なんて柄にもなく小説の一文を声に出す。 涼しい部屋で大好きな小説をキリのいいところまで読み、パタンと閉じた。外は、嫌と言うほど暑くてうんざりする。高校一年の夏も当たり前に中学と変わらない、暑さも、自分さえも。
 
 朝のアラームが部屋中に響き渡り、三度目のアラームでやっと体を起こす。私は本当に朝が弱い。でも起きてしまえば今日も頑張ろうと、身支度をし、気合を入れる。が、家を出れば、暑い、辛い、うざい、行きたくない、というさっきまでとは、全く反対の言葉が頭に広がる。そんなことをうじうじ考えている時間もないので、とりあえず今日は学校に行ってやることにした。
 このように私は、毎日休まずに学校へ行く。
 後ろから
 「百合咲」と、私の名前を呼ぶ声がしたので振り返ると、同じバスケ部の、夏帆がいた。
「おはよ、今日も部活だね。やだな」
 夏帆が言う。
「私もだよ、最近シュート全然入らなくてさ夏帆はめっちゃ入るよね」
「だって私、練習真面目にやってるもん。百合咲も、ちゃんとやってるのになんでだろーね。本当は、裏でサボってたりして」
 おちゃらけた様子で言った。
「そんなわけないじゃん私だってちゃんとやってるのになー」
 と私も笑いながら話した。
 だけど本当は、少し傷ついた。でも私は、いちいち気にしない。こうやって笑いに変えればなんてことないんだ。だけどこの時はまだ、私の心の器に少しずつだが、ヒビが入り始めていることに私はまだ気づかないでいた。
 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴りそれぞれお昼休みを過ごすため、わちゃわちゃとみんなが散らばっていく。私は、友達とお弁当を食べるために机をつなげる。
 ふと窓の外を見ると背中から光が出てるんじゃないかと思うほどに輝く私の恋するプリンスがいた。プリンスは、友達と肩を並べて外のベンチでパンをかじっていた。
 彼は中学の時からずっと片思いをしている鈴木 純、名前までかっこいいのだ。外をじっと眺めていると、
 「百合咲、本当に純くん好きだなー」
 とクラスの仲のいい、恵に言われハッとした。
 「じゃあ、純くんについて百合咲に質問です」
 と、ご飯をもぐもぐしながら、おはなし会が始まった。
 「なんで、純くんのことが好きなんですか。
 「はい、まず顔がイケメン。そして一番はすごく努力家だからかな」
 「イケメンは確かにそうねー。努力家なんだー」
 そう、彼はとても努力家で中学の時、彼は、サッカー部に所属していた。もちろん今も。中学三年のある雨の日、窓から雨の晴れ間の光が射してきたのを感じ、バスケの練習をしようと公園に向かった。
 その途中、サッカーボールを自転車の前カゴにいれ、びしょびしょな髪の毛をなびかせながら急いで家に向かう彼とすれ違った。きっと彼は、雨も気にせずサッカーの練習をしていたのだ。それに当時は、今ほど背も高くなく、小柄だったので活躍の場は、少なかったらしい。それにその時だけではなく、私が公園の近くを通りかかれば、ほとんどの確率で彼の練習する姿が見れた。そんな彼がカッコ良くて凄く尊敬した。
 私もあんなふうに何かに努力できる人になりたいと、憧れ。そして好きになった。
 この話を、恵にすると
 「それは、確かにすごいね」
 と共感してくれた。ちょっと嬉しかった。好きだと思う気持ちをわかってもらえるのは、嬉しい。
 「夏帆と美玲たちとも話したかったよね」
 「夏帆たち共感してくれるかなー」
 夏帆は、朝に会った同じバスケ部の子で、美玲は同じクラスで仲のいい子だ。私たちは、普段四人で仲が良くいつも一緒にご飯を食べているのだけど、今日は、夏帆と美玲が学食だったため、一緒にご飯が食べられなかった。だけど正直、今日は恵と二人で良かったと思ってしまった。夏帆と美玲は、気が強いためそこまでではないが少し傷つく時がある。多分、今日の純くんの話をしても、
「そんだけ?」とか
「そんなにかっこいいか?」
 と言われるのが目に見えている。だけど、二人はノリも良く優しい。好きな友達だけどただ、私がこう見えて少し繊細で傷つくこともあるのを知らない。だけど高校生にもなればもう受け流せるし、なんてことないのだ。
 
 五、六時間目の授業を終えた。部活があるので、私と夏帆は、体育館へ。恵は、吹奏楽部。美玲は、バレー部なのでそれぞれの場所に分かれる。帰る時は校門で待ち合わせをする。
 帰りの時間はみんなでくだらない話しをする。凄く楽しい。部活が終わると気分もいいし、その日のくだらない話をするのは、私にとって何よりも幸せなことだった。私はそれを楽しみに今日も部活を頑張る。それに単純に私はバスケが好きだ。
 ふと外を見ると、純くんは、アップを始めていた。
 「よし、私も頑張ろう」
 と、自分にしか聞こえない声で自分を奮い立たせてみた。外の夕日は、まるで、最近、部活で上手くいっていない私に、前を向け!、と訴えてくるようだった。
 着替えて私もアップを始める。少し足首に違和感を感じた。部活をしていればよくあることなので今日は練習を続けた。汗が滝のように出てくる。きついメニューもあるけど、やっぱり楽しい。でもシュートが最近入らない。特に今日は不調だった。
 それに比べ夏帆はどんどんシュートを入れていく。
 心拍数が上がる。焦りを感じる。そこでブザーが鳴り給水の時間になった。
 すると、夏帆ともう一人の部員が私の前に立った。
 「百合咲、もう少し集中したほうがいいと思う。最近、全然シュートも入らないしそんなんじゃ、練習でみんなに迷惑かかると思う。キツく言うのは百合咲を思っていってるんだからね」
 「わかった。ごめん。なんか最近、調子悪くて。ほんと、どうしたんだろう。みんなに迷惑かからないように頑張るよ。言ってくれてありがとう」
 そう言うと、夏帆は少し安心した様子で微笑んだ。でもどうしてさっきもう一人連れてくる必要があったのだろう。私を二人で指摘する必要があったのか。言ってくれるのはありがたいけど。少し素直に受け入れられなかった。でも夏帆も試合前で気が張り詰めているのかもしれない。だとしたらしょうがないし。
 そう思った途端、私の中で何かヒビが入るような音がした。 
 帰りの時間になると、校門に四人が集まってきた。すると、話題が私の部活での話になった。
 「今日、百合咲めっちゃミスしててさー大変だったんだよー」
 ドクンと心臓が跳ねる。それを隠すように私は喋り出した。
 「そーなんだよ。今日、全然シュート入らなかった」
 すると美玲が、
 「私も今日、全然サーブ入らなくてさマジで最悪ー」
 「私は今日いい音出てるって褒められたよ。いいでしょ」
 会話が私だけの話題にならなくて良かった。今日は流石に落ち込んでいたから。でもこれでこの話は終わり。またどうでもいいクラスの話や、きもい理科の先生の話などをして、また楽しく帰ることができた。
 家に帰るとまず運動できる服に着替えた。
 少し休憩してから公園でシュートの練習をすることにした。夏帆に言われたことは、最もでそれに試合も近いのでちょうど良かった。 でも実は、あの時、夏帆に言えなかったことがあった。実は最近、不調なのもあったけど、本当は足首が痛いというのも理由の一つではあった。けど休むのは嫌だったし、何より言い訳はしたくなかった。
 「あーーーーー」
 思わず声が出た。ごちゃごちゃ考えすぎてめんどくさくなってきた。もう考えるのはやめよう。とスニーカーを履いて出かけた。
 公園について、私はバスケットゴールの前に立った。外はもう、うす暗くて、夏なのにあまり暑くなく涼しい風が吹いていて心地いい。
 なんだか今日一日の心の中の感情が、私という部屋の中で散らかっていたのに、元あった場所へ整頓されていく。スッキリしていく。これでまだいろんな気持ちが入ってきても、ぎゅうぎゅうにはならなそう。そんなふうに心を落ち着かせていく。
 構えて一回一回丁寧にシュートをはなっていく。でも、やっぱり足首が痛い。少し回したりしながらやっていたけど、あまり効果はなかった。一応、家を出る前にサポーターを巻いてきたのに。もう少し動かせば治るかもしれないので公園の周りをランニングすることにした。
 走り出そうとした瞬間、後ろから「宮下」
 と、私の苗字を呼ぶ声がした。
 もう振り返らなくてもわかった。
 恋する女子高生はみんなこんなものだろう。私たちはある程度の引く行動は、恋をしていれば当たり前なのだ。だけど気づいてしまったため。緊張して、より後ろを振り返ることができない。
 「宮下 百合咲」
 流石にフルネームで呼ばれたので、反射で振り向くことができた。
 すると、汗で湿ったサラサラの髪の毛を、少しタオルで拭うとこちらに走ってきた。「呼んでるのに気づかないから、間違えたかと思った」
 と真っ直ぐこっちを見て私に喋りかけた。「すいません気がつかなかった」
 自分でも気がつかないうちにおかしな喋りになってしまった。
 「それより、たまたま見てたんだけど宮下今走りに行かない方がいんじゃない」
 「え、」
 「なんか歩き方おかしい。痛い時は早く治すためにも病院行ったほうがいいと思う」やばい純くんが心配してくれている。最近で一番、かなり嬉しい。
 「そうだね走るのはやめとこうかな。でも試合前で調子悪くて。みんなに迷惑かけてるからシュートだけ、もう少し練習する」
 「・・・。」
 どうしよう私喋りすぎたかな。なんかおかしいこと言ったかな。
「でも、今日はあんま無理しないほうがいいと思う先のことを考えたら、今、無理にやる必要ないよ」
 「ありがとう。そーだね。少しやったら帰る」
「それがいい。じゃ俺も見習って練習戻るわ」
 私が努力するのは君を見習ってるからなんだけどな。でも、まだそれを君に伝える勇気を持ち合わせてない。
 「うん、じゃーね」
 純くんはサッカーグラウンドの方へ軽やかに走っていった。
 彼がいなくなった途端、突然、緊張の糸が切れた。やばい喋っちゃった。
 純くんは、クラスでもあまり女子と積極的に喋るわけではない。でも二人の空間で喋ってしまった。中学が同じなので周りの男子よりはしゃべりやすいし、多分、純くんも、同じ中学の私は喋りやすいのだろう。
 でも私にとっては好きな人。
 それもこの気持ちは中学からずっと。
 だからすごく嬉しかった。そんな気持ちを大事にしまいつつ、練習を始めた。
 なんと三連続シュートが入った。純くんパワー恐るべし。気分がよかったし、純くんもあまり無理するなと言ってくれたので、ある程度練習をして切り上げた。
 帰る前にサッカーをする純くんを見たかったので、サッカーグラウンドの横を通って帰ることにした。するとひたすらにボールと向き合う彼の姿があった。街灯に照らされた彼は、もにすごくカッコよかった。それは、見た目ではなく一人で頑張るその姿勢、努力を惜しまない姿そのものが私は好きなんだ。改めて私も頑張ろうと思うことができた。なんだか、凄く無敵になった気分だった。今なら風さえも操れそうなそんな気分だった。
 次の日の朝
 休日の朝は時間がいつもよりゆっくりと流れる気がする。ゆっくりと着替え、リビングに向かうと、お母さんがいた。
 「ねえ、次の試験、大丈夫なの。やることちゃんとやらないと。結果はついてこないんだからね。ただでさえ勉強ができるタイプじゃないんだから、周りと同じようにやってたらダメだからね」
 「わかった。ちゃんとやるから」
 そんなこと私が世界で一番わかってる。今日はなんだかちょっと苦しいかも。なんだろこれ、どうしよう。すると、中三の弟の凛が帰って来た。
 「ただいまー」
 「凛おかえり」
 「お姉ちゃん居たんだ」
 「うん」
 凛は、私と違ってかなり優秀で勉強もできるし、サッカー部のキャプテンだ。お母さんとお父さんは、私と、凛を比べたりすることは絶対にしない。それに私の良いところは、ちゃんとわかってくれている。ただ私が自分で勝手に比べてしまうだけ。私は、自分のいいところをわかっているから。得意なことは、かなり伸びるタイプだ。
 私は、昔ピアノを習っていて、かなり上手かった。先生にも世界的なピアニストになれるかもしれないとまで言われた。両親は、多分ものすごく嬉しかったと思うが私は、そこまでではなかった。ある時、たまたまテレビで見たバスケのシーン。小柄な日本人が、高身長の外国人の間をかいくぐり華麗にシュートを決めるその姿を見て、バスケかっこいい、と心を掴まれた。
 そしてピアノをやめて、バスケをやりたいと、小学三年生の時に言った。両親は、なんの迷いもなく受け入れてくれた。本当にかっこいい両親だ。私の自慢の家族だ。
 だからこそバスケでも勉強でも結果を残したい。恩返しをしたい。自分に自信をつけたい。そう思っていても結果が出ない。申し訳ない。そう思っているのに、いつも何か言われるたび素直に返すことができない。これは悪いと思っているけど、その時の感情に流されてしまう。ダメなことなのかな。
 今日一日、何故かあまり元気が出なくて、部屋で好きな小説を読んでいた。
 私は今凄く好きな小説家がいる。その人の本は、劇的な何かが起こるわけじゃないけど、日常での辛さとかでも、それを和らげてくれる人がいて、主人公は、前を向いていく。その中で出てくる言葉に何度も私は、励まされている。辛い時この小説家の本を読むと、自然と自分を肯定することができる。それに少し恋愛の要素もあるので、凄く読んでて幸せな気分になる。
 そんなことを考えていると、コンコンと部屋をノックする音と同時に部屋の扉が開いた。
 「お姉ちゃん、ごはんできたって」
 「はーい」
 小説にしおりを挟んで閉じた。リビングに行くとお父さんが帰って来ていた。すると、「百合咲やりたいことをやるのもいいことだけど、自分の得意なことを伸ばすのも大事なことなんだぞ。バスケも勉強も結局は結果を出さないと意味がないんだからな」
 「ちゃんとやってるよ」
 「バスケ、レギュラーじゃないんだろ、勉強もそれは努力が足りないってことなんじゃないのか」
 ひどい。お母さんと、お父さんは何も知らないくせに。私が見えないとこで練習してること。本当は、部活でメンバーに強く言われて、部屋で泣いてたことも、上手くシュートが入らなくて部活中トイレで一人で泣いてたことも。朝練で眠くて授業中何度も、手の甲を、ペンで刺したことも、何も知らないくせに。よくそんなことが言える。私が相談したい時、大変そうだから全部飲み込んだことも。でも私は何も言い返さなかった。ただ、
 「ごめん」
 とだけ言って。静かにご飯を食べて部屋に戻った。ベットの上に座った。あの時、言い返せなかった自分が悔しくてたまらない。
 確かに努力してた。でも、もしそれが自分がそう思ってるだけで、周りから見たら違っていたら、もしそうだったら。怖くてたまらない。
 誰かに肯定してもらいたい。
 結果を出して。褒めてもらいたい。
 どうしたら認めてもらえるんだろう。私のして来たことが間違いじゃないとただ言って欲しい。それだけで私は救われるのに。久しぶりに声を出して泣いた。
 
 今日はなんだか学校に行くのも憂鬱で。気分がなかなか上がらなかった。でも私の感情のせいでみんなの空気を悪くするのは嫌なので、切り替えた。
 「ねー百合咲、今週の土曜、四人で遊ばない?」
 美玲が言ってきた。私はいいよと返事をした。
 「百合咲、今日、グループラインでみんなに言ってくんない」
 「え、私が言うの?美玲が言い出したのに」
 「だって今日私自主練したいから。お願い一生のお願い」
 その時いつもお父さんに言われてきた言葉が頭をよぎる。
 お父さんはいつも
 「自分だけ幸せってありえないんだよ」
「百合咲は、ご飯が食べれなくて辛そうにしてる人の隣で美味しいご飯を食べれるか。それで幸せか」
 と言われてきた。
 本当にそうだ。
 美玲は私を誘ってくれた。それに私といつも仲良くしてくれている。自主練をしたいけどみんなを誘おうとしてくれた。それに私を頼ってくれているんだから力にならないと。「いいよ。私も部活終わってからになっちゃうけど連絡するね」
 「本当にありがとう」
 部活の時間になった。今日はいつもより調子が良かった。だけどやっぱり足の痛みが取れなくて。たまに足元がもたついてしまう。上手くいかない。今できなきゃ意味がないのに。
 一人で練習しててもみんなといる時に上手くできなきゃまた言われてしまうのに。そう思った瞬間、少しクラっとした。そのせいで力が抜け、足首も痛かったせいで転んでしまった。
 周りのみんなが寄って来て、大丈夫?と声をかけてくれたので、悔しいけど、少し休むことにした。すると、夏帆がなんとも言えない表情でこちらにきた。
 「ねえ、本当どうした。大丈夫?私、百合咲と試合出たいよ。だからもう少し頑張ってよ。私の夢だから」
 「そうだよね、ごめん」
 頑張ってるよ。私だって出たいよ。考えることが多すぎて、頭が追いつかない。一人になりたい。一回何もかも忘れたい。
 甘えと言われてしまうとわかっているけど、辛い。誰かに相談したい。言えばスッキリするのに。言える人がいない。だったらもう考えるのはやめよう、どうすることもできない感情は見て見ぬ振りをすれば少しは大丈夫になるんだから。そうやって私は、自分の心を強引にしまった。
 その日の練習は、再開しても変わらずダメだった。
 もう自分がどうすればいいのか、何をすれば正しいのかもわからなくて完全にスランプ状態に陥っていた。スポーツをやっている人にはつきもの乗り越えるしかない。
 それを私生活に持ち込んではずっと辛いので、美玲に言われていた遊びの計画を、みんなに連絡することにした。
 だけど、みんな忙しいのかあまり返信もこないし、一緒に考えてはもらえなかった。
 結局その話は無かったことになった。凄く嫌な考えになってしまうけど、美玲はこうなりそうだとわかっていて頼んだんじゃないか。そんなことを思ってしまった。
 それに夏帆も、私が部活ではあんなに不調なのに遊ぶ余裕はあるの?と思ったかもしれない。気持ちが落ち込んでいるせいかどんどん悪い方に考えてしまう。
 誰かに今辛いと言いたいけど言える人がいない。それがまた辛くて。
 部屋で静かに涙を流す。
 今は、もう何もかも辞めてしまいたい。でも休んでいる暇はない。
 今日も公園で練習をすることにした。
 外は涼しくて何よりも風が優しかった。風だけは、私の味方をしてくれた。ほんの少しだけ気分が晴れた感じがした。
 無心で練習をして気がつけば一時間ほど経っていた。そろそろ帰ることにした。
 帰る時、もしかしたら純くんがいるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、またサッカーグラウンドの方から帰ることにした。
 すると、予想はなんと的中した。
 彼はこの前と同じようにそこにいた。
 なんてかっこいいのだろう。
 羨ましいな。
 彼は楽しそうにいつも練習している。立ち止まって見ていると、純くんが足でボールをとめた。
 すると、こちらに気づいて走って向かってきた。
 「どうした、俺になんか用」
 「いや私もたまたま練習してて、通りかかったから」
 「そっか、病院には行った?」
 少しひやっとした。
 「それがまだ行けてなくて。言うこと聞かなくてごめんなさい」
 「なんで謝るんだよ。まあ、でも意外に頑固だな宮下」
 と言って少しからかったような笑みを浮かべた。初めて見た彼の表情に嬉しくなる。
 「違うよ。頑固なんじゃなくて。忙しかったの」
 と、私も少しおどけた表情で言った。
 「でも、ちゃんと病院は行かないと大会出れないぞ」
 「わかった。明日行ってくるね」
 「それでよし」
 「じゃあ俺、もう少しやって帰るから。じゃあ、また」
 「うん、じゃあ、学校で」
 こうして前よりも少しだけ砕けて話すことができて、上機嫌で家に帰った。
 部屋に戻って勉強を始める。やっぱり高校の勉強はかなり難しい。でもやらないと。結果を出さなければいけない。
 だけど今日は、彼に会えた。
 純くんも頑張っている。だから私も頑張ろう。
 勉強をキリのいいところまで終えて、お母さんに足首が痛いから病院に行きたいと伝えた。
 「あんまり、やりすぎも良くないよ。自分のできる範囲で頑張りなさい」
 「わかってるよ」
 やらないとダメと言ったり。言いたい放題だな。なんか最近すごくネガティブだし。辛くなることが増えた気がする。
 
 いつもより今日は、クラスのみんな浮ついていて心なしかソワソワしている。その理由はやっぱり文化祭だろう。私もかなり楽しみだ。だけど不安もある。
 なんと今日、クラスで文化祭の実行委員になってしまった。
 部活もあるのにな。でもしょうがないみんなやりたくないみたいだし。このまま決まらないとクラスの雰囲気が悪くなりそうだったのでやって良かったと思う。
 でも一つだけ嬉しいことがあった。実行委員は、男女二人で、その男子が、なんと、純くんになった。
 私が手を挙げた後、男子は誰も手を挙げてくれなくて、そんな空気を察した純くんが手を上げてくれたのだ。純くんは何も思っていないだろうけど。
 私は、素直にすごく嬉しかった。
 でもあまり喜んでいる暇はない。部活もあるし、放課後あまり残ることはしたくないし、でも自分の仕事をやりながらみんなに指示を出したり、進み具合を確認したりと、やることは、山積みだ。
 私のクラスは、メイド喫茶をやることになった。
 やることは、大きく分けて、看板制作、メニュー考案、衣装に分かれている。
 私は、看板制作班に入ることになった。看板制作班といっても、ほかにも教室の飾りもやらなくてはいけないので、一番仕事量の多い班なのだ。考えただけで頭から火を吹きそうだ。
 でもただ一つの救いとしては、純くんも同じ看板制作班なのだ。
 純くんがいるということをモチベーションに頑張るしかない。
 今日は、文化祭の準備やらなんやらで、部活の時にはもうヘトヘトになっていた。大会も近く、レギュラーも危うい状態なので、どうしても部活には遅れたくなくて、エンジンをフルに動かしていたのでさすがに死にそうだ。
 
 今日は、先延ばししてた病院に行くことにした。診断では足首は、軽い捻挫。もう少し遅かったら、疲労骨折をしていたかもしれないと言われた。
 本当に純くんには感謝だ。今度ちゃんとお礼をしよう。病院で、サポーターをもらったのですごく楽になった。
 今日は、疲れているけど、足首の痛みの心配がない分、心置きなく練習をすることができる。今日こそは、みんなに迷惑をかけないようにプレーをしないと。それにレギュラーになって、夏帆と一緒に大会に出なければいけない。
 足の不安が少し消えて疲れているのに逆にアドレナリンが出て、かなり調子が良かった。何本かシュートを決めることができた。久しぶりに顧問にもパスを褒められた。
 練習がひと段落すると、給水になった。
 その瞬間少しの吐き気と目眩に襲われ、よろけてしまった。
 たまたま隣にいた夏帆が、すかさず手を差し伸べてくれた。
 「ねえ、百合咲大丈夫?顔色悪いよ。今日はかなり調子良かったんだから少し休んだら」
 そんなことできるわけない。メンバーの発表は今週の金曜日。
 今日は、月曜日だから、あと、四日後。休んでる暇なんかないんだ。
 「大丈夫。私、結構、貧血とかよくあるし。ほら一緒にレギュラーなるんでしょ。ね」
 笑って話す私を見て、夏帆は顔を顰めていった。
 「わかった、でも今、無理して出れなくなったら意味ないんだからね。やばいと思ったら休んで」
 「わかった。ありがとう」
 最近、少し夏帆に対して酷いと思うことがあったけど。それでも彼女は、いつも私のことを考えて、怒って、正しいことを言ってくれる。
 それなのに私は、それに答えられてない。答えたい。だからやらないと。
 家に帰ると、突然、力が抜けて玄関で座り込んで、五分ほど立てなかった。
 本当に自分が限界だったんだと気付かされると同時に少し怖くなった。
 これから部活も、レギュラー争いがより活発になって、文化祭もどんどん仕事が増えていく。自分の勉強もしないといけない。
 私は、果たして全部しっかりやる事が出来るんだろうか。
 頭の中は、やらなければならない事、考えなければいけないことで、何から先に整理すれば良いかわからない。
 どうしよう。どうしよう。
 気がつかないうちにどんどん視界は歪んで、強く握った手の甲はびしょびしょに濡れていた。
 たまたまお母さんは買い物へ行っていて、家族には泣いていたことは気づかれなかった。安心した気持ちと同時に気づいてもらいたい自分を私は、見て見ぬふりをした。
 
 脇腹のあたりが朝から、六時間目の文化祭準備中の今まで、ものすごくキリキリ痛む、つってしまったのだろう。たまにあるのだ。でもすぐに治るだろう。
 そんなことより美術の時間に作った陶芸のお皿をカフェで使うことになったので美術室にとりに行かなければならない。
 それも純くんと、緊張する。でも行かないと。
 看板の色塗りをする純くんに声をかけた。「あの、純くん。美術室にあるお皿持ってくるの手伝ってもらっても良いかな」
 「いいよ。行こう」
 良かった。美術室に着いて大きな段ボールを持ち上げようとした時、
 一つの薄くて広くて浅いお皿を見て
 純くんが言った。
 「この皿、なんか、宮下みたいだな」
 純くんが真面目な顔で言った。
 私は、思わずなんて答えたら良いのかわからず、フリーズしてしまった。 
 「宮下の心の器って、多分、こんな感じだと思う。見た目は陶器で頑丈に見えるけど、薄いから本当は、ガラスとほとんど変わらない」
 「え、急にどうしたの」
 純くんの言うことが私の隠していたものを無理矢理見せようとする。
 「なあ。できない時は出来ないって、やりたくない時はやりたくないって言っていんだ。何を頼まれても断らずにやる宮下を見て、すごいと思った。でも俺は、出来ない。そう、できるようになりたいとも思わない。だって、そんなことしてたらいつか自分が壊れる」
 何も言い返せなかった。
 彼の言うことは正しかった。
 でも、私が欲しいのはそんな言葉じゃないそんなこと誰よりも私がわかってる。
 言われなくてもわかってるよ。
 「ごめん」
 私はそれしか言うことができなかった。
 そして彼は、少し辛そうな、それでいて悔しそうな顔をして私の横を通り過ぎた。
 その後すぐには動き出せなかった。美術室の絵の具の匂いがやけに鼻をさした。
 
 昨日は午後の部活中も、美術室で純くんと、話したあの時から、彼の言葉が頭の中をずっと巡っていた。
 私の弱さは、彼には筒抜けだった。
 純くんは、私の辛さもわかってくれていた。
 だけど、必死に隠してきたことが、バレないように必死になっていたのにバレてしまったことが情けなくて。
 誰に押し付けられたわけでもなく、自分から始めたことで辛くなって、自分で自分の首を絞めていることが恥ずかしかった。
 じゃあどうしたらよかったの。
 どうしたら正解なの、私がやってることはまちがってるの。
 もう何もかもわからなくて。
 好きな小説を読んでも私の悩みは、主人公と比べてもとてもくだらなくて、こんなに幸せな環境に生きているのに。
 こんなに辛い。こんなに恵まれた場所にいるのにまだ、求めてしまう。
 自分がどんどん醜い生き物に思える。
 誰かに、誰かに、ただ、認めて、
 肯定してもらいたいだけなのに。
 
 
 
 俺には、昔から片思いをしている相手がいる。
 俺は、その子を尊敬している。
 心から人としても一人の女子としても好きで、思い続けている。
 多分、その子は覚えていないだろう。俺がその子を好きになったのは中学で同じクラスの同じ班になった時からだった。
 当時、俺は、サッカーが大好きで、何よりも熱中していた。でも成長期が遅かったため。かなり小柄だった。でも、どうしても結果を出して、レギュラーになりたかった。
 そのために、毎日のように公園に行って、毎日のように一人で練習した。雨の中だって気にせずにただただボールを蹴った。
 正直、その日は、特に辛い日だった。
 俺には大学生の兄貴がいて兄貴は、サッカーでプロチームに入ることが決まっていた。
 俺の憧れの兄貴は、どんどん夢に向かって進んでいくはずだったのに。。完治するのには三年はかかる、とういう選手にとって何よりも辛い傷を負ってしまった。
 そんな頑張りたくても頑張れない兄貴の背中を見ながら、俺は。。部活でも成績を残すことができなくて。でも何より辛かったのは、自分が辛いと思うことが、ちっぽけに思えて。自分がとんでもなく情けない奴に思えて。
 でもあの日、班活動の時、あの子の言葉一つに何よりも救われた。
 班で同じサッカー部のレギュラーの奴が俺をいじって、
 「純て、めっちゃ必死にやってんのになんでレギュラーじゃないんだろーな。あっ、ちっちぇからか」
 と、みんなの前で俺を馬鹿にした。
 でもなぜか俺は言い返せなかった。
 でも、あの子が言った。
 「大器晩成って言葉知ってる? すぐに成果がでる人と、溜めて溜めて後からでっかく成功する人がいるってこと。そうやって人のことを下に見てる人は、いつかその人にあっという間に追い越されるんだよ」
 大器晩成。その言葉一つに俺は救われた。
 必ずいつか身を結ぶ時が来ると信じてくれているようで。
 嬉しかった。
 でもそれだけではない。そういうその子もものすごい努力をしていた。
 俺が公園にいる時いつも見かけたし、一人で休まずシュートを打ち続けていた。そんなその子を俺はいつも気がつけば目で追っていた。でもその子は、時折ものすごく辛そうな顔をしていた。
 何か力になりたい。君が抱える辛さを俺に分けて欲しい。君がしてくれたように。俺も君に何かしたい。
 辛そうにしていたり、少し悲しいような顔をする君を見ると、君がなぜかふと消えてしまうんじゃないか俺は、怖くなるんだ。
 俺は、宮下百合咲が好きだ。
 必ず気持ちを伝えよう。
 百合咲が俺のことを、思っていなかったとしても。
 
 
 あれから、純くんとは、ほとんど話をしていない。最近は、部活も文化祭の準備も全部全部大変で。自分がそろそろ限界が来ていることに少しは気がついていたけど、でも休むことなんてできるわけもなくて。
 それに、原因も肉体的というよりも精神的なものが多くて。大したことをしていないのに、、、
 部活のレギュラー発表は、もう二日後に迫っていた。焦りと恐怖で頭がどうにかなりそうだ。
 今日も気持ちを落ち着かせるために公園へ向かう。
 向かう途中純くんのことを考える。きっと純くんは私に幻滅しただろう。
 自分ができないくせになんでも引き受けて。それで人に迷惑をかけて。
 好きな人に嫌われるのって思ったより辛いな。なんか苦しくて息をしているのにしていないような。
 でも、もう終わってしまった事はしょうがない。私は、一度に何個もできない性格だから。
 最近読んだ小説にこんなことが書かれていた。
 『本当に辛くてどうしようもない時、自分だけは、自分を肯定して味方になってあげよう』
 私は、この言葉がすごく素敵だなと思った。
 私は、自分を過度に愛すことも痛めつけることもしたくない。やれる範囲で精一杯頑張ろう。
 そしたら。どんな結果でも受け入れて、一回自分を褒めてあげることにした。
 だけどそう思うためには、今を全力で頑張るしかないんだ。
 そう意気込んではいるけど本当は、涙を出して大泣きしたい。
 そしたら心にかかった薄いようで本当はものすごく分厚い雲を晴らして心に太陽の光を照らすことができるのに。
 最近気がついたことだけど、人はどんなに辛くても、一人じゃ涙を出すこともないんだ。無理やり出そうとしても涙でこの気持ちを外に出そうとしても出ていってくれない。
 もう考えるのをやめよう、私の頭の中で何かを考えたところで心の中は、雲が分厚く黒く染まるばかり。
 バスケをして忘れよう。
 そしてまた私は、シュートの練習を始めた。
 夜は涼しいと言っても練習をして体を動かしていれば汗は次々と流れる首筋、背筋、額いろんな場所から流れてくる。
 夜風が今にも沸騰しそうな汗を冷やしていく。この感じが私は意外と好きだったりする。なぜか爽やかな気分になるんだ。何本も、何本も休まずシュートを打っていく。
 その時、一瞬足がもたついて転けてしまった。
 少し転けてしまっただけなのでどこも痛くなかったけど少し腕を擦りむいてしまった。
 その時、誰かがこちらにものすごい勢いで走ってくる音がした。
 そして涼しい夜風は、彼によって遮られた。
 私の目の前には焦った顔をする純くんがいた。
 「宮下、大丈夫か」
 純くんはものすごく心配そうな顔をしていた。
 なんで。なんでそんな心配そうな顔をするの。勘違いしそうになる。
 だけど私の好きな人はそうだ、本当に優しい。どんな人にも。そんなところが好きなんだ。
 「うん。大丈夫。少し擦りむいちゃっただけだから」
 「そっか。よかった。でも一応洗いに行こう」
 「そうだね、ありがとう。洗いに行ってくる」
 「待って。俺もいく」
 そして二人で水道まで歩いた。
 なんでついてくるのか不思議に思ったけど、嬉しいなと素直に思うことにした。
 私が腕を洗っている時、純くんは、私より三歩くらい後ろに立っていた。なんだか背中がむず痒くて、無駄に緊張した。
 そして二人を、木の葉が揺れる音と、水道の音で包んだ。
 その時だった。
 「宮下百合咲、、好きだ」
 全ての空間、音、何もかもが止まったようなそんな感じだった。
 「え、」
 「俺、ずっと前から好きなんだ、、」
 「信じてもらえないと思うからまず、俺の話を聞いてほしい」
 私は、少し考えた後、
 「わかった」
 ゆっくりと答えた
 「俺、宮下のことがずっと前から好きで。この前、ずっと無理して我慢している宮下を見てて、我慢できなくて、強く言っちゃってごめん」 
  私は今にも溢れそうな涙を、こらえながら大きく首を横に振った。 
 「本当は、あんなこと言いたかったわけじゃないんだ」
 「本当は、いつも頑張ってる宮下のことすごいかっこいいと思ってて。その反面、無理して辛そうにしてる宮下を見たくなかったんだ」 
 「宮下が辛いと思う気持ちが行き場をなくしているんじゃないかって。そうだとしたら、俺に分けて欲しかった、それに、文化祭の実行委員になればもっと俺を頼ってくれるんじゃないかって思ってやったんだ」
 純くんの言葉一つで私の涙のダムは、簡単に崩れた。
 今までびくともしてくれなかったのにこんなにも簡単に。崩れていってしまう。でも、それを嬉しく思う自分もいて、彼の話し方スピード全部が愛おしく思えた。
 だから私も、うちあけることにした。
 「私ね、本当はものすごく辛かった」
 純くんは、私の目をまっすぐに見て話を聞いてくれた。
 「もし、私が頑張っていると思っていることが、他の人からしたらそうでもないことだとしたら、私が辛いと思うことがすごくちっぽけなんじゃないかってすごく怖くて、、、」
 「でも、だからこそ誰にも言えなくて。小さいことの積み重ねで出来上がったものだから。気がついた時にはもう、自分でどうしたらいいかわからなくて」
「それにね、私、昔からお父さんに言われてきたことがあってね。自分だけ幸せってありえないんだよって。だから私は、みんなが幸せならそれでいいって思ってでも、自分が辛くて、」
 もう、私の涙は、止まらなくて、でも止めようともしなかった。
「宮下のお父さんは、そんな意味で言ったわけじゃないと思う。宮下の幸せを前提として、それをみんなで分け合うっていうそういう意味だと俺は思う」
 あぁ君はなんでこうも簡単に優しい言葉を紡いでくれるんだろう。涙が心地いい。
 「それに、俺は、宮下が頑張ってるの知ってる。大丈夫。全部全部ひっくるめて好きなんだ。」
 どうして。私がずっと、求めていたずっと欲しかった言葉を、君は全部くれるんだね。
「告白の返事」
 純くんは、なぜか寂しそうな諦めたような顔をした。そしてゆっくりうんと、答えた。「私、純くんのことずっと前から好きだよ」「え、」
 「本当に」
 「本当だよ、私が、公園で努力できたのも全部全部純くんのおかげ」
 「ありがとう。私の気持ちをわかってくれて」
 「うん、これだけは、言わせて。多分、毎回こんなふうに相談し合うのは無理だから」
 「うん」
 「悩んでいることに大きい小さいはないんだ。その人が悩んでいるならそれはどんなことだって一緒なんだから自分を責めないで欲しい」
「わかった、あと、ありがとう。私、純くん好きだよ」
 最後に好きだよと言った俺の彼女の笑顔はほんとうに綺麗で。
 何より俺自身が笑顔にすることができたことが何より嬉しかった。
 多分、百合咲の悩んでいた事は何も解決しなかっただろう。でもいいんだ。きっと百合咲なら乗り越えられる。だって彼女の人生の中に俺が入ることが出来た。二人ならきっと大丈夫だ。
 俺は、帰り道、勇気を出して、百合咲の手を握った。
 すると百合咲は、少し握り返した。もう俺は、この手を離さないと心に誓った。 
 
 
 どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい
 こんな自分のことが大嫌いだ
 
 
 なんて柄にもなく前に読んだ小説の一文を声に出す。
 涼しい部屋で大好きな小説をキリのいいところまで読み、パタンと閉じた。外は、嫌と言うほど暑くて、うんざりする。高校一年の夏も当たり前に中学と変わらない、暑さも、自分でさえも。
 でもいいじゃないか、悩むことは、何も悪くない。
 悩んでいる自分を受け入れて、そこまで全部愛せばいいじゃないか。
 それに私には、もう最強の味方がいるんだ。 純くんは私の隣にピッタリくっついて、私がおすすめした本を読んでいる。
 「百合咲、この本面白いよ」
 「そうでしょ」
 「何、そんなニコニコしてんの。そんなに俺の彼女になれて嬉しいの」
 「はい、そうですけど何か」
 「あ、すいません。俺も以下同文です」
 こんな会話をしていてふと思う。
 多分、根本的な自分は変わっていない。これからもたくさんたくさん悩んで辛くなって傷つくかもしれない。
 でもそれでいいって。
 そのままの自分で、十分、素敵だって純くんのおかげで思えるようになったんだ。
 今だって何も解決しちゃいない。でも、なるようになるんだ。
 これからだって神様に裏切られたと思うことがあるかもしれない、でも私は、私に約束をした。
 必ず自分が一番の味方でいると。
 考えすぎなくていいんだ。大丈夫、
 全部うまくいく。