三章

 ひと通り話を聞いたので、煌理と千代子は自分たちに用意された屋敷へと向かっていった。
 千代子とはもっと話をしたかったが、星奈の一族の罪を教えられたすぐでは、少し頭を整理する時間が必要だった。
 ふたりはしばらく龍花の町に滞在するというので、話をする機会はこれからもあるだろう。
 煌理はというと、波琉に大量の書類を持ち込んでいた。
 目の前に積まれた書類を苦々しく見る波琉は、今にも頭を抱えそうな顔をしている。
 煌理は実に楽しげに、「お前の優秀な補佐からだ」という言葉を残していった。
「瑞貴……」
 その名前は以前にも聞いた覚えがあったのでミトは知っていた。
 紫紺の王である波琉を補佐している龍神のことだと。
 ふたりが帰った後、波琉は大きなため息をつきながら書類に目を通していくことにしたようだ。
 ミトは波琉の邪魔にならないように部屋を出て、大きな庭にあるミトの実家に向かった。
 今は両親が住んでいるが、食事などの時はミトもこの家で取るし、暇があれば訪れているので、そういう意味ではあまり今までと生活は変わっていない。
 両親はそれぞれこの町で仕事を斡旋されて働いているが、今日は休んでいる。
 それは煌理が来て、星奈の一族についての話し合いがされると聞いていたからだ。
 なにかあればミトのサポートをしたいとわざわざ仕事を休んでくれた。
 なので両親にも先ほど煌理から聞いた話を伝える必要がある。
 きっと心配してくれているはずだ。
「ただいま~」
 正確にはミトが住むのは波琉がいる屋敷の方なのだが、やはり生まれながらの家に来ると帰ってきたという気持ちが浮かんで『ただいま』と口から出てしまう。
 ミトが靴を脱いでリビングへ行くと、両親が待ちかまえていた。
「ミト。もう話は終わったのか?」
「うん」
 父親の昌宏は新聞を広げながら心配そうにミトをうかがう。
「今、お茶を淹れるわね。話はそれからにしましょう」
 母親である志乃はお湯を沸かし始めた。
 お茶が用意されるまでの間、なんとも言えぬ緊張した空気が漂う。
 昌宏も志乃も早く聞きたくて仕方ないのだろう。
 星奈の一族によって大きな影響を受けたのは、ミトだけでなく両親もなのだから。
 村人と接する機会が多かったことを考えると、ミト以上に深刻だったかもそれない。
 両親は決して弱いところをミトには見せなかったが、村での生活で苦労していたのをミトは知っていた。
 だからこそ、両親もこの町に連れてこられ、こうして一緒に暮らせて本当に安堵しているのだ。
 お湯が沸き、志乃が人数分のお茶を淹れたカップをテーブルに置いていく。
 ひと口飲んでほっと息をつくミトは、両親の顔を見て話し始めた。
 先ほど煌理から聞いた星奈の一族のこと。
 百年前になにがあり、どうして星奈の一族は追放されたのかを。
「私が忌み子って言われ続けていたのは、たぶんその件があったからだと思う……」
 まだミトも確証があるわけではないが。
「どれだけの村人が知ってたか分からないけど、少なくとも知っていそうな村長に近々波琉が話を聞くらしいから、そこではっきりすると思う」
 両親の反応はというと、昌宏は怒りを感じ、志乃はあきれているように見えた。
「なんなんだ、それ! そんな昔のことに振り回されていたってことか!? 悪いのはその女であって、ミトは関係ないだろう!」
「ええ、まったくだわ。追放されたからその女のことを恨んでいたのかもしれないけど、周りの人間だって同罪じゃないの。それなのに、百年も経ってミトひとりが悪いようにすべてを押しつけるなんてっ」
 ふたりは事実を知って憤っているようだ。
 かく言うミトも複雑な心境だった。
 まさか百年も前の出来事が今になって自分に影響を及ぼしているのだから。
「お父さんもお母さんも知らなかったんだよね?」
「ああ」
「私も全然知らないわ。ただ年上の人たちから花印を持つ者は不吉だってことぐらい。その理由なんてミトが生まれるまでは考えすらしなかったもの」
 それはある種の洗脳だったのかもしれない。
 両親のようになにも知らずその言葉だけを信じてミトを忌み子とした村人はそれなりにいたのではないだろうか。
 なにが悪いかも考えず、自分たちのすることが善と思い込んで。
 それに振り回されたミト一家はいい迷惑だ。
 まあ、村長たちは花印の子を隠していた罪で裁判中とのことだが、反省はしていないような気がしてならない。
「それにしてもキヨ、だったかしら? 彼女も特別な力があったのね。ミトみたいに」
 志乃もそこは気になったようだ。
「うん。そうみたい」
「人を操る力なんて怖いけど、よくよく考えたらミトの力も使い方によってはかなり怖いわよね」
「そうだな。村長たちに隠していたのは正解だった。じゃなきゃミトになにをしていたか分かったものじゃない。もっと最悪な環境に身を置かされたかもそれないな」
 志乃と昌宏は顔を険しくさせている。
 ふたりの言うように、人を操る力と動物と会話できる力の違いはあれど、動物たちはミトを村から出すために協力して村人を襲った過去がある。
 もちろんそれはあくまで襲うふりだが、ミトが望めば本当に人を襲っていてもおかしくはなかった。
 ただでさえ手にアザがあるだけで大騒ぎとなったのだ。
 そんな力もあると知ったらどういう行動に出たか考えるだけで恐ろしい。
 両親の判断は正しかったのだと思う。
 すると、志乃が「あっ、でも……」と口を開いた。
「波琉君によると、ミトほどじゃないけど、花印を持つ人間は少しなりとも不思議な力があるらしいわよ」
「え、そうなの?」
 初耳なミトは驚いた。
「ええ。もともと花印には神気が含まれているらしくて、その影響で勘がよかったり、予知夢?みたいなのを見たりする子だったりいるそうよ。まあ、実際に活用できるほど強い能力を持つのはごく稀な上に、本人が気づいていないパターンが多いんですって」
「じゃあ、私の能力もこれのせい?」
 ミトは己の左手の甲にある椿のアザに視線を落とす。
「かもしれないわねぇ。といっても、私も聞きかじりだから詳しいことは知らないのよね。気になるなら波琉君に聞いたらいいわよ」
「うん」
 そういわれてみれば、波琉はミトに動物と話せる力があると聞いても特に驚いたりはしなかった。
 過去、不思議な力を持つ人間がいたとも言っていた気がする。
 他の特別科の生徒はどうなのだろうか。
 気になるが、特別科に友人がいないミトには情報が入ってこない。
 うぬぬっと眉間に皺を寄せるミトになにを思ったのか、昌宏が表情を明るくさながらミトの肩を叩く。
「まあ、なんにせよ、ここにいたらもう安心だ。波琉君もそばにいるんだしな」
「あら、やっと波琉君を認める気になったのね」
 志乃が微笑むが、昌宏が豹変する。
「まだ結婚は認めてないからなぁ! それだけは許さんぞ! ミトにはまだ早ーい!」
「まったく……」
 志乃はあきれたように息をついた。
「ミトぉぉ。波琉君と俺とどっちが大事なんだぁぁ? もちろんお父さんだよな? なあっ? 昔はお父さんと結婚するって言ってくれただろぉー」
 ミトに抱きつきながら嘆く昌宏に、ミトも苦笑するしかなかった。
 ここで素直に『波琉』と口にしたらきっと面倒臭いことになるなと、あえて口をつぐんだ。