「あ〜どうしよ……」
朝早くに目が覚めてから、パジャマ姿でずっと部屋を歩き回ってる。
今日は日曜日。
クラスの人たちに大声でどなってしまった日が金曜日だったおかげで、すぐに会わずにすんだんだけど……。
「明日からどんな顔すればいいの……」
鏡を前に、メガネ姿の自分に落胆する。
学校に行くときコンタクトの私は、休日はオーラが暗いメガネ女子だ。
こんな陰キャが、あんな生意気言ったからだ。
学校に行ったら、どんな悪口を言われるか分からない。
それこそ中学のときみたいに、手をだされたりでもしたらーー。
ブルリと体が震えて、泣きそうになった。
あのときは、高校受験という形でなんとか逃げられた。
だけど、高校生活が始まってまだ2週間しかたってない。
羽瑠くんをかばったことは、後悔はしてない。
してないんだけど……。
「怖いよ……」
どうしても、あの頃の記憶が拭いきれない。
また同じことがあったらってそればっかり考えて、午前は終わった。
気分転換に買い物にでも言ってきなさいとお母さんに言われたから、家の近くの本屋さんに寄った。
もちろん知り合いに会わない確率はゼロではないから、耳栓をつけることは怠らない。
服よりも本。
コスメよりも文房具。
他の女の子たちに比べて、私の好きなものは地味だ。
でも買い物と言われてこんなところに来るぐらいなんだから、やっぱり私はキラキラ女子にはなれないんだなと思う。
参考書をめくっていたとき、トントンと肩をたたかれた。
ヒュッと息を飲み、最悪の予想を頭で考えてから後ろを振り向くと。
「羽瑠くん!」
私の唯一の友達、羽瑠くんが片手をあげてそこに立っていた。
『びっくりしたよ。キャップも被ってるしメガネもかけてるんだけど、花凪かな?と思って』
『よく気づいたね!最初、知り合いかと思ったよ』
羽瑠くんが今日はノートを持っていないから、今はスマホのやりとりで会話している。
『知り合い?僕も知り合いだよ?』
私はあわてて指を滑らせて文字を打つ。
『中学のときの知り合い!』
『ああ、なるほど』
そこから、会話がとぎれた。
何か話をしなくちゃと思って、画面を見つめていると、羽瑠くんが文字を見せてきた。
『明日、学校行きにくいんじゃない?』
まさに図星だったから、こくりとうなずいた。
『僕のせいでごめん。でも大丈夫。明日は、ちゃんと学校きてね』
「へっ?」
文面の意味がわからなくて顔をみると、彼はニカッと笑ってピースのサインをした。
朝。
世の中には、朝がこわい人も、朝が嬉しい人もいると思う。
私は普段は、朝が気持ちいいって思うんだけど、今日はまるで今から断頭台にのぼるかのような落ち込みようだった。
過去の苦すぎるトラウマが、私の頭と体を重くさせる。
もういっそ休もうかと考えていると、ピコンと電子音が響いた。
スマホを見てみると、つい最近ラインを交換した羽瑠くんからだ。
『今日はちゃんと学校にきてね!』
やばい、休もうとしてることがバレた。
私はためいきをついてから、オーケーのスタンプをおした。
不審すぎる動きで教室までたどりつくと、金曜日に口論した男女の視線が、私を捉えた。
その目に、一気にざわりと鳥肌がたつ。
「蓬莱さんさ、俺らにめっちゃどなってきたんだよねー」
私がいることを知っているはずなのに、男子がクラスに響くほど大きな声で話しだした。
耳栓をしていてもきこえるほど、大きく。
ほとんどの人が、扉の前にいる私に注目する。
動きがかたまった私を置いてけぼりにして、彼らがペラペラと続ける。
「ねー。女子であんな大声だすのこわっ!あたし女子だけど、あんな怒り方しないもーん」
「そうだよな、みうはいつでもかわいいもんな〜?」
「もうやだ将馬ったら」
クラスの中心グループの彼らが言うことのほうが、信じられるだろう。
ここで、羽瑠くんをかばったことを伝えたって、どうせみんな信じてくれない。
やっぱり来なければよかった、と下を向いたとき。
「朝からそういうこと言うのやめなよ」
聞き覚えのない、高い声。
凛と響いたその声は、耳栓をしていても聞こえるぐらい、近くからのものだった。
後ろを振り返ると、私よりも頭一つぶん小さい女の子が、そこにいた。
ふわふわの髪をきゅっとくくっているツインテール。
意志の強そうな瞳は、私ではなくグループの方に向けられていた。
「あっ、麻莉亜ちゃん!い、いや、俺ら悪口なんて言ってねーよ?な!」
「そ、そうだよ!てか、悪いのは蓬莱さんなんだから!」
今までの口調とは一変、急にあせりだした彼ら。
女の子は小さいためいきをついて、私の前へと歩み寄る。
「じゃあもう、教室で不快なこと言うのやめて。聞いてて吐き気がするから」
「ご、ごめんね麻莉亜ちゃん」
そこでHRのチャイムがなり、グループも、クラスの皆も、女の子も席についていく。
私は状況についていけなくて、バッグを握りしめたままだ。
つったっていたら、ぽんと肩をたたかれた。
見ると、笑みを浮かべた羽瑠くんだった。
「は、るくん……」
学校に来ても大丈夫だって言ってた理由は、これ?
またあとで話すからとでも言うように、私の肩を2回たたいて、彼も座った。
先生に注意されないように、私もあわてて席についたけど、心臓は激しく鼓動したままだった。
「別に、あなたのためじゃないから」
「え?」
昼休み、いつも羽瑠くんと会話している屋上に、羽瑠くんは朝かばってくれた女の子をつれてきた。
からの、第一声がこれ。
久しぶりに人と"会話"するんだから、耳栓ははずしといたほうがいいのかな。
相手にとっても失礼かもしれないし……。
朝の女の子の行動を思い出して、私はおそるおそる耳に手をのばした。
このこならきっと、大丈夫。
悪口を言ってくるような子じゃない。
私の手がつまんでいる耳栓をみた女の子と羽瑠くんは、ハッとした表情になる。
とくに長いこと一緒にいた羽瑠くんは、目を見開いている。
「朝は、ありがとう。すごく嬉しかった」
そう言って頭を下げると、ふんとそっぽを向かれた。
「別に。羽瑠に言われたから注意しただけだし。それに、教室があんな空気なの、普通にいやだし」
「えっ、羽瑠くんがっ……?」
彼を見ると、微笑んだままさらさらとノートにペンを走らせる。
『俺が注意したところで、あいつらどうせやめないでしょ。花凪には学校に来てほしかったんだ。だから、申し訳ないけど耳が聞こえる麻莉亜に頼んだ』
ノートを受け取って気づいた。
いつもきれいな文字が、悔しげに歪んでるんだ。
ペンを握りしめてる彼の手が、力んでる。
本気で、自分なりに私を守ろうとしてくれたんだね。
それがすごく嬉しくて、聞こえないのにありがとう、とつぶやいた。
『あんたたち、そうやってノートでやりとりしてんの?てか、昼休み羽瑠が教室にいないのって、いつもここに来てるから?』
麻莉亜ちゃんは私からノートをとって、ポケットからペンを取り出した。
もしかして、羽瑠くんは休み時間、麻莉亜ちゃんと過ごしてるのかな。
二人とも下の名前呼びで、親しげだし。
って、私も花凪って呼ばれてるけど……!
羽瑠くんは少しの間のあと、何か書き足した。
それを見た麻莉亜ちゃんは、あっそと言って、くるりと後ろを向いた。
「羽瑠って昼休みどこにいるのか、いっつも教えてくれないよね〜」
「えっ」
そのまま麻莉亜ちゃんは、出口のドアからでていってしまった。
なんてかいたのか気になって彼の手元を覗き込むと。
『別にたいしたとこにいないよ。そこらへんフラフラしてる』
「なんで……」
いつも昼休みには、私と屋上にいるのに。
少し赤い頬で彼はつけたした。
『昼休みの時間が、心地いいから』
そうだったんだ。
私と、同じ気持ちだったんだ。
「うれしい……」
おもわず、ふにゃりと笑みがもれた。
彼の視線に気づいて、あわてて笑みをひっこめる。
『羽瑠くん、ありがとね』
彼のペンを借りてつけたす。
『僕、なんもしてないよ』
ううん。
そんなこと、ないんだよ。
友達が友達のことを助けるのなんて、誰でもできることじゃないんだよ。
また胸に広がった痛みに気づかないふりをして、耳栓を耳につけた。
朝早くに目が覚めてから、パジャマ姿でずっと部屋を歩き回ってる。
今日は日曜日。
クラスの人たちに大声でどなってしまった日が金曜日だったおかげで、すぐに会わずにすんだんだけど……。
「明日からどんな顔すればいいの……」
鏡を前に、メガネ姿の自分に落胆する。
学校に行くときコンタクトの私は、休日はオーラが暗いメガネ女子だ。
こんな陰キャが、あんな生意気言ったからだ。
学校に行ったら、どんな悪口を言われるか分からない。
それこそ中学のときみたいに、手をだされたりでもしたらーー。
ブルリと体が震えて、泣きそうになった。
あのときは、高校受験という形でなんとか逃げられた。
だけど、高校生活が始まってまだ2週間しかたってない。
羽瑠くんをかばったことは、後悔はしてない。
してないんだけど……。
「怖いよ……」
どうしても、あの頃の記憶が拭いきれない。
また同じことがあったらってそればっかり考えて、午前は終わった。
気分転換に買い物にでも言ってきなさいとお母さんに言われたから、家の近くの本屋さんに寄った。
もちろん知り合いに会わない確率はゼロではないから、耳栓をつけることは怠らない。
服よりも本。
コスメよりも文房具。
他の女の子たちに比べて、私の好きなものは地味だ。
でも買い物と言われてこんなところに来るぐらいなんだから、やっぱり私はキラキラ女子にはなれないんだなと思う。
参考書をめくっていたとき、トントンと肩をたたかれた。
ヒュッと息を飲み、最悪の予想を頭で考えてから後ろを振り向くと。
「羽瑠くん!」
私の唯一の友達、羽瑠くんが片手をあげてそこに立っていた。
『びっくりしたよ。キャップも被ってるしメガネもかけてるんだけど、花凪かな?と思って』
『よく気づいたね!最初、知り合いかと思ったよ』
羽瑠くんが今日はノートを持っていないから、今はスマホのやりとりで会話している。
『知り合い?僕も知り合いだよ?』
私はあわてて指を滑らせて文字を打つ。
『中学のときの知り合い!』
『ああ、なるほど』
そこから、会話がとぎれた。
何か話をしなくちゃと思って、画面を見つめていると、羽瑠くんが文字を見せてきた。
『明日、学校行きにくいんじゃない?』
まさに図星だったから、こくりとうなずいた。
『僕のせいでごめん。でも大丈夫。明日は、ちゃんと学校きてね』
「へっ?」
文面の意味がわからなくて顔をみると、彼はニカッと笑ってピースのサインをした。
朝。
世の中には、朝がこわい人も、朝が嬉しい人もいると思う。
私は普段は、朝が気持ちいいって思うんだけど、今日はまるで今から断頭台にのぼるかのような落ち込みようだった。
過去の苦すぎるトラウマが、私の頭と体を重くさせる。
もういっそ休もうかと考えていると、ピコンと電子音が響いた。
スマホを見てみると、つい最近ラインを交換した羽瑠くんからだ。
『今日はちゃんと学校にきてね!』
やばい、休もうとしてることがバレた。
私はためいきをついてから、オーケーのスタンプをおした。
不審すぎる動きで教室までたどりつくと、金曜日に口論した男女の視線が、私を捉えた。
その目に、一気にざわりと鳥肌がたつ。
「蓬莱さんさ、俺らにめっちゃどなってきたんだよねー」
私がいることを知っているはずなのに、男子がクラスに響くほど大きな声で話しだした。
耳栓をしていてもきこえるほど、大きく。
ほとんどの人が、扉の前にいる私に注目する。
動きがかたまった私を置いてけぼりにして、彼らがペラペラと続ける。
「ねー。女子であんな大声だすのこわっ!あたし女子だけど、あんな怒り方しないもーん」
「そうだよな、みうはいつでもかわいいもんな〜?」
「もうやだ将馬ったら」
クラスの中心グループの彼らが言うことのほうが、信じられるだろう。
ここで、羽瑠くんをかばったことを伝えたって、どうせみんな信じてくれない。
やっぱり来なければよかった、と下を向いたとき。
「朝からそういうこと言うのやめなよ」
聞き覚えのない、高い声。
凛と響いたその声は、耳栓をしていても聞こえるぐらい、近くからのものだった。
後ろを振り返ると、私よりも頭一つぶん小さい女の子が、そこにいた。
ふわふわの髪をきゅっとくくっているツインテール。
意志の強そうな瞳は、私ではなくグループの方に向けられていた。
「あっ、麻莉亜ちゃん!い、いや、俺ら悪口なんて言ってねーよ?な!」
「そ、そうだよ!てか、悪いのは蓬莱さんなんだから!」
今までの口調とは一変、急にあせりだした彼ら。
女の子は小さいためいきをついて、私の前へと歩み寄る。
「じゃあもう、教室で不快なこと言うのやめて。聞いてて吐き気がするから」
「ご、ごめんね麻莉亜ちゃん」
そこでHRのチャイムがなり、グループも、クラスの皆も、女の子も席についていく。
私は状況についていけなくて、バッグを握りしめたままだ。
つったっていたら、ぽんと肩をたたかれた。
見ると、笑みを浮かべた羽瑠くんだった。
「は、るくん……」
学校に来ても大丈夫だって言ってた理由は、これ?
またあとで話すからとでも言うように、私の肩を2回たたいて、彼も座った。
先生に注意されないように、私もあわてて席についたけど、心臓は激しく鼓動したままだった。
「別に、あなたのためじゃないから」
「え?」
昼休み、いつも羽瑠くんと会話している屋上に、羽瑠くんは朝かばってくれた女の子をつれてきた。
からの、第一声がこれ。
久しぶりに人と"会話"するんだから、耳栓ははずしといたほうがいいのかな。
相手にとっても失礼かもしれないし……。
朝の女の子の行動を思い出して、私はおそるおそる耳に手をのばした。
このこならきっと、大丈夫。
悪口を言ってくるような子じゃない。
私の手がつまんでいる耳栓をみた女の子と羽瑠くんは、ハッとした表情になる。
とくに長いこと一緒にいた羽瑠くんは、目を見開いている。
「朝は、ありがとう。すごく嬉しかった」
そう言って頭を下げると、ふんとそっぽを向かれた。
「別に。羽瑠に言われたから注意しただけだし。それに、教室があんな空気なの、普通にいやだし」
「えっ、羽瑠くんがっ……?」
彼を見ると、微笑んだままさらさらとノートにペンを走らせる。
『俺が注意したところで、あいつらどうせやめないでしょ。花凪には学校に来てほしかったんだ。だから、申し訳ないけど耳が聞こえる麻莉亜に頼んだ』
ノートを受け取って気づいた。
いつもきれいな文字が、悔しげに歪んでるんだ。
ペンを握りしめてる彼の手が、力んでる。
本気で、自分なりに私を守ろうとしてくれたんだね。
それがすごく嬉しくて、聞こえないのにありがとう、とつぶやいた。
『あんたたち、そうやってノートでやりとりしてんの?てか、昼休み羽瑠が教室にいないのって、いつもここに来てるから?』
麻莉亜ちゃんは私からノートをとって、ポケットからペンを取り出した。
もしかして、羽瑠くんは休み時間、麻莉亜ちゃんと過ごしてるのかな。
二人とも下の名前呼びで、親しげだし。
って、私も花凪って呼ばれてるけど……!
羽瑠くんは少しの間のあと、何か書き足した。
それを見た麻莉亜ちゃんは、あっそと言って、くるりと後ろを向いた。
「羽瑠って昼休みどこにいるのか、いっつも教えてくれないよね〜」
「えっ」
そのまま麻莉亜ちゃんは、出口のドアからでていってしまった。
なんてかいたのか気になって彼の手元を覗き込むと。
『別にたいしたとこにいないよ。そこらへんフラフラしてる』
「なんで……」
いつも昼休みには、私と屋上にいるのに。
少し赤い頬で彼はつけたした。
『昼休みの時間が、心地いいから』
そうだったんだ。
私と、同じ気持ちだったんだ。
「うれしい……」
おもわず、ふにゃりと笑みがもれた。
彼の視線に気づいて、あわてて笑みをひっこめる。
『羽瑠くん、ありがとね』
彼のペンを借りてつけたす。
『僕、なんもしてないよ』
ううん。
そんなこと、ないんだよ。
友達が友達のことを助けるのなんて、誰でもできることじゃないんだよ。
また胸に広がった痛みに気づかないふりをして、耳栓を耳につけた。