「店の裏にこんな場所があったなんて……」

 思わず関心していると、あの猫がまた歩き出す。どのタイミングで戻ろうか考えていると、ある店の前で立ち止まった。
 通りの風景に溶け込んだ、木の扉にステンドグラスの窓。レトロな外観に思わず目を見張った。釣り看板には『喫茶・枯淡』と書かれており、達筆ながらも細筆独特の遊び心を忘れていない。

「こたん……?」

 確かわびさび……のような意味合いだったと思う。一瞬、古民家カフェのようなものかと思ったけど、それにしては外装が凝っている。しっかりとした喫茶店らしい。

 そんなことを考えていると、猫が前足でカリカリと扉を引っ掻き始めた。何度か来ているのか、扉には引っ掻き傷がいくつか見受けられる。

「ダメだよ、お店を傷つけちゃ――」

 猫を抱き上げて止めた途端、触れてもいないのに扉が開いて、からんころん、とドアベルが鳴った。

 内装は木目調のシンプルな造りで、ステンドガラス越しにテーブル席が三つ、カウンター席が五つある、こじんまりしたものだった。天井が高いせいか、狭いとは感じない。

 カウンター席の向こう側では、男性がドリップコーヒーを淹れていた。ドアベルに気付いたのか、こちらに顔を向けるとハッとしたように目を見開く。
 青がかった黒髪に、満月のような黄色の瞳。前髪がやや重い髪型なのは、最近のはやりだろうか。すらっとした体格ながらも、ワイシャツの袖をまくって見える腕の筋肉は、とてもしっかりしていた。

 私に向けられたものかと思ったが、視線がやや下のほうに向けられている。抱きかかえている猫らしい。動物も一緒に入店できるか聞くべきだった!

「すっ、すみません! すぐに出て――」
「いいですよ。その猫、うちの常連なんで」
「え……?」
「まだ準備中ですけど、よかったらどうぞ」

 カウンターから出てきた彼は、私から猫を慣れた手つきで取り上げると、カウンター近くのクッションの上に置いた。

「こまめ、ダメじゃないですか。ひとりで人間の世界に行くなんて」
『あのにんげん、あまいの。やげんすきそう』
「あなたはいつ俺の好みを知ったんです?」
『まめがすきなもの、やげんもきっとすき!』

 ……あれ?

 彼とは別に、舌足らずな声が聞こえてくる。店内には私たち以外誰もいない。彼が話しているのは猫だ。
 ……いやいや、まさか。

「あなた、どうやってここに?」

 黒髪の彼がこちらを見て問う。どうやって、と言われても。