「―――羽菜《はな》」


駅の改札口の前。スマホを弄りながら時間を潰していた時、名前を呼ばれた。顔を上げるとスーツ姿の理仁が立っているのが見えて、弄っていたスマホをバックの中に入れ、笑顔で駆け寄る。


「仕事お疲れ様」

「羽菜もな。結構待った?」

「ううん。10分くらいだよ」


私の答えに理仁は「そ」と短く相槌を打ってから駅の出口へと向かう。その隣に並んだところ「なんか食いたいもんある?」と質問が飛んできた。


「んー……焼き鳥かなあ」

「いっつもそれだな」

「だってお酒を飲むってなると食べたくなるんだもん。あ、でも理仁が嫌なら別のものでもいいよ?」

「いやじゃねえよ。いつものとこでいい?どっか新しいとこ開拓するか?」

「いつものところがいい!」


即答した私に理仁は少し噴き出すように笑いながらも「了解」と快諾してくれた。


何故だかよく意外と言われるけれど、私はオシャレな創作居酒屋より、おじさん達が集うような大衆居酒屋の方が好きなのだ。

駅から徒歩数分のところにある とある居酒屋はまさに大衆居酒屋という感じで、客は圧倒的に男の人の割合の方が多いだろう。焼き鳥が名物らしいけれど他のメニューも美味しくて、お酒の種類も豊富。そしてその上リーズナブルときたら、お気に召さないわけがない。


私と理仁は月に最低2回はこうして仕事終わりに落ち合って、外で飲む。必ずそうしようと決めたわけではないけれど、いつの間にか習慣になっていた。


私はこの時間がすごく好きだ。

この歳になってつくづく思う。穏やかで平凡な日々こそが、この上なく幸せなものなのだと。


「今日は手羽先も食べちゃおう」

「前、悩みに悩んだ挙句やめてたもんな」

「そうそう!あれ、すっごく後悔した~」

「だから食えば?っつったのに」

「今日は食べるもん」

「あーそう」


取るに足らない他愛もない会話さえも、幸せに繋がっている。全て失くしたくなくて、まるで手繰り寄せるように理仁の手を握ろうと手を伸ばした、その時だった。



「────えっ、理仁?」