「――にゃあ」

「え……?」

 ふと、足元から鳴き声が聞こえた。いつの間にか、私のパンプスを前足で踏んで遊ぶ灰色の猫がこちらを見上げていた。青く透き通ったビー玉のような瞳がコロンと揺れるたび、愛おしさが増す。

「ふふっ。どこの子かな?」

 しゃがんで頭を撫でると、構えと言いたげに擦り寄ってきた。随分人に慣れているから、家猫だろう。手のひらに顔を押し付けるようにしてくる。すると、途端に動きが止まって、注意深く手のひらを見つめると、小さな舌でぺろりと舐める。ざらついた舌の感触が、手のひらに伝わってこそばゆい。
 すると今度は私の袖をくわえて引っ張ると、すぐ離して歩き出した。
 何がしたかったのかさっぱりだが、歩く先に見慣れないものが目に入った。シャッターの閉まった店と店の間の、人がひとり通れる程度の細い路地だ。しかし、猫は路地の入口まできて座ると、「早く来い」と言いたげにこちらを見つめてくる。

「……そっちに、なにかあるの?」

 気になって近くに行くも、奥は真っ暗でよく見えない。それをよそに、猫は平然とした様子で路地裏に入っていった。

「ま、待って!」

 そこまでされたら気になってしかたがない!
 意を決して路地に入っていく。かろうじて道が見えるのは救いだったけど、それ以外は真っ暗で、方向感覚がわからなくなる。なるべく店の壁に手をついて猫の後を追う。コンクリートのざらついた表面が手のひらに伝わるのを感じながら、今はただ、目の前を歩く猫を見失わないように歩いた。

 すると、真っ暗な路地から抜け出して、白熱電球のような淡い光を発した街路灯が現れた。
 辺りを見渡せば、どこか古めかしい通りで、先程の街並みとは異なる雰囲気を醸し出していた。大きな通りに面して、店のようなものが並んでいる。開いている様子はない。