「――ごちそうさまでした」

 付け合わせのミントまで食べ終えた私を見て、黒髪の彼は満足そうに笑った。爽やかなその笑みは反則だ。

「お会計は――」
「ああ、うちでは人間のお金は使えないんですよ」
「えっ……」

 鞄から財布を取り出そうとして思わず手が止まる。
 しっかり食べちゃった後に言われてもどうしろと⁉

「あやかしに通貨なんてありませんからね。食事一回につき材料調達をお願いした、等価交換にしているんです。あなたの場合は……どうしましょうか」
『こまめ、これがいい!』
「わっ⁉」

 彼の話を遮って、こまめちゃんが割って入ってくると、唐突に私の鞄に頭から突っ込んでいく。ノートパソコンが入るから、こまめちゃんくらいであればすっぽり入ってしまう大きさではあるが、そこに住まれてしまっても困る!
 しかし、こまめちゃんが鞄から出てくると同時に引っ張ってきたのは、私がおやつで取っておいたカヌレだった。

「これは……」
『あまいにおい! これほしい!』
「欲しいって……猫は食べられないんじゃないかな……?」

 いや、こまめちゃんは猫又というあやかしだと彼が言っていた。もしかしたら、猫と猫又は別なのだろうか。
 悶々と考えていると、黒髪の彼がこまめちゃんからカヌレを取り上げて、じっくり見つめる。

「これはなんですか? 封がしてあるのに甘い香りがします」
「え、えっと……カヌレっていう、確かさっき出してもらったパルフェと同じ、フランスのお菓子ですが……」
「カヌレ! これがあの……名前だけは存じているのですが、実物を見るのは初めてです」

 まるで宝石のように見つめる彼の目はきらきらと輝いていて、気になっているのかどこかそわそわしている。興味津々の犬のようで、可愛らしいと思ってしまった。

「よかったら、食べますか?」
「しかし、これはあなたが購入したものでしょう?」
「私が大好きなパン屋さんのカヌレなんです。パルフェのお代には足りないかもしれませんけど、美味しいものは共有したいじゃないですか」

 きっと、美味しいものに人間もあやかしも関係ない。共有したいと思う気持ちがあってもいいじゃないか。
 私は一度カヌレを受け取って袋から取り出すと、一つを彼に差し出した。最初は躊躇っていたけど、「じゃあ、お言葉に甘えて」と受け取ってくれた。丁寧に半分に割ると、パリッとした音に驚きながら、断面のモチモチした生地に歓喜の声を上げる。

「空洞がたくさん……この弾力もたまりませんね」
『やげん! こまめにも!』
「……少しだけですよ」

 おねだりするこまめちゃんに、やや不満げに小さくちぎって渡す。そしてふたりそろって口に頬張ると、途端に目の輝きが増した。

『おいしい! あまい!』
「これは……食感が外と中でまったく別物ですね。甘いですが、ほんのり香る酒ととても良いバランスです。なるほど、人間が気になるのも納得です。とても美味しい。……そうだ!」