初めて話した。誰にも話す気はなかったのに一ノ瀬くんの話を聞いたら私も話そうと思った。一ノ瀬くんはすごい。人の心を簡単に変えちゃう。
「佐々木もよく頑張った。」
ああ。この人は分かっている。何を言ったら私が泣くのかを。一粒の水が私の頬を撫でた。それからは涙腺が緩んだのか一気に溢れてきた。そんな私を見て彼は優しく頭を撫でた。それがもっと私を油断させて子供のように嗚咽を混じえて泣いてしまった。ひとしきり泣いた後彼は言った。
「誰にも言えない秘密なんていっぱいある。別に無理して言わなくたって良い。でも俺は佐々木を知りたい。気になるから。」
どの意味の気になるかは分からない。私だってまだ一ノ瀬くんが分からない。ただ少なくとも嫌われてないことは分かる。あなたの隣にいることが許されるなら。あなたをまだ見ていることが許されるなら。私はここにいたい。非力は自分はまだいる。一ノ瀬くんに話したからって何かが変わったわけじゃない。ただ。心に蓄積された重い鉛が少し取れた気がした。
「楓くん。」
初めて名前を呼ぶ。驚いた楓くんがこちらを見てそしてニカッと笑った。
「どうしたの。詩恩。」
この出来事は一生覚えておこう。私の大切な思い出として。
きっと私たちがこの先見る景色は今よりも美しいはずだから。

楓 「大切な思い出」
紫苑「君を忘れない」