大智 夏 大学二年生
「明日奈は今桜木お爺ちゃんの家に住んでいるんだね」
 死んでしまった悲報をどうにか遠ざけようと振り絞った言葉がこれとは。俺はまじで未熟者なんだな。
「そうだね。歴史も思い出もいっぱい詰まっていてそのおかげで年季が十分にあるし。何?泊まりたいの?」
「バカ言え」
 こう言ったものの少しそうしてみたかった。好きな人の見れない一面、好きな人といる時間が増える。小さいときにたまにあった恋心が揺さぶられる。
「私は別にいいんだけど、大智が嫌なら、しょうがないわね」
 うーん、今の訂正は効くだろうか。
 数分して今日のお客様第一号が来店した。けれど、気づいたら夕方だし最初で最後のお客さんだろうと思った。高校生の男女、かばんにあるストラップがお揃いなのをみておそらくカップルなんだろう。
 眼鏡の男子と言い、もう一方のボブの髪型の女子。
「それでさー」 
 案内して席に着くなり二人は話し出した。けれどどこか会話がぎこちなくて会話が噛み合っていない。
「あの二人って初めて見たけど明日奈は見たことある?」
「いや特にないけど、どうして」
「いや別に気になっただけ」 
 キッチンでボーッとしている。それはまぁ暇なのだ。だからあの二人のカップルの話を聞くのに適した時間と言ってもいい。
 俺はあんな青春を送ったことがなかった。だから見ていて正直羨ましく思う。けれど安心して欲しいのはリア充爆破しろとかよくネットで見る投稿は気にしないしむしろ応援するタイプ。
 自分が高校生のときはいろんな人が恋愛をしていたなんてアニメみたいなことはなかったし、カップルは極めて少ない学校だった。自分が知らないだけかもしれないがそれぐらい耳に入ってこないのだからきっと少ないのには間違えないのだろう。
 恋愛ではないけれどこんな事件を俺らは立ち向かったことを思い出した。

 大智 春 高校一年生
 クラス内に一人しかいなかったし彼は女たらしでいい印象とは言えなかった。SNSの投稿で"女たらしは悪いことではない"という記事を見たことがあるがこれの反例のような奴が彼だった。
「え、君って彼氏いるの?」
 クラスで女子と話す丈一郎(彼)はいつもと変わらない感じで話していた。当時は高校に入学して一ヶ月経った五月の頃だったから特に丈一郎とも話したことがないから誰でも関われる人なんだろうなって思ってた。
 六月。とうとう俺の番が来たらしい。先月中に高校でできた友達の鉄真ら全員は彼と話したらしい。五人が一緒に寄り道でファストフード店でそのことを聞かされた。
「丈一郎っているじゃん。みんな何聞かれた?」
 鉄真がそう言った。
「俺は彼女いるのって聞かれたよ」
 これは優斗だ。優斗は優しいし顔も絶世のイケメンとは言えないけれど突然女子から告白されても文句ない顔ではあった。
「俺もそんな感じ。好きな人いるのって」 
 結翔は顔は標準のようなけれど髪がサラサラとしていて前になびく前髪がかっこいい。
「俺は結翔と一緒だよ」
 最後は颯大。
「え、大智は?」 
 鉄真から始まり、優斗、結翔、颯大と来たら取り残されたのは俺だけだった。
「俺はまだ何も」
 六月上旬ではまだ聞かれることはなかった。けれどだ、クラス中の男子にこう声をかけているのだから俺の番が来ないというわけではないだろう。そのときの万が一の備えというような形で俺はこの話し合いに積極的に耳を傾ける。
「正直なこと言っていいか?」 
 鉄真がそう言い始めた。
「丈一郎って誰が誰とどういう関係でどういう風に思っているのかを探ろうとしているんじゃないか。こういうのもなんだけど俺はこのグループで一番クラスの上位カーストにいると思う。自分の勝手な考えでお前たちを見下すみたいになっているけど思ってないからな」 
 この鉄真の保険は意味がないのはみんな重々承知だ。"鉄真がリーダー"という素ぶり、会釈をとっている。確かにこのグループ内では誰が言おうとも鉄真が中心でありリーダーだ。だからこうして会話の司会的役割もこうやって鉄真が務めている。
「そこでなんだがこのクラスの情報、誰かの弱点を知っておこうとしているんじゃないかって思うんだ」
 多分全員の頭には一斉にハテナの文字が浮かんだだろう。言っていることは理解できたけれど俺も一回聞いただけではイマイチパッとこなかった。
「まさか、丈一郎はクラスメートの弱点を自分のカーストに使うってこと?」
 優斗が言う。
「けどなんでそんなこと」
 結翔が言う。
「自己解釈だが説明していこうと思う」
 一つの机を囲う。俺らの周りに隙間ができないぐらいに頭を体を寄せ合って鉄真の考えを聞く。
 これを聞いた一同が衝撃を覚えた。
「そんなバカなこと」
 優斗はそれに反論するような口調だった。
「丈一郎はかなりの女たらしだ。しかもSNSをチェックしたところ毎回いろんな女子とご飯に行っている」
「それぐらい、友達なんだからあって当然だろ」
 優斗はおそらく丈一郎を援護する側だった。
「まぁ今はそんなことはいいんだ別に。俺が言いたいことはなんで弱点を知ろうとしているかだ」
 反対派の優斗もこれには黙った。そして全員息を呑む。
「下手をしたら俺らはいじめの対象になりかねない。一応確認だが丈一郎の問いかけにしっかりと答えて尚且つ彼女や好きな人がいると答えた人は挙手して」 
 鉄真、優斗、結翔がこれに手を挙げた。
「颯大と大智は命拾いってことか。じゃあまず俺ら三人気をつけるぞ」
「何をだよ」 
 丈一郎の標的にされているかもしれないのに優斗はまだ反対派だった。
「丈一郎は俺らに何か危害を加えたのかよ。それを言ってくれなきゃ、一体何をしたら」
 優斗はやはりこれには満足いっていない。まだあべこべなところはあるが俺はこの状況をなんとなく把握した。
「クラスから浮くってことなのだろうか」
 俺は二人の会話に入った。ちょっと緊張したけどこのピリッとした空気感をどうにか変えたかった。
「大智正解。その可能性が十分に出てきた」
「だからなんでだよ」
 やはり納得のいっていない優斗は反論を継続する。口調が力強い。しかし、いたって冷静で鉄真はそれをなだめ詳しく状況説明を行う。やはり彼がリーダーなんだとこう言うところを見て思う。
「女子に聞いたんだ。丈一郎と話した女子になんて聞かれたのか。彼女らだけではない。丈一郎と付き合っていたという人たち全てに聞いた」
 優斗の喉仏がゴクリ動く。
「まずは丈一郎に声をかけられた女子からだ。彼女らは俺らと同じ通りの性別なけ逆の質問をされたようなんだ。"○○って彼氏いるの?"って。な、同じだろ。ただ不快に思うことも一つあった。言い方が悪いが陰キャの女子には颯大と大智と同じ風で"○○って好きな人いないの?"って言われたみたいだ」
「だから何を言いたいんだよ」
 さっきまでの優斗の力強い口調が少し弱くなったのか受け止めがあまり苦になっていない。
「人を見ての判断は実にお見事。そしていきなりの恋バナ。小さいときに好きな人でいじられた経験、またはその経験をしている人を見たことがないか?」
 俺ら四人は互いに顔を見合わす。辻褄がだんだんと当てはまっているのに気づいているのだろう。そしてそれは俺らが平等でもなんでもなく常に下に見られてきたことも。
「弱点。つまりそれは人が性と関わることと自分の個性の好みが存分に出されること。これら二つを合わせたつまりは」
 "恋愛"とここの部分を強調させて鉄真は言った。
「それがなんだよ……」
 優斗は丈一郎に自分のことについて言ってしまった人物だから現実逃避、今の自分を取り消したい気持ちに駆られている。
「俺らは奴からしたら獲物なんだよ。そして俺ら三人はもう奴の手の中なわけだ」
 丈一郎を奴と言い換えた。あの鉄真もそんなふうに考えてしまうことがあるんだなと今知ったことがすごく衝撃だった。
「俺は奴に"彼女がいる"とつい口を滑らしてしまった挙句それに続いてその彼女がどこ中学の人か、そして高校生だとしたらどこの高校か大体の個人情報を聞かれた。そのとき俺は丈一郎ってどんな奴だろうと考えていたがここまでは想定外だった。言ってしまった。もしこれで彼女の身に何かあったら俺は……」
 発言の後半から頭を抱え込み出して最終的に鉄真は頭を抱え込み続けながら机に突っ伏してしまった。
「俺も彼女がいるって言って鉄真と同じことを聞かれた。そして今の鉄真と全く同じ状況だ」
 鉄真までの落ち込みではないものの優斗の心はなんだか重く感じられる。顔色もちょっと悪くなったかなと思ってしまう。
「俺は彼女がいることは言ったけど高校とかは言ってないな」
 安全圏内の俺と颯大、注意圏内の結翔、危険圏内の鉄真と優斗。
「と、とにかく今は気をつけよう。何があるかわからないし。そして大智、お前は絶対に言うんじゃないぞ」
 鉄真のこの発言でこの集まりという名の会議は終わった。『丈一郎に要注意』というのが簡潔なまとめ。
 そして数日後に丈一郎が例のことで話しかけてきた。
「ねーね、大智って好きな人いるの?」
 鉄真の考え通りならこれで俺は陰キャと確立されたとわかる。そしてこの返答で俺の人生は学生生活が左右する。
「好きな人ね、いるよ」
「え、誰々?ここの学校の女子、それとも別の高校?」
 やはり彼は探りを入れてきた。それならと俺は仕掛ける。
「なんでそんなこと知りたいの。特になか言い訳でもないのに」
 人と話すと緊張する。俺は昔からそういう個性だった。けれど前に見た想像もできない鉄真の顔、優斗の感情。これらがどうにか解消できたらと狙って聞いたみた。
「いや、答えたくなかったらいいよ。ただ知り合いかもって思って」 
 俺は顔広いからさと今にでも付け加えたそうな顔で言ってくる。顔に書いてあるってよくアニメとかで見るが今がまさにそんな状況で正直ビビっている。人は案外弱いものなんだと。
「知らないと思うから気にせず」
 "嘘つけや"と言う丈一郎。これは嘘ではない。絶対に知らない人。だって俺が作り出した架空の人物だから。嘘と言ったら好きな人と言う初期ステージからだ。すでに君は餌を求めてこの簡単な罠に引っかかっているんだよ。
 授業の開始を知らせるチャイムで丈一郎は去っていく。このチャイムにはとても救われた。
 あれから丈一郎は俺にひつこく問いただしてくるが学校が終わるとそれはなくなった。学校内のおもちゃ的役割なんだよ俺は。
「なんか話してたやん。なんだったの」
 この事態を今最も恐れている鉄真が俺の席へと来た。それに続きいつものメンバーがゾロゾロと俺の周りを囲む。ただここではまずいと思った。見渡せばクラスには女子が笑い声をあげてクラスの端に固まっている。
「いつものファストフード店に行こう」
 そう言って俺らだけの空間の確保に至った。
「丈一郎に罠を仕掛けた」
 そう言って今日俺がしたことをメンバー全員に伝える。好きな人を聞かれたこと、好きな人を偽ってしかもそれは本当にいないこと、放課後までの学校の時間内に取り憑くように問いただしてきたこと。取り残すことなく全部伝えた。
 それで何ができるかわからない。けれど丈一郎にとっての想定外を作りたかった。
「けどこれは何か使えるかもしれない。考えよう今ある時間を有効に」
 リーダーがこう言うので俺ら全員は考え始めた。考えはすぐに出ないだろうと思っていた俺が突如閃いた。
「分かれ道が二つある。明日から丈一郎が俺に問いただし続けるか、それをしないか。それをする場合俺は鉄真の彼女の名前を言う。ただそれがなかったら俺が誰か女子のことを好きになる」
 どちらにせよどちらも腐った回答だ。鉄真の彼女を守るどころか生贄に差し出して、後者なんか完全にとばっちりじゃないか。
「ごめん、こんなんしか思い浮かばない」
 沈黙が始まった。ポテトを次々に口放り込み颯大はとても気楽で羨ましい。
 この沈黙の時間はなかなか終止符を打たない。
「俺、変なことしたよな」
 自分が良かれと思ってしたことは計画性がなくて、自分は未熟だ。鉄真に体を向け誤る。ただ鉄真はこれについて考え続ける。そしてとうとう口を開いた。
「いや前者は可能だと思う。彼女に事情を話してしまえば協力してくれるはず」
 脳の思考能力が一瞬止まった瞬間だった。それは本当かとつい疑いたくなった。けれど鉄真は嘘なんて吐かない。信じよう。
「あの……」
 颯大がこの会話に入ってきた。さっきまで他人事と言わんばかりにポテトをつまんでいた颯大が。
「仲良い女子いるから後者は俺が引き受けてもいいけど」
 このメンバーは最強なのかもしれない。
 翌日、丈一郎は昨日の続きと言わんばかりに俺に問い続ける。
「ねー教えてよ。誰にも言わないからさ。ね、ね、ね」
 残念ながら会話は二人きりではない。五人だ。けれどここは流石丈一郎というべきか人数では流石に圧倒されることはないらしい。ラジオのようにただ聞くだけで応対はしない丈一郎との会話。いやこれは無視ではない。この五人で無我夢中で盛大な大きな声で話して盛り上がって。肩をトントン叩かれたら横の結翔にすがり付けばいいし、名前を呼ばれたとしてもこの大声の中で聞こえませんでしたということにすれば良い。
 今日は下校中だった。
「前者だから相談した。了解してくれた。てか彼女は丈一郎を知っていた」
 最初のは薄々だが協力してくれる可能性が大きいと踏んでいたから計画が順調というふうに受け止める。鉄真の彼女が丈一郎を知っていた。これが今の難点となりそうな気がして落ち着かない。
「男バス、女バスで同じ学校であったみたい。友達が勧めてきて知ったんだけれどしつこく連絡先を聞かれたらしい」
「それはもう王手だな。俺、なんだか恥ずかしい」
 優斗は一回でも丈一郎側についたことを悔やんでいるようだった。でもしょうがないと慰める。どうしたら丈一郎に立ち向かえるか、俺らはまたさらに追求する。
 ただ計画のズレを作って俺は作ってしまったらしい。
「水月。春歌高校の」
 ここから狂い始めたのだろうか。

「それやばくない」
 いつもの鉄真と優斗の会話が始まる。
「ざっと計算してみたんだが最低三十分、最高一週間。これが奴の付き合った記録みたいなやつ。とてつもない奴だった」
「さあこれからどう調理しようか、ワクワクしてきたな」
 何もかもが順調だった。だけど物事が順調だとそれはどこかで決壊が生じているのだ。アニメ、物語でそれはあるあるの展開で聴衆、読者を引き込ませる。これは現実でそれらではないけれど十分にそれに近かった。
 それから二週間経った。
 あの、別れたんだけど。と突然言い放った鉄真の顔はなんとも恐怖に満ちていた。
「俺、新しく彼女作ったんだ。水月って言ってほらほら」
 スマホを俺たちに見せる。仲良くVサインを作りながらプリクラ特有の目が大きくなってそれはとてもお似合いのカップルに見える。
「ごめんな、大智。好きな人取っちゃって。なんか昨日さ、いきなり連絡きてさ呼び出されたんだよね」
 今度はその証拠にメールのやり取りの画面を見せる。水月と思われるメールのやり取りはとてもすごく馴染んでいた。水月ちゃんという名前に編集している。
「水月ちゃんがね、付き合ってって告白するもんだからさ。ほら俺断れない主義だからついいいよって許可しちゃった。本当にごめんなー」
 安心しろ。お前のごめんは謝っていないし俺は傷ついてなんかいない。今最も傷ついているのは俺の横にいる水月と付き合っている鉄真だ。鉄真耐えろ、その怒りをどうか心の奥底に沈めてくれ。
「本当にごめんなー」
 耳に入れるだけで無駄な工程はもうガン無視だ。どうでもいい。
「鉄真、大丈夫か?」
 青ざめている鉄真の顔。怒られる、いや怒られて仕方がない。鉄真の彼女を奪ったようなもんだ。鉄真が俺の提案を水月にしていなかったら何か変わっただろうか。もう答えは迷宮入りとなった。もう鉄真と水月はお互い連絡を取り合うこともないだろう。
「大智、大丈夫怒らない。提案したのは俺でこんなことを始めたのも俺だ。巻き込んでしまった水月が向こうに流れるのもしょうがない。俺は俺自身を過信しすぎたんだ」
 闇おち。それから数日に鉄真にはその言葉がピッタリと当てはまった。もう再起不可能だった。
"ごめん、鉄真"
 俺はその日の就寝前、そっと呟いた。これは多分謝れていないだろうな。
「どうか俺らの友情はガラスでありませんように」
 これは呟くという音量ではなかった。
 夏休み前の学校は誰もがソワソワする。夏休みは休日が多いしほぼ自由だ。そんな時期にいきなり鉄真のスマホに電話がかかってきた。
 そのときちょうど俺らも居合わせていたから鉄真のスマホをスピーカーにして電話をする。スピーカーが気付かれないよう、俺ら他人がいると悟られないよう俺らは息を殺す。
「そこで私はどんな役づけになってる?」
「君は丈一郎と付き合ってることになってる」
 言いたくないだろうに鉄真は言った。
「ねえ、なんで俺に別れの一言もなっかたの。何か不満があったなら一言ぐらい言ってくれたっていい。何も言ってくれないのが一番悲しい」
 別れ際のカップルって全員がこんなふうなんだろうかと人間関係のいきなりの決壊に俺の心は嘆くようにキュウと音を出す。
「丈一郎に近づいてもっと情報収集できたらいいなと思って。何も言わずにこうやって付き合ったのは鉄真を驚かせるためだよ。だって鉄真っていっつも何事も完璧で私が驚かされてばっかだし。たまには私もできるってところ見せなきゃでしょ」
 言い訳、には聞こえなかったのは俺だけではなくこの場の全員だ。頷いて彼女への尊敬の目を向ける。
「もし、それが本当ならやめてほしい。これは俺らの特に俺の問題だから」
「俺らの問題って言うけれど鉄真のしていることは普通にいじめのような気がする。だから強いて言うならやめてほしい。でも鉄真は一度決めたことはあやめない悪い癖があるから。絶対に辞めないでしょ」
 彼女、水月は本当に鉄真のことが好きなんだなと二人の会話を聞いて体の全細胞が共感の意を示すためか 動いたような気がする。
「でも辞めないから早く終わらせる。私も正直うんざりだし、彼なんかに女子を物扱いされたくないし」
 この状況、鉄真はどういうふうに受け止めているのだろう。浮気が発覚した水月は実話丈一郎へのスパイのような役割をしていて、そしてこれは要するに鉄真のやりたいこと目標への近道としている。
「大丈夫、俺ももう辞めるから」
 唐突の出来事だった。鉄真が言った。まさかと何度も思ったがこれは真剣のようだ。
「なんとなくこれは自己満の一種に過ぎないようなそんな気がしていた。だから本当はこんなことやめるべきなのではと。けれどあういうふうに言ってしまったからには目標を定めたこと。目標に嘘を吐くのはとても耐えられなかった。この問題を遂行してしまえば終わる。まるで中毒のようで、周りなんか見れてなかった」
 俺は今人生で見れるか見れないかくらいのシーンを目が照らしている。鉄真が涙を浮かべる。鉄真は鉄真らしいことをした。自己満と捉えているが一応それは自分のためではなく"女子"のため。しかも今こうして彼女がいるんだから下心なんかない。純粋な心はしっかりと人を守っているがこれも純粋ならではなのかもしれない。行動の選択肢を間違える。
 けれどこれくらい俺にとってなんのその。俺は人生の選択肢を間違え、間違え今ではこんなどことなく醜い存在。鉄真はきっと間違えなかったのだろう。
「鉄真は泣かなくていい。鉄真が止めるなら私もしっかりと止めるから」
 電話越しの声は機会を通すにもかかわらず透き通っていて、こんな何もかもを透き通してしまうのだからとこの二人の関係性が窺える。
「もうやめる。俺は間違えた」
 こうして俺らは幕を下ろした。