に向かって歩いていると、うしろからドタバタと足音が近づいてきて突然抱きつかれ転びそうになった。
...なるほど、そういうことだったか...
「穂香ちゃ~ん、いらっしゃい!待ってたのよ~。一緒にカレー作りましょうね~」
「あ、茜様、こんばんは。今日はよろしくお願いします」
茜様は私の腕をガシッとつかみ「もう離さないわよ~」と楽しそうに小躍りしながら歩いている。
歓迎していただけるのはとてもありがたい。でも今の私が青王様の妃になることはないのだから、もしそれを期待されているとしたら...と思うと心がチクチクと痛む。
「すごい!おいしそうなトマトがいっぱいですね」
「青王ったら毎日毎日『おいしくそだ...』」
「母上!それ以上は言わないでくれ!」
青王様が真っ赤な顔をしてめちゃくちゃ焦っている。きっと畑で野菜たちに話しかけているところを茜様に見られたのだろう。
実は空良の時に何度も目撃していたけれど、あえて知らないふりをしていたのだ。そうやって野菜の世話をしている時の青王太子様が、とてもやさしくて幸せそうな顔をしていたから。
私は青王様に「湯むき、お願いします」とトマトを手渡した。
「瑠璃ちゃんはご飯を炊いてね。それからサラダ用のフルーツのカットも」
「はい!」
「茜様、私たちはタマネギを切って炒めましょう」
「ふふ、こうしているとあの頃を思い出すわぁ。なつかしいわね」
「そうですね。あの頃は楽しかったなぁ...」
でももう戻れないんだと思ったら胸の辺りがキュッとなった。
茜様がタマネギを炒めてくれているあいだに、私はナスと青王様が湯むきをしてくれたトマトを大きめに切っていく。
あとは隠し味であるバナナを、丁寧に裏ごししピューレにする。
私は小さい頃からトマトとナスが入ったカレーが大好きで、よくおばあちゃんに作ってもらっていた。だけどおばあちゃんのカレーにも、大きくなり自分で作るようになってからも、一度もバナナが入ることはなかった。
でも先日青王様と一緒にトマトのカレーを作ったとき、前世の記憶と共にこの隠し味のことも思い出した。それからは私もこの隠し味を入れるようになったのだ。
「できた!瑠璃ちゃん、誉たちを呼んできてもらえる?」
「父上はわたしが呼んでくるよ」
「はい、お願いします」
茜様と二人でカレーとサラダを盛り付けテーブルの準備が整ったころ、丁度みんながダイニングに集まった。
「いただきます!」
このカレーを初めて食べる誉と寿は、おいしいと言いながら夢中になって食べている。
「空良妃と同じ味だね。なつかしいなぁ」
「ええ、本当に。作りかたも隠し味もあの頃と同じだった。穂香ちゃん、また一緒にお料理ができてうれしいわ」
「ありがとうございます」
「ねぇ穂香ちゃん、またここでみんな一緒に暮らさない?」
「え...?」
それが叶うならどんなに幸せか...でも私は青王様の妃にはなれない。
だけど瑠璃のように、王城に住み込みでお手伝いをしながらお店のこともできるかな...
この際だから王城で雇ってもらうとか?
...って、私なに考えてるの?!
「穂香...穂香?」
「あ!はい、すみません...」
「穂香ちゃんがいてくれたらわたしも楽しいし、なによりあなたたちはお互いに惹かれあってるんでしょ?見ていればわかるわよ」
「母上!突然なにを言うんですか!穂香が困っているじゃないか」
私は驚きで声も出ない。青王様に自分の気持ちを伝えることはできないのに、茜様にはこの気持ちに気づかれていた。瑠璃にも見ていればわかると言われていたし、ちょっと青王様に馴れ馴れしくしすぎたかな...
ん?お互いに、ってどういうこと?
「だって~、二人で話してるときの穂香ちゃんはキラキラしてるし、青王はやさしい顔をしてるし、幸せオーラがにじみ出てるもの~」
青王様と私は顔を見合わせ固まってしまった。
「ほら~やっぱり~。二人とも顔が真っ赤よ。恥ずかしがってないで、ちゃんと気持ちは伝えなきゃダメよ」
「母上...」
私は恥ずかしさと、この気持ちは心に留めておかなければいけないという思いで頭の中がごちゃごちゃになって、涙があふれてしまった。
「ごめんなさい、私...」
どうしたらいいのかわからなくて、ダイニングを飛び出してしまった。
「一度部屋に戻って落ち着こう...」