「うわぁ、どうしよう...」
ケーキや焼き菓子をオーブンに入れたあと、青王様と一緒にボンボンショコラを作っていたら、つい焼き加減の確認を怠り焼きムラができてしまった。ちょうど良く焼けているものもあるけど、焦げたり焼き色が付いていなかったり...
瑠璃はいつも途中で場所を入れ替えたり火加減を調整したりしている。私にはそういう細かな配慮が足りないのだ。
「どうした?」
「せっかく瑠璃ちゃんが仕込みをしてくれたのに、焼くのを失敗してしまって」
「そうか。失敗してしまったものは仕方がない。開店まではまだ時間があるから、穂香が作れるものをできるだけたくさん作って、今日は商品内容がいつもと違うことをドアに張り紙をして告知しておけばいいんじゃないかな」
「そうですね。綺麗に焼けたものだけは並べて、あとは全部チョコレートにします」
「それでいいと思うよ。もし穂香がよければ、今日一日、わたしにも手伝わせてもらえないかな」
「でも、青王様もお仕事があるんじゃないですか?」
「一日ぐらい大丈夫だよ」
「ありがとうございます。せっかくなのでお願いします」
青王様はよく私の手伝いをしたいと言う。申し訳ないと思うけれど、青王様の気持ちがうれしくて、つい頼ってしまう。

...そういえば、いつかどこかで、こうやってお手伝いをしたがるだれかのそばにいたことがある気がする。それにその人は私のことをとても大切にしてくれていた気がする。でも、いつ?どこで?


すぐに告知の張り紙をして、二人でチョコレートを作ることにした。
ボンボンショコラは時間がかかってしまいたくさん作れないので、小さなタブレットチョコやフィリングの入っていないプレーンチョコも作り、ばら売りだけじゃなくて、数種類を詰め合わせにしたものも用意した。
あとは少量だけど綺麗に焼けたケーキや焼き菓子も並べて、なんとか開店に間に合った。
「青王様はもう少しチョコレートを作っていただけますか」
「わかった。でも手が足りなくなったら呼ぶんだよ」
私の頭をポンポンとなでて「無理はしないように」と微笑んだ。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。あら?今日は瑠璃ちゃんはお休み?」
「すみません。ちょっと体調を崩してしまって」
常連の着物の女性は「いつもと違うチョコがいっぱいね」と言いながら、定番のキャラメルクリームのボンボンショコラと、プレーンチョコの詰め合わせを購入し「瑠璃ちゃん、おだいじにね」と帰って行った。

青王様に接客をお願いするほどではなかったものの、お客様が途切れることはほとんどなく、夕方には商品が完売してしまった。
「今日はもう閉店にしたほうがいいんじゃないかな」
「そうですね。会社帰りに寄ってくださるお客様には申し訳ないですけど」
「それと、瑠璃は明日もう一日休ませようと思う。穂香だけでは無理だろうから、店も休みにするほうがいいと思うが、どうだろう」
そう言われると、確かに私一人で店をまわすのは難しいと思う。無理矢理開店しても、かえってお客様に迷惑をかけてしまうだろう。
「はい。明日はお休みにします。そのほうが瑠璃ちゃんも安心して休めると思いますし」
閉店時間繰り上げのお詫びと、明日の休業の告知を書いた張り紙をして店を閉めた。

「青王様、夕食召し上がっていかれますか?」
「ありがとう。いただくよ」
青王様はとてもうれしそうな笑顔を見せたあと、何かを言おうとして迷っている感じがした。
「どうかしましたか?やっぱりもう王城に戻られますか?」
「あ、いや、そうではないんだ。もし材料が揃っていたら、トマトのカレーを作ってもらえないだろうか」
「トマトのカレーですか?少し時間がかかりますが大丈夫ですよ」
「それでは、わたしにも手伝わせてくれるかい?トマトの湯むきとか...」
「え?は、はい。では材料の準備だけしちゃいますね」
どうしてトマトの湯むきなんて知っているんだろう。だいたい、トマトのカレーなんて王城でも食べたりするのかな...

「ではトマトはお任せしますね」
湯むきのやり方はわかるそうなので、私はご飯を炊いてナスやタマネギの下準備をすることにした。
ふと青王様を見ると、トマトをフォークに刺しコンロの火で直接炙っている。それを氷水に入れ皮をむく。
「え...どうして...」
そのやり方は私がいつもやっている方法だ。
「青王様、そのやり方って...」
「ああ、これは昔教えてくれた人がいてね」
「そう、ですか」
あ、私、ずっと昔に青王様とこうしてお料理をしていたことがある。
それに、たまに感じていた懐かしさや安心感は...

「穂香、どうした?」
「な、なんでもありません。トマト、大きめにカットしたほうがいいですよね」
「そうだね。トマトとナスはゴロゴロ入っているほうが好きだよ」
やっぱりそうだったんだ...
「あっ!タマネギ焦げちゃう!」
すると青王様は「わたしが見ているよ」と言って鍋の中をゆっくり混ぜ始めた。

私はいつもカレーと一緒に、ヨーグルトドレッシングで和えたフルーツサラダを作る。
今も、昔も...

「できました。お手伝いありがとうございました。たくさん召し上がってくださいね」
「このサラダ...懐かしいな」
「あの、青王様、食後に少しお話ししてもいいですか?」
「ああ、わかった。ではいただこう」
「いただきます」

青王様は、おいしいと言ってたくさんおかわりしてくれた。
「瑠璃ちゃんもこのカレーが大好きなんですよ。これを作るととても喜んでくれるんです」
「そうか。次は王城で作ってくれるかい?誉や寿にも食べさせてやりたい」
「もちろん、いつでも作りますよ」
「ありがとう」と、また頭をポンポンとなでた。


「私、思い出したんです。青王様と一緒に暮らしていた時のこと...」
「そうか」
「はい。あの頃、青王様はまだ王太子様でしたよね。それに、瑠璃ちゃんのことも遙のことも、全部、全部...」
青王様は、安心したような喜んでいるような、とにかくとても優しい表情をしている。
「白王様と王妃様はどうしていらっしゃいますか?」
「父も母も、王城の敷地内の泉のそばにある離れで毎日のんびりと過ごしているよ」
「お二人にご挨拶したいけれど、私はもう王太子妃でもなんでもないから...」
「そんなことはない。父も母も穂香が空良(そら)の生まれ変わりだとすぐにわかるはずだよ」
私は前世で、お二人にとても大切にしていただいた。特に王妃であった茜様は、人間の父と妖狐の母から生まれた半妖の私を「純粋な妖に比べると弱いのだから」と、いつもそっと見守っていてくださった。
「今度、チョコレートを持ってご挨拶にうかがってもいいでしょうか?」
「もちろん。きっと喜んで迎えてくれるよ」
青王様は「思い出してくれてありがとう」と私を抱き寄せ、そっと頭をなでた。