そして数日後、村長が龍花の町に移送されてきた。
 これでもかと厳重に監視をされながら。
 どうしてそんなことが可能だったのか知らないが、龍神の願いと言葉はそれだけ重いのだろう。
 手続きに苦労したと蒼真が疲れたように愚痴を漏らしていたので、簡単ではなかったと思われる。
 ミトには同席するかどうかと問われた。
 無理する必要はないと気を使ってもらったが、ミトも知りたかったので一緒に連れていってもらうことになった。
 村長との面会が叶ったのは、龍花の町にある警察署。
 驚くことに龍花の町にも警察署があったのである。
 よくよく考えれば、それなりの人口がある町なのだから、犯罪者がひとりも出ないなんてことはないのだから、そういう施設があってもおかしくはない。
 ふたつの部屋の間には透明なアクリル板で隔てられている。
 安全のためそういう作りになっているのだろうが、透明とはいえ壁越しというのは少しだけ安心できた。
 それでもミトは緊張を隠しきれず、波琉の服をぎゅっと掴む。
 その手を上から包むでくれる波琉の温かな手が、わずかながらミトを勇気づけてくれる。
 連れてこられた村長は、最後に見た時よりずいぶんと老け込んでしまったように見えた。
 けれど、ミトを見るその目は変わらない。
「貴様! やはり忌み子は村に災いをもたらすのだ! お前さえいなければっ!」
「こら、暴れるな!」
「大人しくしろ」
 両手に手錠をかけられたまま身を乗り出す村長は、両側にいたふたりな男性によってすぐに抑え込まれた。
 それでも目を血走らせながらミトだけに目を向けている。
 その迫力にミトは気圧されてしまうが、波琉が村長の目から隠すように抱きしめた。
 そして、ぶわりと波琉から神気があふれ出し、村長を襲った。
 それまでの勢いはなりを潜め、顔色を変えて怯えている。
「やっと静かになったね」
 やれやれという様子の波琉は、大人しくなった村長を見てもミトを離すことなく、大事に守るようにその腕に包み込んだまま村長をにらみつける。
「君にはいろいろ聞きたいことがあるんだ。百年前にいたキヨと星奈の一族について」
 ぴくりと村長が反応したが、それは百年前という言葉なのか、キヨという言葉なのかは分からない。
「キヨという娘を知っているのかな?」
「…………」
 村長は答えず、再び波琉から神気があふれ、まるで圧力を与えるように村長を攻撃する。
「ぐっ……」
 苦しそうに呻く村長。
 それは少しの間のことで、すぐに圧がなくなるが、村長は苦しそうに呼吸を荒くしていた。
「あまり手間をかけさせないでくれるかな? 僕も暇じゃないんだ。今は手加減したけど、次は容赦しないよ」
 微笑みを浮かべる波琉だが、その笑みはいつもミトに向けられる優しいものではなく、ひどく冷淡なものだった。
「ひっ」
 波琉を見て息を飲む村長は、それからずいぶんと口が軽くなる。
「もう一度聞くよ? キヨを知ってる?」
「……む、昔、龍花の町から追放される原因となった女だと」
 やはり村長は知っていた。
 ならば、その昔星奈の一族が神薙であったのも承知のはずだ。
「当時君はまだ生まれていないよね? なんて言われてきたの?」
「花印を持つ者は一族に災いをもたらす。決してその存在を認めてはならないと」
「それだけ? それだけのためにミトを苦しめてきたの?」
「親もその親の代からこんこんと聞かされてきたんだ。花印を持つ者は一族の害悪でしかないと。本当ならすぐに始末するつもりだった。けど……。そうすることで災厄が振りかからないかとも限らなかった。だ、だから生かしておいたんだ」
 村長は冷や汗を流しながらしゃべり続ける。
 ミトは村長から発せられた『始末』という言葉にショックを受けていた。
 まさか生まれた時点で殺されかけていたなんて。
 それすら村長たちの弱さによって奇跡的に難を逃れたにすぎない。
 ひとつ間違えば、ミトは今この場に立っていなかった。
 両親に抱かれることもなく、波琉に出会うこともなく。
「私が悪いわけではない! 悪いのは花印を持ったそいつだ! 生まれてきたのが悪いんだ!」
 ミトに対して激しく罵倒する。
 なんて身勝手なのだろうか。
 今ですら村長が心配しているのは自分の身のことだけ。
 怒りを通り越してあきれてしまう。
「他の村民は知ってたの?」
 声は平静を装ってはいるが、波琉の眼差しは強い怒りを宿していた。
「若い者たちは知らん。だが、私や私より上の世代の一部は親たちから教えられていたから……」
「昔、星奈の一族が神薙として暮らしていたことも、キヨの行動により追放されたこともすべて?」
「あ、ああ……。私が若い頃は当時を生きていた者がいたからな」
 村長はたしか七十歳ぐらいだったろうか。
 百年前という時間を考えれば、村長の祖父母だったら実際にキヨの起こした事件を見聞きしていてもおかしくない。
「彼らは言っていたんだ。花印なんてものは災いしか呼ばないと。おかしな力を持って生まれ、また神の怒りを買うから関わるべきではないと。それなのに一族からまた花印を持った者が生まれるなんて……。私がこんなことになったのもすべて花印のせいだっ」
 両手で顔を隠しうなだれる村長からは、ミトへ行ってきた罪の意識はない。
 ただただ、自分をかわいそうに思っているだけ。
 今の状況も花印へ責任転嫁していることにも気づかない。
 はあ……。というため息が聞こえて横を見ると、波琉がミトを見ていた。
「帰ろう。もう聞くことはなさそうだ。結局、なにかしら重要な理由があったわけではなく、自分たちを哀れんだ者たちが自分たちのことだけを考えて行動しただけだった。もうミトが関わる必要はないよ。こんな胸くその悪い者たちの存在は忘れてしまおう」
「うん……」
 もうミトには関係ない。
 二度と村に帰りはしないのだから。
 そして、この部屋を出たら村長にも他の村人にも会うことはないはずだ。
 波琉に背を押され部屋を出るミト。
 閉じていく扉の向こうに見えた肩を落とす村長を見たのが、彼を見た最後だった。
 ミトは屋敷へと帰る途中の車の中で蒼真に問う。
「蒼真さん。村長はこの後どうなるんですか?」
「花印を持った子を隠すのはお前が思ってるより罪が重いんだよ。その上村ぐるみでミトを虐待していたわけだから、禁固刑は免れないだろうな。あの村長の年齢を考えると、生きている間に出られるかどうか分からんな」
「そうですか」
 蒼真は遠慮なく話してくれるので好感が持てる。
 これが尚之だったら、ミトを気遣ってすべては話してくれないだろう。
 別にだからといって尚之が嫌いというわけではない。
 尚之もミトを思って配慮してくれるのだろうし。
 これまでの扱いのせいで特別扱いに慣れないミトには、蒼真の遠慮のなさが気楽というだけだ。
「お前はもう気が済んだのか? 文句を言い足りなかったんじゃないか?」
 静かな蒼真の眼差しを受けて、ミトは考えてみた。
 けれど、答えはすぐに出る。
「今は幸せだからいいです。波琉がいるので」
 ミトが隣を見れば波琉が穏やかに微笑んでおり、ミトは自然と笑みがこぼれた。
 そう、もう村での出来事は過去でしかない。
 波琉がいる今、村長たちのことなど考える暇なんてないのだ。