妖たちのおかげで、発酵や乾燥にムラのない高品質のカカオ豆ができあがった。
「みなさん、ありがとうございました。また次回もよろしくお願いします」


「青王様、これからチョコレートを作るので見にいらっしゃいませんか?」
「ありがとう。行かせてもらうよ」
Lupinus へ戻り、青王様に説明しながらチョコレートを作っていく。
「おぉ、こんな工程を経てなめらかな状態になるのか。こんなに硬いものが...」
乾燥後のカカオ豆とコンチェの中でなめらかになっていくチョコレートを見比べながら、青王様は心底不思議そうな顔をしていた。
「コンチングは明日までかかります。お昼過ぎにはボンボンショコラを作り始めるので、よろしければまたいらしてください。営業時間中なのでちょっとバタバタするかもしれませんが...」
「邪魔になってしまわないだろうか」
「大丈夫ですよ、お店のほうはわたしがしっかり見てますから。ぜひ青王様は穂香さんと一緒にチョコレート作りしてください!ねっ!」
「瑠璃...おまえはまったく...」
「瑠璃ちゃん、なんでそんなに力強くおすすめしてるの?」
「だってカカオの森で作業してるとき、二人で仲良く楽しそうにしてたじゃないですかぁ」
瑠璃ちゃんも妖たちも、みんなで一緒に和気藹々と作業していたじゃない。二人の世界に浸ってたみたいに言わないでほしい...
「ま、まぁ、せっかくできたてのボンボンショコラを食べられるチャンスなので、ぜひいらしてください」
「あぁ、お邪魔するよ。お昼過ぎだったね」
「はい。お待ちしていますね」

なんだろう。ちょっとドキドキした。顔が熱い。
瑠璃ちゃんがあんなこと言うから変に意識しちゃったじゃない...


翌日、青王様は約束通りお店にやってきた。
エプロンとキャップを着用してもらい厨房へ案内する。
「ちょうどコンチングが終わったところです。このあとこの機械でテンパリングという作業をするのですが、今は少しだけ手作業でやっちゃいますね」
ボールに移したチョコレートをテンパリングし、青王様の前に型とフィリングを並べた。
「私が一つ作るので見ていてくださいね」
ラズベリージャムとピスタチオを入れて一つ作り、
「好きなものを入れて、同じように作ってみてください」
「わたしもやっていいのかい?」
「もちろん。型もフィリングもお好みのものを選んでくださいね」
わかった、と迷うことなく選びとても丁寧に作っていく。
真剣で、でもやさしい表情の横顔に、いつの間にか目が釘付けになってしまっていた。
「穂香、これでどうだろう。...ん?どうした?」
「え?あ...いえ、なんでもありません。綺麗にできていると思います。ここにある材料分は全部作っちゃいましょう」
青王様は時々フィリングの組み合わせに迷いながら、それでも楽しそうに作業を進めていく。
そんな青王様の表情を見ていると、なぜか懐かしさと安心感がこみ上げてきて、瞳の奥が熱くなっていくのを感じた。


そのころ店のほうでは、瑠璃が若い女性二人組のお客様に質問攻めに遭っていた。
「ねぇ、あのカッコいい人、新しい店員さん?」
「こっちには出てこないの?」
「いつ来れば会える?」
「ちょっとお話してみたいな」
「呼んできてもらえない?」
「すみません。あの人はチョコレート作りの研修に来ているんです。声をかけることはできません。ごめんなさい」
残念そうに帰って行くお客様を見送り、はぁ、とため息をついた。


チョコレートをすべて使い切ると、青王様は、
「少し穂香たちの仕事を見ていてもいいだろうか」
「え?でもお時間は大丈夫なんですか?」
「今日はここに来ること以外に予定を入れていないんだ」
「えーっと、それならそこの椅子にかけて見ていてください。あと...閉店後、夕食をご一緒しませんか?」
青王様が驚いたような表情をしている。
「すみません。やっぱりだめですよね」
「いや、ぜひいただこう。食事まで誘ってもらえると思わなかったから、少し驚いてしまっただけだよ。ありがとう、穂香」
優しい笑顔で頭をなでてくる。どうしよう、ドキドキする。
でもこの感じ...いつもこうやってなでてもらっていたような、懐かしい感じ...
「み、見ているだけではお暇だと思いますが、しばらくお待ちくださいね」

店に出ると瑠璃から厨房に戻るように言われてしまった。
「でもまだ営業中だし、サボるわけにはいかないわ」
「青王様と一緒にお茶を飲んでお話することは、穂香さんにしかできないお仕事です!」
「なにそれ...」
「ちゃんと青王様のそばにいてください。いそがしくなったら呼びますから」
ほらほらと厨房に押し込まれてしまった。いったいどういうことなの?

「瑠璃ちゃんに、青王様のそばにいるように言われてしまって...なんだかとても強引で...」
「まったく瑠璃には困ったものだな。でもまぁ穂香に頼みたいこともあったし、せっかくだから話を聞いてもらえるかな」
「頼みたいこと、ですか?」
「ああ。京陽の商店街でチョコレートの店を開こうと思っているんだが、そこの商品を穂香に作ってほしい。それからできれば、たまにでいいから店に出て妖たちがチョコレートを選ぶときにアドバイスをしてやってほしい。もちろんこの店のことが落ち着いてからでいいから」
え?京陽の商店街?アドバイス?ちょっと頭がついてこない...
「えっと、京陽の店はだれが店番をするんですか?」
「狐の妖に任せようと思っているんだ。今は和菓子屋で働いているから接客は問題ないと思うが、チョコレートは見るのも食べるのも初めてだから、今度会っていろいろ教えてやってほしい。まぁ、今すぐというわけではないから少し考えておいてくれないかな」
どうしよう...ちょっと瑠璃ちゃんにも相談してみようかな。
「すみません、なんだかちょっと混乱してしまって...あの、えっと、とりあえず夕食の準備をしてもいいですか?」
「突然こんな話をして、困らせてしまってすまない...」
「いえ...」
「わたしも夕食の準備を手伝わせてもらってもいいかな」
「え!そんなこと...青王様はゆっくりしていてください」
「穂香と一緒に作業をするのはとても楽しいんだ」
カカオの処理もさせてしまったし、チョコレートだって作ったんだから、もういいかな...
「わかりました。それではお願いします。あの、もしなにかほかにもやりたいと思ったら言ってください。カカオの処理やお料理だけじゃなくて、青王様が楽しめて私にもできることだったら一緒にやりましょう」
「ありがとう。今は穂香の手伝いができることがうれしい。王城のみんなはなにも手伝わせてくれないからね」
「それはそうですよ。王様にお手伝いさせるなんて、もってのほかですからね」
「でも瑠璃は、穂香が一緒の時だけはいろいろやらせてくれるようになったな」
たしかに瑠璃は青王様と私を一緒にいさせようとする。なんでだろう。青王様を知っているような気がするあの感じと、やっぱりなにか関係があるのかな...
「そうなんですか。それなら瑠璃ちゃん公認のお手伝い、お願いしますね」
「夕食作り、楽しみだな」
青王様は先ほどのエプロンとキャップを装着し、やる気満々だ。

「瑠璃ちゃん、青王様と一緒に夕食の準備しているからなにかあったら呼んでね」
「はい、わかりました!」
なぜか瑠璃まで楽しそうに返事をする。


「今夜はカカオニブをお料理にも使おうと思います」
「それは楽しみだね」
「まずはドレッシングを作りましょう。このオレンジを絞ってください」
半分にカットしたオレンジとハンドジューサーを渡し使い方を説明すると、青王様は難なくやってしまう。
「できたよ」
「ではその果汁とオリーブオイルをよく混ぜて、塩こしょうで味を整えてください。味見をしてちょっと濃いかなと思うぐらいにしてくださいね」
そのあいだにトマトを湯むきし、フリットの衣も作り冷蔵庫で寝かせておく。
「このくらいでどうだろう」
「おいしいです。塩こしょうもちょうどいいです。ここにカカオニブも入れますね」
となりでにこにこしている青王様の顔を見てドキッとしてしまった。
「つ、次はトマトを1㎝ぐらいの角切りにしてください」
これにバルサミコ酢と塩を混ぜてフリット用ソースのできあがり。
「あとはフリットを揚げますね。この衣にもカカオニブが入っているんです」
「フリット?」
「天ぷらみたいなものです。もうすぐできますよ」
そのとき瑠璃がバタバタとキッチンに入ってきた。
「穂香さん!お店閉めてきましたよー」
「あ、瑠璃ちゃん、ありがとう。一緒に夕食にしましょう」
「やったぁ!青王様もお手伝いしたんですか?」
「ああ、少しやらせてもらったよ」
なぜか瑠璃が満足したような顔をしている。
「よし、できた!」

今夜のメニューは、
オレンジドレッシングの野菜サラダ
野菜と魚介のフリット トマトのバルサミコソース添え
それからカカオニブ入り米粉パンとコンソメスープだ。

青王様も瑠璃も、おいしいと言ってたくさん食べてくれた。
「カカオニブがこんなにいろいろな料理に使えるなんて驚いたよ。穂香はすごいな」
「いえ、そんな...あ、さっき作ったボンボンショコラをデザートにしましょう」
瑠璃が紅茶を淹れているあいだに、厨房からボンボンショコラを持ってきてトレーに並べておく。

「これ、青王様も作ったんですよね。なにが入ってるんだろう?楽しみだなぁ」
瑠璃は取り皿にいくつもチョコレートを取り、一つずつゆっくり味わっている。

「これは穂香に。わたしが初めて作ったものだから」
「ありがとうございます」
ハート型のチョコレートで、フィリングはイチゴジャムとキャラメルクリームだ。
「とってもおいしいです」
青王様と目が合い顔が熱くなっていくのがわかる。恥ずかしくてうつむいたとき、チラッと見えた青王様の耳も赤くなっていた。