ポスターや広告、雑誌の表紙など様々なものを手掛けるデザイン会社に入社して、早くも5年という月日が経とうとしていた。
浅野《あさの》 羽菜《はな》、27歳。
どこにでもいるような普通の女だ。
「羽菜さーん!」
会社のエントランスを抜けた時、背後から大きな声で名前を呼ばれて足を止める。振り向いた先には会社の後輩である美夕《みゆう》ちゃんがパタパタとこちらに駆けてきていた。
ブンブンと手を振る姿は元気そのもので、朝からこんなにもハイテンションな彼女に「若いなぁ…」なんて、おばさんじみた感想がぽつりと口から零れ落ちてしまった。
「おはようございます!」
にこにこの笑顔を向けられれば、自然とこちらの顔も緩んでいく。「おはよう」と挨拶を返した私の隣に並んだ美夕ちゃんは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「あれ?羽菜さん何か今日、目腫れてません?」
そして次の瞬間、投げかけられた言葉に心臓がぎくりと音を立てた。
化粧できちんとカバーしたつもりだったのに、顔を合わせてものの数秒でバレてしまうなんて。
「…え…、分かる?」
「分かりますよー!ほぼ毎日顔合わせてるんですから!」
「さすが。若い子の目は侮れないなぁ」
「あっ!またすぐそうやって“若い若い”って言う!」
「だって本当に若いもん」
「そんな事ないですよ~!歳だって4つしか変わらないじゃないですか!」
「4つも変われば大違いだよ」
「4歳差なんて誤差です!」
そんな事は絶対にないと思う。曖昧な笑顔を浮かべる私に、美夕ちゃんは「それに羽菜さんだって十分若いじゃないですかぁ」なんて言葉を続けるから「どこがよ」と少し刺々しい声色を返してしまった。
「だってそんなに寝不足になるまで昨日、彼氏さんと“お楽しみ”だったんでしょ~?」
にやにやとした笑みを向けられて、ついにげんなりしてしまう。
最初こそはギョッとして慌てて否定をしていたけれど、この手の振りにはもう慣れた。この子は本当になんでもかんでもそっちの方向に繋げたがるから。
「そんなんじゃないよ」
「うっそだぁ!」
「嘘じゃないってば。昨日は会ってすらないです」
「ええ~?でも羽菜さん、いっつもお肌つやつやだし満たされてる証拠でしょぉ?」
むふふ、と含みのある笑みを零す美夕ちゃんを横目で見遣っては小さな溜め息を零す。
昔から肌荒れとは縁がなかった。特に特別なスキンケアを行っているわけではない。現に使用している物も全てプチプラばかりだ。
けれど、どれだけスキンケアを怠ろうと私生活が荒れようと、肌に影響を及ぼした事は今まで一度もない。多分そういう体質なのだと思う。
ただの体質なのに、美夕ちゃんはそれを“満たされている証拠”だと言う。
…まぁ、満たされていることは間違いでは無いんだけど。
なんて。そんな破廉恥な思考が一瞬頭を過ってしまい、その思考を取り払うようにゴホン、と咳払いをした。
ちょうどデスクに辿り着いたので「ほら、仕事するよ」と話も気持ちも切り替えるようにそう声を掛ければ隣から「はぁーい」と、なんとも気の抜けた返事が返ってきた。