「このケーキは『ウィークエンド・シトロン』っていうんです」
これもフランスで有名なレモン風味のバターケーキだ。焼き菓子なので、パティスリーのショーケースで並んでいるのはあまり見かけないが、珍しく店長おすすめの商品として置かれていた。
なぜ「週末」という名前がついたかは諸説あるものの、共通しているのは「週末に大切な人と一緒に食べる」ことだという。
「……大切な人、ですか」
「夜弦さんもこまめちゃんも、私にとって大切な人ですから……一緒に、食べたいなぁって」
子どもっぽいと笑われてしまうかもしれないと思ったし、何か月も通ってはいるものの、美味しいものはやはり共有したい。
それが、私が一緒にいたい人ならなおさらだ。
「私は夜弦さんみたいに美味しいごはんを作ったり、コーヒーを淹れることはできないけど、等価交換という名目で人間の食べ物を買ってくることにしてもらったから、一緒に好きなものを共有できる時間が増えて嬉しく、て……」
だんだんと自分の言っていることが恥ずかしくなっていって、しどろもどろになっていると、頭の上から「はぁ……」と夜弦さんの溜息が聞こえた。
そっと顔を上げると、手で口元を隠している。
もしかして呆れさせてしまっただろうか……?
「まったく、あなたは……」
「えっ……えっと」
「……どうして、そんな可愛いことをするんですか?」
……はい?
よく見れば隠しきれていない耳が真っ赤に染まっている。いつも微笑みが絶えない彼にしては随分珍しい表情で、黄色の瞳からの視線が合うと同時に、私まで体温が上がるのを感じた。
『ふたりとも、まっか』
「こ、こまめちゃん!?」
「こまめ、今日はあなたの好きなトマト料理にしましょう」
『やだ! きらい!』
「わがまま言わない! ……あ、梓さん、飲み物はコーヒーでいいですか?」
真っ赤な耳を隠せないまま、彼は平然を振舞いながら、コーヒーカップを手に取った。
一緒に食べたウィークエンド・シトロンは、レモン風味でさっぱりしたケーキのはずなのに、どのお菓子よりも甘く、甘く感じた。
【 あやかし喫茶のご褒美ごはん 完 】