「主上に拝謁いたします」

「楽にしなさい」

「感謝いたします」

「貴妃よ、どうしたのだ?昨日訪れたというのに、もう()が寂しくなったのか?」

碽貴妃の腰に手をまわして引き寄せながら冗談交じりに言う今上帝(きんじょうてい)は、御年(おんとし)四十八。名は朱 元璋(げんしょう)。字を国瑞(こくずい)というが、勅命(ちょくめい)で発せられた元号洪武(こうぶ)を冠して洪武帝と呼ぶのが通例である。
鍛え上げられた長軀(ちょうく)はもうすぐ五十路(いそじ)になるとは思えないほど筋骨たくましく、その身にまとう五爪(ごそう)(りゅう)が縫いとられた龍袍(りゅうほう)明黄色(にちりんいろ)。これはもっとも尊貴な禁色であり、皇帝と皇后、太上皇(たいじょうこう)、皇太后、無上皇、太皇太后しか身にまとえない。

「もちろん、寂しいですわ。主上には少し離れてしまっただけで、お会いしたくなりますもの」

「ならば、今夜もそなたの元を訪れよう」

「まあ!嬉しいですわ!お待ちしておりますね。ですが、今日参りましたのは、主上にお願いしたき事があるからですの」

上目遣いをしながら甘ったるい声で(ささや)く碽貴妃に、言ってみなさい、と顔を(ほころ)ばせて(うなが)す主上。

「先日、皇后さまが崩御なさいました事がとても悲しく、皇后さまのために何かできることはないかと思いましたの。それで、お願いがあります。娘の盈容を殉葬したいのです」

「盈容を?そなた良いのか?」

「もちろんです。それに、盈容だけでなく他の公主たちも皇后さまに恩をお返ししたいと言い、殉葬を願っております」

碽貴妃の言葉に、頭を押さえて(うめ)く主上。

「主上!いかがなさいました!?誰か!太医を呼んで!」

「大丈夫だ……」

「主上――」

お休みになられた方が良いのでは、と言おうとした碽貴妃は息を吞む。床にはらはらと落ちるしずくを見つめて。