屋敷に帰ってきたミトは、いつものように波琉の部屋へ。
しかし、そこに波琉の姿がない。
「波琉? いないの?」
声をかけても返事はない。
その代わりに、クロとチコが姿を見せた。
『ミトおかえり~』
『ここ数日帰ってくるのが早いわね』
『仕方ないわよ。あんな危ない目にあったんだし』
『それじゃあ、まさか今日も危ない目にあったってこと?』
つぶらな二対の目がミトをうかがう。
「うん。なんだかいろいろありすぎて頭がパンクしそう」
『犯人は分かったの?』
『私たちが成敗してあげるわ』
『そうそう。他の仲間も呼びましょう』
クロは爪を見せながら「にゃあ」と鳴き。
チコは楽しげに「チュンチュン」と鳴いた。
その姿にそれまであった緊張感がほぐれていく。
どうやら思っている以上に気を張っていたのを自覚し、自然とミトの顔にも笑みが浮かんだ。
「クロもチコもありがとう。だけど犯人が誰か分からないの」
『そうなの?』
クロが首をかしげる。
「堕ち神が関係してるんじゃないかって。龍神様たちが探してるらしいんだけど、見つからないみたい」
『ミトを狙ってるのはそいつなの?』
「私もよくは知らないの。波琉から聞けないかなって思ったけど……」
ミトは自分たち以外誰もいない部屋を見渡す。
「波琉、どこいっちゃったんだろ?」
波琉が出かけることなんて滅多にないというのに。
普段いる場所に姿が見えないだけでこんなにも不安になるのかと、ミトは落ち込む。
そんなミトを気遣ってなのか、チコがミトの肩に止まる。
『だったら私たちも協力するわよ』
「えっ?」
『私たちのミトに手を出したのが誰なのか、はっきりさせてやるわ!』
チコはなにやらやる気満々で窓から外に飛んでいった。
「えっ、チコ!?」
まさに止める間もない。
『あらら、行っちゃったわね』
窓に前足を乗せながら、クロはチコを見送る。
ミトも離れていくチコの姿を目で追っていると、次第にチコの周りに鳥が集まりだし、ミトはぎょっとする。
チコがここに来た時は同じスズメの仲間たちと一緒だったが、今の集団の中にはハトやカラスまで含まれているではないか。
あれは大丈夫なのだろうか。
きっと龍花の町の人々はなにが起こったか分からずに恐怖しそうだ。
『私も近所の猫たちに協力してもらってくるわ』
クロまで動き出し、ミトは感謝より心配が先にくる。
「クロ。協力してくれるのは嬉しいけど、無理はしないで。堕ち神っていうのがどういう力を持ってるのか分からないから、もしクロやチコになにかあったら後悔してもしきれない」
友人という言葉では収まりきらないほど、クロやチコはミトにとって大事な存在なのだ。
『分かってるわ。私たちは人間と違って勘はいいから、危険だと思ったらすぐにげるから大丈夫よ』
「ならいいけど……」
クロはしっかりしているので頼りになるが、不安にならないわけではない。
『そうそう。シロには黙っててね。あの子は野生の勘ってものをどこかに落としてきてるから』
「あはは……。分かった」
ミトは、お馬鹿かわいいシロの鈍臭さを思い出して苦笑いする。
シロに黙っていた方がいいというのは、ミトも同感である。
シロでは捜索するのを忘れて町で迷子になりそうだ。
なにせ、シロには蝶に興味を引かれるまま町に出て帰られなくなったという前科がある。
大人しく留守番してもらうのが一番だ。
『いってくるわね』
「いってらっしゃい」
クロがいなくなると、途端に部屋が広く感じる。
たったひとり取り残されたような寂しさがミトを襲った。
普段波琉がいる場所に座り込んでひたすら待ち続ける。
どれだけ経っただろうか。外はもう暗くなっている。
途中で志乃が食事の時間を知らせに来たが、波琉を待っていると断った。
ミトが事故に遭ったことを、仕事から帰ってきてから知った両親は、心配そうにしつつも多くを聞かないでいてくれた。
蒼真からなにかしらの説明を受けていたのかもしれない。
この町に来ても心配をかけさせているのをミトは申し訳なく思ったが、今は波琉のことで頭がいっぱいだったので、大した反応を見せられなかった。
「波琉。早く帰ってきて……」
身を小さくしてただただ待つ。
そうしていると、カタンと小さな音を立てて、窓から波琉が入ってきた。
「あれ? ミト、まだ寝てなかったの?」
「波琉!」
ミトは立ち上がり、波琉に抱きついた。
「どこ行ってたの?」
「ちょっと町の散策かな」
「堕ち神を探してたの?」
ミトが確信に触れると、波琉は苦笑する。
「蒼真が言ったんだね」
波琉は不安そうな顔をするミトを抱き上げ、いつもの定位置に座る。
スリスリとミトの頬を優しく撫でる波琉の手は優しく、ミトの方からも頬を寄せた。
「こんなにも不安にさせるなら口止めしておいた方がよかったかな」
「それは嫌。私だけ仲間外れにされるのは。不安なのは中途半端な情報しか知らされないからでもあるもの。ちゃんと教えて」
「以前に堕ち神のことは大した話じゃないって言っていたから、ミトに多くを語らなくても大丈夫だと思ったんだよ。でも何度も危険な目な遭ったら怖くなるよね。ごめんね、僕の配慮不足だった」
「波琉が悪いわけじゃない。でも私だけ知らないままなのは嫌なの」
我儘なのかもしれないが、自分の知らないところで得体の知れないなにかが起こっているのはそれはそれで怖いのだ。
「龍神たちだけで対処しようと思ってたんだけどね、なかなか痕跡が掴めなくて苦慮してるんだ」
「龍神の力にも制限があるから?」
「それも蒼真から?」
ミトはこくんと頷いた。
「ミトの言う通り、天界と違って遠慮なしに力を使ったりはできないんだ。そんなことを許したら、人間界は大変な混乱に見舞われる可能性があるからね」
「うん」
龍神の力が危険なのはミトにも分かる。
「だからなかなか捕まえられなくて困ったよ」
そう言う波琉の声はあまり困っていそうにない。
「他の龍神の力も借りてるんだけどねぇ。天界から追放されて力は弱ってるはずなのに、これだけ力を残してるなんて、それだけ強い執念を抱いているってことなのかな。ミトのためにも早く見つけないとね」
にこりと微笑む波琉に、ミトは思い出した。
「そうだ、波琉、ありがとう」
「なにが?」
「今日車で事故したの。火に焼かれそうになったけど、体が光ってそれが火を消しちゃったの。あれって波琉のおかげでしょう?」
「おまじないが効いてよかったよ」
やはりあの力は波琉のおまじないの効果だったようだ。
「ありがとう!」
ミトは満面の笑みで波琉に、感謝した。
「お礼はいらないよ。ミトを守るのは僕の役目なんだから」
そう言ってミトの頬に触れる波琉は、反対の頬にキスを落とした。
やはり慣れないミトは恥ずかしそうに両手で顔を覆ったのだった。