新田なのか。
 (しわ)くちゃでヨレヨレの服に痩せこけた顔、ボサボサの髪。死んだ魚のような目をして力なく笑い手を挙げて「淵沢、久しぶりだな」と声をかけてくる姿は生きる(しかばね)だ。

「新田、なのか」
「ああ、そうだ。こんなんじゃ気づかないよな。落ちぶれちまっただろう、俺」

 どうしてこんなことに。自分よりも酷いじゃないか。まるで新田のほうが被害者だ。ある意味そうかも。

「ごめんな、俺のせいで」

 それは。

「よかったよ、おまえが生きていてくれて。謝ることができる。これでもう思い残すことはない」

 何を言っているんだ。こいつ、まさか。

「新田、変なこと考えるなよ」
「俺、もうよくわからなくてさ。どうでもいいやって。けど、おまえにだけは謝らないと思ってさ。だから」
「それ以上言うな。新田の責任じゃない。僕はこうして元気にしているだろう。いいか、今度、変なこと口にしたら承知しないからな」

 新田は涙目になりながら少しだけ口角をあげていた。

「淵沢……」

 ダメだ、このままじゃ新田は生きることをやめてしまう。どれだけ苦しんだのだろう。自分も人のこと考えている余裕はないけど、新田をどうにかしなきゃ。

「なあ、新田。おまえ、奥さんも子供もいるだろう。一人じゃないだろう」
「俺さ、別居中でさ。子供とも会っていなくてさ。そりゃそうだよな。人殺しと同じだもんな。無職になっちまったし、働き先もみつけようとしないし。ダメ男についてくる奴なんていないよな。離婚も時間の問題だろうな、きっと」

 頭が真っ白になった。かけてあげられる言葉が見つからない。どうしたらいい。今の新田を元気づけられる言葉って。あの事故がこれほどまで大きなものになっていようとは。いや、確かに大きな事件ではある。今、自分が生きていることが奇跡なんだから。
 このままじゃダメだ。新田を救ってあげなきゃ。

「俺、おまえに慰謝料払う金もなくてさ。ごめんな。治療費として渡した金だって全然足りないよな。だから、やっぱり死んで償うしかないよな」
「馬鹿なこと言うな。死ぬなんて口にするな。そんなことして僕が喜ぶとでも思っているのか。自ら命を絶つだなんて最低だ」

 裕は新田の襟元を掴み思わず叫んでいた。くそっ、新田の顔がぼやけてくる。

「そうだよな、俺、馬鹿だよな。死んでも償えないよな。じゃ、どうしたらいい。そうだ、淵沢。おまえが俺を殺してくれよ。それがいい」

 なんてことを。こいつ正気じゃない。
 裕は周りの好奇な視線に気づき、ハッとした。早いところここから離れよう。
 そうだ、『しんどふじ』に行こう。