今日は風が強かった。せっかく張り切って髪をセットしたのに、と少し落ち込んだ。
 いつもより少し早めに家を出たので、教室にはまだ誰もいなかった。
 鏡を取り出して、前髪を櫛でとかす。よし、整った。
 ちょうど根岸さんが教室に入ってきた。
「根岸さん、おはよう」
 言えた。できた。
 根岸さんは少し驚いた顔をして、優しく、おはよう、と返してくれた。
「遠藤さんいつもより明るいね。その方がかわいいよ!」
 びっくりした。同時に嬉しくなった。
「ありがとう」
 私は、根岸さんと休み時間を過ごした。昼食も一緒に食べた。久しぶりにひとりぼっちじゃなかったから、嬉しさでテンションが上がる。
「根岸さんのお弁当かわいいね」
 色鮮やかでバランスの良さそうな根岸さんのお弁当。盛り付けまで完璧。美味しそう。
「ありがとう。毎日頑張って早起きして作ってるんだ」
「すごいなぁ、根岸さん」
 根岸さんは少し照れくさそう。
 私は、根岸さんと話すことを、真野くんと話す時くらい楽しんだ。

 今日は真野くんにどんなふうに話そうと、期待を膨らませていた。
 図書館に入る前に鏡と櫛を取り出して、髪を整える。よし。

「真野くん、今日は本読んでるんだね」
 うん、と本を読みながら真野くんは言った。
「そういえば、遠藤さんどうだった?根岸さんだっけ?」
「うまくいったよ。仲良くなれたよ。久しぶりに学校が楽しかった。それに少し、変われたような気がする。真野くん、ありがとね」
「そっか。よかった。力になれて」
 真野くんは私の方を見て、微笑んだ。美しく、優しく花が咲いたようだった。すごく愛おしい。この笑顔、大好きだ。
 真野くんはどんな学校生活を送っているのだろう。
「真野くんは?学校が楽しくなるような友達いる?」
 真野くんは少し悲しそうな顔をした。
「いるよ。すごく楽しい人」
 無理して笑ってるような顔。言いたくないことかもしれない。だから私はもう何も聞かなかった。聞けなかった。
 私と真野くんはそれから何も話さず、本を読んだ。ページを捲る音が少し寂しく感じた。
 夕暮れ時、真野くんは席を立って本を戻しに行った。
「じゃあ、帰らなきゃだから」
「うん。じゃあね、真野くん」
 何だか、真野くんに悪いことをしてしまった気がする。すごく気分が沈む感じがする。
 明日、真野くんに謝ろう。

 寝たら、少しは落ち込んだ気分が良くなるかなと思っていたのに。やっぱり真野くんに申し訳ない気持ちが、膨らんで行く一方。
「遠藤さん、おはよー」
「おはよ」
 根岸さんは、元気に私に挨拶をしてくれた。なのに私は真野くんのことが気になって、元気に挨拶できなかった。
「遠藤さんどうした?何かあった?」
 私は、根岸さんに真野くんとのことを話した。
「その、真野くん?がどう思っているかはわからない。だけど、真野くんが苦しんでいるのなら、遠藤さんが話聞いてあげたらどうかな?」
「そうだよね。そうだよ。うん、そうする。根岸さん、ありがとう」
「和華奈って呼んでよ。喜子」
「うん。ありがとね和華奈」

 今日は、授業の内容が全然頭に入ってこなかった。図書館で復習しようかな、と思いながらドアを開けた。
 真野くんがいない。
 いつもの席に真野くんの姿、真野くんの鞄はない。
 やはり、真野くんの気を害してしまったんだ。
 授業の復習をして、珍しく閉館時間まで本を読んだ。気が紛れると思った。でも、真野くんのことが気になる。真野くん、大丈夫かな。
 次真野くんにあったら、絶対に謝らなければいけない。
 心に真野くんへの申し訳なさを抱えて、家に帰った。