あなたに真実の花束を

俺さ、四人家族なんだよ。母親と父親と俺と妹。でも家族仲は最悪。正確に言うと両親が。両親は可愛くて綺麗な女の子が欲しかったんだって。だから一番目の子供が男で要らなかったみたい。けど、捨てるわけにもいかないから渋々俺を育ててくれた。両親はキレるといっつも俺にこう言ったよ。
「お前は顔しか取り柄がない。」
って。ひでぇだろ?で、俺が産まれてから一年後に妹の一ノ瀬菫を産んだ。男じゃなくて良かったよ。菫はほんっとに可愛かった。綺麗と可愛いをどっちも持ってた。両親も嬉しそうだったよ。菫は謙虚だし、誠実だった。ほんっと花言葉通りだよ。知ってる?菫の花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」さすがだよなぁ。その通りに成長したんだから。だけど両親の俺への態度は変わらなかった。いい成績を取っても表彰されても両親は俺を褒めてくれなかった。その時は俺がいけないんだって思ってたわ。もっともっとって頑張ってた。けど両親は一回も褒めてくれなかったよ。頑張りすぎて熱を出した時も最低限の食事を渡して仕事へ行った。菫が熱を出した時は大騒ぎなのに。でも俺は菫が好きだったよ。菫は俺が両親にキツくあたられてるのを見たら話を変えようと努力してくれた。俺の部屋に来て両親の愚痴を言ってたよ。だから、嫌じゃなかったんだ。良い妹だった。両親は俺らが仲良くすることに対しては何も言わなかった。菫を叱りたくなかったんだろうな。休日に二人で買い物に行ったり、勉強を教えたり。当然菫には彼氏が出来た。足立信くん。良い奴だったわ。それが四年前だったか。中一の秋だったな。早いよなあ。幸せそうだったよ。毎日信くんとの惚気話を聞かされてさ。俺も嬉しかったんだけどね。幸せそうな菫を見るのは気分が良かった。傍から見たら仲良い兄妹だよな。いや、カップルにも見えただろうね。菫の信くんはモテてたんだ。だけど菫もモテてた。菫も信くんも男女共に好かれるお似合いカップルだった。だから、菫になら信くんにならみたいな感じでトラブルは起きなかった。そんな時に俺と菫が一緒にいるところを見られた。自慢じゃないが、俺の両親は美男美女だった。俺は父親に似て菫は母親に似た。だから俺と菫はにあんまり似てなかったんだ。つまり、菫が浮気していると噂が回ってしまったんだ。スキャンダルみたいにさ、インターネット上に晒されたよ。俺も菫も割と有名人だったからな。あ、芸能的な意味じゃないけどな。なんでインターネットになんか載せるんだろうな。まあ叩かれるわな。少数だったが顔も知らない、学校も違うやつにも認知されてたからなぁ。そいつらにも叩かれたよ。なんも知らねぇくせに。インターネットに書いた言葉残る。俺も菫も俺らに向けての罵詈雑言をたくさん見た。吐き気がするほどに。
「死ね」「クズ」「浮気女」「二重人格」中にはさ、「菫ってなんっか気に食わねぇなって思ってたんだよ。どうせ裏があるって。まじキモいし。なんで信はあんなやつが好きなんだよ。私のがいいでしょ。洗脳されてる。」って書いてるやつがいたんだ。これはもう何度も見すぎて一語一句覚えちゃった。書いたの誰だと思う?菫の親友だった。あ、それが真田由貴ね。後から知ったけど真田も信くんのことが好きだったみたい。それにしてもこれはねえだろ。あんなに仲良くして一生親友だねとか言ってたくせに。菫のスマホはずっと鳴るようになった。誰かも分からないアカウントから永遠に暴言が送られてくるんだ。しかもアカウントは一つじゃない。何個も何十個も。毎日毎日。最初は菫も俺も対応したよ。俺らは兄妹だって。まぁ聞かねぇよな。人間、自分が楽しけりゃ周りには興味ねぇ。だから俺らの言葉には耳を傾けてくれなかったわ。唯一の救いは信くんは信じてくれたってこと。ほんと良い奴だよ。てゆーか信じない方がおかしいよな。苗字同じだってのに。同じ家に帰ってるってのに。もっと面白くするために違う噂を流すやつもいたよ。なんだっけな。
「楓先輩と菫は信が嫌いで陥れて嘲笑うために信と付き合って浮気した。」
だったかな。ほんとひどい話だよ。噂は真実かなんでどうだっていいんだ。ただネタにして笑った信くんに同情できれば。気づいてたやつもいたんじゃないかな。けどあわよくば心を痛めてるだろう信くんを慰めて奪いたいって気持ちがあったんだろう。信くんはそんなヤツらにそそのかされたりしなかったけどね。でも菫はどんどん堕ちていったよ。学校に行っても誰も助けてくれない。無視されてものを隠されて捨てられてボロボロにされて。親にも教師にも相談できない。なんてったって親も教師も菫は世渡りが上手な子だと思ってんだからな。だから信くんのことも俺のことも信じられなくなった。信くんを冷たく突き放して泣いて、壊れたよ。菫はアイドルでも芸能人でもない!なのに!憶測で好き勝手言いやがって!真実かも知らねぇで!自分の利益を最優先にするクズしかいねぇ!言葉は言った途端宙に舞って消えるが文字はちげぇ!特にインターネット!あれは…科学者が生み出した兵器だ。常人や一般人が持ってていいもんじゃない。使い方を間違えたら人を殺す。怖い兵器をよくもまぁ作ったもんだ。俺らはインターネットがある環境に慣れすぎている。そんでインターネットを上手く使えないクズのせいで菫は自殺を選んだ。そう思ってた。でも俺のせいだった。最後に菫が言ったんだ。
「あの時、お兄ちゃんと出かけてなければまだ幸せだったかなあ。」
血の気が引いたよ。そしたら菫は夜の街に飛び降りた。そして延々に消えてしまった。俺があの時買い物に誘わなければ菫の笑顔はまだ見れていた。俺は妹を殺した。その後、ひたすらに一ノ瀬家は堕ちていった。父は荒れ狂って一日中酒を飲むようになってそれに痺れを切らした母が離婚を切り出し、離婚した。母は出て行って父も何日も家を留守にすることが増えた。もう1ヶ月以上顔みてねぇな。あいつ、いつ帰ってきてんのか知らねぇけど大金置いていくんだよ。それで今の俺がある。どうだ?羨ましいか?それとも惨めだと思ったか?ただ一つ言えることは菫に似てるお前を放置しておきたくなかった。
冷たい声、突き放すような口調。暖かく涼しいはずの海の側は凍えるほどに寒かった。一ノ瀬くんの目は何も写していなかった。海を見ているはずなのに一面灰色のようだった。
「えっと…」
何か言わなくちゃいけない。でも何を言えばいいのか分からない。多分、慰めの言葉なんていらない。私が一ノ瀬くんの立場なら、そんなものいらない。
「…よく頑張ったね。」
私はこの言葉が好きだ。きっと一ノ瀬くんも。何年も聞いてないこの言葉。親に認めてもらえなかった、愛されなかった私たちが欲しい言葉はこれだ。誰かに頑張りを評価して欲しかった。努力を見て欲しかった。そう思うと自然に涙が出た。私が泣く場面じゃないのに。そうしたら一ノ瀬くんは私が好きなあの笑顔に少し儚さを混ぜて言った。
「ありがとう。」
やっぱりこの人の笑顔が好きだ。もっと見ていたい。もっと近くにいたい。でもそう思うことは多分これから一ノ瀬くんを傷つける。ただでさえ苦しい過去を持っている彼に更なる不幸を私の手で呼びたくない。彼には幸せになって欲しいから。だから、私は彼の傍にいることはできない。私なんかよりずっと良い人が現れて、幸せになって欲しい。それが彼を救う方法だ。
「さて、次は佐々木の番だぞ。俺こんなに頑張ったんだから佐々木も。」
いたずらっぽく一ノ瀬くんが笑った。一ノ瀬くんは思い出したくもない、ましてや他人に話したくもない過去を教えてくれた。私にそんなことを教えてくれた彼だから私も教えようと思った。
一ノ瀬くんならわかると思うんだけど女子って怖いよね。一見、楽しそうに見えても裏で繰り広げられてるのは裏切り、悪口。私、元々すごい明るい性格だったの。友達もいっぱいいたし、誰とでも仲良くなれた。親には認めてもらえなかったんだけどね。お母さんもお父さんも私が頑張って成し遂げたことに対して全部、当たり前って感じなんだもん。だから色んな子と仲良くするのは当たり前田と思ってた。人を嫌っちゃいけない。人を悪く言っちゃいけない。そう思ってた。その時の私は女子の闇なんて知らなくてただただ学校生を満喫してた。けど、友達多くてもいい事無いね。友達の一人、麗美っていうんだけどさその子すごい悪口言う子で運が悪いことに私は麗美とも仲良くなっちゃったの。で、もう一人仲良い子がいて彩奈って名前でね。彩奈と私と麗美でいつも一緒にいたの。そしたらいつの間にか麗美と彩奈が仲悪くなってて麗美が彩奈のことをめちゃくちゃ嫌ってた。彩奈は仲直りしたかったらしいんだけど麗美が拒否ってた。私はどっちの味方でも無くてどっちとも仲良くしてたけど麗美からも彩奈からもお互いの悪口を聞いてた。彩奈も怖いよね。仲直りしたいとか言うくせに悪口も言うんだから。それで二人が仲悪くなってるって聞き付けた男子がからかって、二人を怒らせるのよ。どんどん悪口の輪が広がっちゃって、最終的にみんな私に悪口を言うの。そうして何ヶ月か経った時、なぜか彩奈と麗美が気がついたの。しかも仲直りしたのは割と前。なのに私に教えてくれなかったのは、今なら容易に分かる。標的が私に変わったんだ。八方美人だって言われたよ。可愛いからって調子乗ってる。って。私はただ巻き込まれただけたのに色んな人に言われたよ。仲直りさせてあげた二人、好きな人と付き合えるように関係を築いてあげた二人、仲を取り持ってあげたの四人、全員私がいなかったら今の関係はないのにそれを感謝もしないでみんなが悪口言ってるからって理由で私にストレスを発散してくる。悪口を言い合うことでお互いの関係を維持し、同じものを標的にすることで一体感が生まれる。残酷だ。でも大丈夫だった。私は悪くないから。いつか王子様が助けてくれる。暗い暗い場所から私を救い出してくれるそう信じてた。もちろん来なかったけどね。我ながらそんな事信じてた私が可愛いよ。漫画の中だったら、苦しい時に王子様が助けてくれるでしょ?私にも来てくれると思ったのよ。そんな中でもね好きな人がいたの。その人が王子様だと信じて。我ながら可愛い。その人とはいい感じだったの。何度か遊びも行ったし、暇さえあったら電話もしてた。これはいけるって思った。だから告白したの。そうしたら無理って即答されてね。
「お前、元々いい子ぶっててきもいと思ってた。」
だってさ。そんなふうに思われてたんだってショックだった。そんなふうに今にも泣きそうな気分で家に帰ったら親が喧嘩してた。離婚のためのね。お父さんの浮気…とかだった気がする。あまりにも酷い喧嘩だったから止めようとしたの。そしたら逆に突き飛ばされて
「何も出来ないお前が口出ししてくんな。」
って言われちゃった。何も出来ないって言葉がずっと頭に残って離れなかった。だから、誰からも必要とされてない私はいらないと思った。だから自殺しようとしたんだけど、いざとなったら怖くてね。そしたらまた何も出来ないって言葉が頭をよぎったよ。やっぱり私は無力だった。それで結局最後の一歩が踏み出せないまま帰って親は離婚、私はお父さんに引き取られて再婚。そっからは一ノ瀬くんの知ってる通りだよ。どう?一ノ瀬くんと比べたら大したことないでしょ?やっぱり誰にも認められないってのは辛いね。
初めて話した。誰にも話す気はなかったのに一ノ瀬くんの話を聞いたら私も話そうと思った。一ノ瀬くんはすごい。人の心を簡単に変えちゃう。
「佐々木もよく頑張った。」
ああ。この人は分かっている。何を言ったら私が泣くのかを。一粒の水が私の頬を撫でた。それからは涙腺が緩んだのか一気に溢れてきた。そんな私を見て彼は優しく頭を撫でた。それがもっと私を油断させて子供のように嗚咽を混じえて泣いてしまった。ひとしきり泣いた後彼は言った。
「誰にも言えない秘密なんていっぱいある。別に無理して言わなくたって良い。でも俺は佐々木を知りたい。気になるから。」
どの意味の気になるかは分からない。私だってまだ一ノ瀬くんが分からない。ただ少なくとも嫌われてないことは分かる。あなたの隣にいることが許されるなら。あなたをまだ見ていることが許されるなら。私はここにいたい。非力は自分はまだいる。一ノ瀬くんに話したからって何かが変わったわけじゃない。ただ。心に蓄積された重い鉛が少し取れた気がした。
「楓くん。」
初めて名前を呼ぶ。驚いた楓くんがこちらを見てそしてニカッと笑った。
「どうしたの。詩恩。」
この出来事は一生覚えておこう。私の大切な思い出として。
きっと私たちがこの先見る景色は今よりも美しいはずだから。

楓 「大切な思い出」
紫苑「君を忘れない」

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