すると、何か察したのか、彼はカウンターの下をごそごそと何かを取り出しながら言う。

「随分疲れているようですね。こまめがいなくても、あなたはいずれここに迷い込むことになっていたでしょう」
「どういうことですか?」
「意思がある生き物は皆、心に隙間ができると不安定になりやすい。特にこの喫茶には、そういう人間やあやかしが寄ってきます。そんな彼らの拠り所になるのが、俺の役目です」
「……あなたは、ずっとここに?」
「かれこれ、百年も前になりますね。もうちょっと長生きしていますが」

 話しながら、彼は棚に飾ってあった底の浅いパフェグラスと取ると、綺麗に拭いてから何かを盛り付け始めた。灰色の猫改め、こまめちゃんも気になったようで、カウンターへ顔を覗かせている。

「はい、どうぞ。お疲れさまのパルフェです」

 そう言って目の前に置かれたのは、正方形にカットされたバニラアイスのようなものだった。バニラビーンズの黒い粒が、目に見えるだけでもしっかり入っており、上にはミントと赤く熟したサクランボが乗っている。

「パルフェ……? パフェではなく?」
「ちょっと違いますね。パフェはフランス語で『パーフェクト』という意味を持つ『パルフェ』を語源とし、日本風にアレンジされたものです。サンデーとも言いますね。日本で売られているパフェは、アイスクリーム以外にもシリアルやフルーツ、チョコソースといった甘いものが加わりますが、フランスのパルフェはあくまでシンプル。卵黄、砂糖、生クリームを混ぜて冷やし固めたアイスクリームがメインです」
「つまり、今のパフェの原点、っていうことですか?」

 噛み砕いた説明をざっくばらんにまとめた私に、「おおむねそうですね」と爽やかな笑みを浮かべて答えてくれた。見慣れたパフェグラスではなく、器の底が浅いグラスを使っているのも、シンプルにパルフェ単体を味わうためなのかもしれない。

「博識なんですね」
「人間の食べるものに興味があるだけです。特に海外のお菓子は興味深い。パルフェは少し溶けているくらいがちょうどよいと思いますよ」
「じゃ、じゃあ……いただきます」

 一緒に渡されたフォークを手に取り、カットされた一つを頬張る。
 冷えたアイスが口の中でじわりと溶け始めたかと思えば、まるでカスタードクリームのような滑らかさに思わず驚いた。甘さは控えめながらも濃厚で、バニラビーンズの香りが口いっぱいに広がっていく。たまらず頬が緩んでしまう。