どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。
しんどいな。
クラスに馴染めず、一人で過ごす時間。
「おはよー」
「おはよう」
騒々しい朝。早く学校に着いても誰とも話さないから、つまらない。正直言って、寂しい。でも、誰かと喋るのは怖い。
私は、どこかでみんなに嘲笑されているのではないか、あの人私の苦手なタイプだ。そうやって、関わっていない人を疑って、信頼しないで生きてきたから。
「喜子ちゃん、喋ってくれないとわかんないよねー」
「遠藤さんって何考えてるかわかんねー」
多分今、クラスメイトには感じ悪いやつ、喋りにくい子と思われている。
鋭い棘が胸に刺さったように苦しい。自業自得なのだけど。
とにかくとっても気まずい。今にも逃げ出したい。
静かに深呼吸をした。
大丈夫。
孤独にはもう慣れた。
慣れたはずなのに、友達と笑い合うことが恋しい。
まだ頑張れる。
自分を奮い立たせ、根性で学校に居続けた。
学校を出た瞬間、緊張から解放された感じがして、胸を撫で下ろした。棘が外れた気がする。
窓から見る青空よりも、外で見る青空の方が、空は見守ってくれているような気がする。
今日も図書館に行こうかな。
私は図書館にいる時が一番安心する。本を読んで、明日も頑張ろうと勇気をもらって、家に帰る。ほぼ日課。
図書館の静けさは寂しくない。むしろ落ち着く。本のページを捲る音、シャーペンの動く音。大きな木のような温もりを感じる。
気になった本を手に取り、いつもの席に座ろうと歩き出した。
あれ?あの人、見ない顔だな。
私のお気に入りのいつもの席の向かい側に座っている男の人。多分高校生。隣町の高校の制服だと思う。
なぜ隣町の高校生がいるのだろう?
疑問を胸にしまって、いつもの席に座った。
彼は、勉強していた。彼の真剣な眼差し、一生懸命さは、本を読みながらでも伝わってきた。
澄んだ瞳と指通り滑らかそうな艶のある髪、骨張った指。美しい、この言葉が彼には似合う。一目惚れ。彼は絵になる。
彼と目が合った。すぐに本に目を落とした。
「何?」
彼は優しく、静かな声で聞いてきた。
どうしよう。見惚れてたなんて言えないし。
「見ない顔だなって。隣町に住んでるんですか?」
「普段は図書館使わないからね。隣町まで高校通ってる。この町で育った、高校一年生」
「そうなんですね。私も高校一年生です」
なぜだろう。クラスで話す時の緊張感がない。気まずくない。怖くない。むしろ、すごく話しやすい。楽しく話せる。
「君は?ここ、よく来るの?」
「はい、ほぼ毎日。図書館って何だか落ち着くから」
「へー。本読むの好きなの?」
私は首を縦に振った。
「自分の想像の世界に飛び込めるというか、本が色々教えてくれるというか。そういうところが好きで」
「楽しそうだね。いい顔してる」
彼は優しく微笑みながらそう言った。
私はなぜか驚いて、少し照れ臭くて彼から目を逸らした。胸がじわーっとあたたまる。
「そろそろ行かないと」
彼は机の上を、片付け始めた。
「明日も来ますか?」
私は安心して話せる彼と明日も会いたい、そう思った。
「来ようかな。君と話すの楽しいから」
鼓動が早まるのと、頬が赤く染まっていくのが分かる。
「あの、あなたの名前は?」
「真野尚也。じゃあ、また明日」
真野尚也くん。
真野くんに明日も会えるというだけで、学校に行くのが少し楽しみになった。
さっきまで、窓から見る空は寂しいような気がしたけど、どこから見ても空は見守ってくれてる、ような気がする。
学校に行くのは、憂鬱だ。駅へ向かう道を引き返し、図書館へ向かった。
家族には何も言ってないから、迷惑かけるわけにはいかない。
塔矢は、まだ怒っているのだろうか。不安な気持ちが、頭から離れない。どんなに勉強しても、気が紛れない。
ため息をついた。すると、僕のように悩みを抱えて暗い顔をしている女の子が、僕の目の前の席に座った。
彼女は、何に悩んでいるのだろう。
彼女と僕の悩みを分け合えたら、お互いに救われる、かな。
今日は雨だった。傘に雨が落ちる音がする。普段なら憂鬱な雨の日。でも、いつもより学校に行く足取りが軽かった。
歴史の授業前、教科書を忘れたことに気づいた。最悪。
「野崎先生、教科書を忘れました」
「分かりました。隣の席の人に見せてもらってください」
どうしよう。野崎先生に教科書を忘れたことを報告できたけど、隣の席の人に声をかけて見せてもらうのは、ハードルが私には高い。
隣の席の、クラス委員の根岸さんに話しかけなければ。
根岸さんは、なんでもできちゃうタイプ。艶のあるミディアムくらいの髪、甘くて可愛らしい香り。
完璧そうな根岸さんに話しかけるの、緊張する。
深く深呼吸をした。
「あの」
「どうした?遠藤さん」
「根岸さん、教科書を、見せてもらえますか?」
「いいよー」
彼女は笑顔で私にそう言ってくれた。安心した。彼女は、良い人だ。
その後の授業では何の心配もなく受けることができた。
いつも通りじゃない、一歩進めた一日だった。
憂鬱なんか、感じなかった。
いつもよりも学校が楽しかった。
今日も真野くんは、図書館で勉強しているのだろうか。
昨日よりも胸が高鳴りながら図書館へと歩いた。
真野くんは、昨日と同じ席に座っていた。真野くんを見るだけで、胸がいっぱいになる。
「真野くん、お疲れ様」
真野くんは昨日と同じように勉強していた。
「ありがとう。そういえば、昨日君の名前を聞くの忘れてた。君の名前は?」
「遠藤喜子。あの、真野くん、ちょっと聞いて欲しいことがあって」
真野くんは優しく頷いた。
私は、今までの私と今日の根岸さんとのやりとりを話し始めた。
「私、クラスに馴染めなくて、なかなか話せなかった。周りにいる人に嘲笑されてるかもしれないとか思って。でも、今日、隣の席の根岸さんに話しかけることができた。緊張したけど、話せた。自分が知らないだけで、世の中、悪い人ばかりじゃないなって思った。」
「遠藤さんすごいじゃん!それはすごい進化だよ。勇気出せたんだね」
私は嬉しかった。真野くんが真剣に話を聞いてくれて、褒めてくれて。
「今まで、他人のことを信頼せず、疑って生きてきた。でも、変わりたい。誰かと笑い合いたい」
「そう思うことって、自分という人間を良く見ているってことだと思う。それってすごく大切なことだよ」
真野くん、人間としてすごく尊敬するよ。どうしたら、そんな大人な考え方ができるの?
「ありがとう。話、聞いてくれて」
「頑張って!遠藤さん。応援してる」
真野くんは再びシャーペンを持って、勉強し始めた。
私は本を探しに席を立った。今日はコミュニケーションについての本を手に取り、席に戻って読んだ。明日はもっと真野くんに驚かれたい、と思いながら。
しんどいな。
クラスに馴染めず、一人で過ごす時間。
「おはよー」
「おはよう」
騒々しい朝。早く学校に着いても誰とも話さないから、つまらない。正直言って、寂しい。でも、誰かと喋るのは怖い。
私は、どこかでみんなに嘲笑されているのではないか、あの人私の苦手なタイプだ。そうやって、関わっていない人を疑って、信頼しないで生きてきたから。
「喜子ちゃん、喋ってくれないとわかんないよねー」
「遠藤さんって何考えてるかわかんねー」
多分今、クラスメイトには感じ悪いやつ、喋りにくい子と思われている。
鋭い棘が胸に刺さったように苦しい。自業自得なのだけど。
とにかくとっても気まずい。今にも逃げ出したい。
静かに深呼吸をした。
大丈夫。
孤独にはもう慣れた。
慣れたはずなのに、友達と笑い合うことが恋しい。
まだ頑張れる。
自分を奮い立たせ、根性で学校に居続けた。
学校を出た瞬間、緊張から解放された感じがして、胸を撫で下ろした。棘が外れた気がする。
窓から見る青空よりも、外で見る青空の方が、空は見守ってくれているような気がする。
今日も図書館に行こうかな。
私は図書館にいる時が一番安心する。本を読んで、明日も頑張ろうと勇気をもらって、家に帰る。ほぼ日課。
図書館の静けさは寂しくない。むしろ落ち着く。本のページを捲る音、シャーペンの動く音。大きな木のような温もりを感じる。
気になった本を手に取り、いつもの席に座ろうと歩き出した。
あれ?あの人、見ない顔だな。
私のお気に入りのいつもの席の向かい側に座っている男の人。多分高校生。隣町の高校の制服だと思う。
なぜ隣町の高校生がいるのだろう?
疑問を胸にしまって、いつもの席に座った。
彼は、勉強していた。彼の真剣な眼差し、一生懸命さは、本を読みながらでも伝わってきた。
澄んだ瞳と指通り滑らかそうな艶のある髪、骨張った指。美しい、この言葉が彼には似合う。一目惚れ。彼は絵になる。
彼と目が合った。すぐに本に目を落とした。
「何?」
彼は優しく、静かな声で聞いてきた。
どうしよう。見惚れてたなんて言えないし。
「見ない顔だなって。隣町に住んでるんですか?」
「普段は図書館使わないからね。隣町まで高校通ってる。この町で育った、高校一年生」
「そうなんですね。私も高校一年生です」
なぜだろう。クラスで話す時の緊張感がない。気まずくない。怖くない。むしろ、すごく話しやすい。楽しく話せる。
「君は?ここ、よく来るの?」
「はい、ほぼ毎日。図書館って何だか落ち着くから」
「へー。本読むの好きなの?」
私は首を縦に振った。
「自分の想像の世界に飛び込めるというか、本が色々教えてくれるというか。そういうところが好きで」
「楽しそうだね。いい顔してる」
彼は優しく微笑みながらそう言った。
私はなぜか驚いて、少し照れ臭くて彼から目を逸らした。胸がじわーっとあたたまる。
「そろそろ行かないと」
彼は机の上を、片付け始めた。
「明日も来ますか?」
私は安心して話せる彼と明日も会いたい、そう思った。
「来ようかな。君と話すの楽しいから」
鼓動が早まるのと、頬が赤く染まっていくのが分かる。
「あの、あなたの名前は?」
「真野尚也。じゃあ、また明日」
真野尚也くん。
真野くんに明日も会えるというだけで、学校に行くのが少し楽しみになった。
さっきまで、窓から見る空は寂しいような気がしたけど、どこから見ても空は見守ってくれてる、ような気がする。
学校に行くのは、憂鬱だ。駅へ向かう道を引き返し、図書館へ向かった。
家族には何も言ってないから、迷惑かけるわけにはいかない。
塔矢は、まだ怒っているのだろうか。不安な気持ちが、頭から離れない。どんなに勉強しても、気が紛れない。
ため息をついた。すると、僕のように悩みを抱えて暗い顔をしている女の子が、僕の目の前の席に座った。
彼女は、何に悩んでいるのだろう。
彼女と僕の悩みを分け合えたら、お互いに救われる、かな。
今日は雨だった。傘に雨が落ちる音がする。普段なら憂鬱な雨の日。でも、いつもより学校に行く足取りが軽かった。
歴史の授業前、教科書を忘れたことに気づいた。最悪。
「野崎先生、教科書を忘れました」
「分かりました。隣の席の人に見せてもらってください」
どうしよう。野崎先生に教科書を忘れたことを報告できたけど、隣の席の人に声をかけて見せてもらうのは、ハードルが私には高い。
隣の席の、クラス委員の根岸さんに話しかけなければ。
根岸さんは、なんでもできちゃうタイプ。艶のあるミディアムくらいの髪、甘くて可愛らしい香り。
完璧そうな根岸さんに話しかけるの、緊張する。
深く深呼吸をした。
「あの」
「どうした?遠藤さん」
「根岸さん、教科書を、見せてもらえますか?」
「いいよー」
彼女は笑顔で私にそう言ってくれた。安心した。彼女は、良い人だ。
その後の授業では何の心配もなく受けることができた。
いつも通りじゃない、一歩進めた一日だった。
憂鬱なんか、感じなかった。
いつもよりも学校が楽しかった。
今日も真野くんは、図書館で勉強しているのだろうか。
昨日よりも胸が高鳴りながら図書館へと歩いた。
真野くんは、昨日と同じ席に座っていた。真野くんを見るだけで、胸がいっぱいになる。
「真野くん、お疲れ様」
真野くんは昨日と同じように勉強していた。
「ありがとう。そういえば、昨日君の名前を聞くの忘れてた。君の名前は?」
「遠藤喜子。あの、真野くん、ちょっと聞いて欲しいことがあって」
真野くんは優しく頷いた。
私は、今までの私と今日の根岸さんとのやりとりを話し始めた。
「私、クラスに馴染めなくて、なかなか話せなかった。周りにいる人に嘲笑されてるかもしれないとか思って。でも、今日、隣の席の根岸さんに話しかけることができた。緊張したけど、話せた。自分が知らないだけで、世の中、悪い人ばかりじゃないなって思った。」
「遠藤さんすごいじゃん!それはすごい進化だよ。勇気出せたんだね」
私は嬉しかった。真野くんが真剣に話を聞いてくれて、褒めてくれて。
「今まで、他人のことを信頼せず、疑って生きてきた。でも、変わりたい。誰かと笑い合いたい」
「そう思うことって、自分という人間を良く見ているってことだと思う。それってすごく大切なことだよ」
真野くん、人間としてすごく尊敬するよ。どうしたら、そんな大人な考え方ができるの?
「ありがとう。話、聞いてくれて」
「頑張って!遠藤さん。応援してる」
真野くんは再びシャーペンを持って、勉強し始めた。
私は本を探しに席を立った。今日はコミュニケーションについての本を手に取り、席に戻って読んだ。明日はもっと真野くんに驚かれたい、と思いながら。