あれから一ヶ月の月日が経つ。
私は昼過ぎに仕事を終えて、午後は有休を使ってようやく買えたあるものを持って店に向かう。
以前は憂鬱に感じていた金曜日が、今は不思議と足取りが軽い。
逢魔が時にしか開かない小道は、私がいつでも来れるようにと、夜弦さんの力によってあやかしの世界への道が通じるようになっていた。
「こんにちはー!」
『喫茶・枯淡』の釣り看板がかかった扉を開くと、いつものようにカウンターで夜弦さんがコーヒーを淹れていた。こまめちゃんも定位置のクッションの上であくびをしている。
『あずさぁー!』
「いらっしゃい。仕事帰り……にしてはいつもより早いですね」
「はい、今日はこのために早く退勤しました!」
いつしか定位置になっているカウンター席に案内されると、私は二人に鞄とはべつに持っていたケーキボックスを差し出す。
『あまいにおい』
「そう! 先月オープンしたパティスリーの新作が出ていたので、いろいろ買ってきましたよ!」
「それは楽しみですね。早速開けていいですか?」
「もちろん。どうぞ」
私がそういうと、夜弦さんがどこか緊張した様子でケーキボックスを開いていく。そして中に入っている六個のケーキを見て、横から覗き込んできたこまめちゃんと一緒に目を輝かせ、歓喜の声が上がった。
ベリーのフルーツタルトにミルフィーユ、オペラが一つずつ、そしてレモンケーキが三つ入っている。先日オープンしたパティスリーの人気商品四点だ。
「どれも艶やかで美しい……っ! 果物もこんなに可愛らしいなんて……!」
『つやつや! きらきらしてる!』
「こ、これ……本当にいいんですか⁉」
「はい。……あ、でも一気にこんなには食べきれないですよね……」
自分で押し付けておいてあれだが、どう考えても多すぎる。しかし、夜弦さんはフッと笑みをこぼすと、棚から小皿とフォークを取り出す。
「俺は鬼ですから、人間よりも量は食べますよ。それに梓さんのことですから、自分でも食べるようにもう一つ買ったんでしょう?」
「あ、バレました……?」
「ええ。六個なのに、同じ種類が一つあるのはそういうことだと思って」
そう言って、レモンケーキを一つ取り出すと、私の前に置いた。五センチほどの厚みにカットされたパウンドケーキに上から甘いアイシングがかかっており、ピスタチオを刻んだ緑が映える。
「気になっていたものなんですか?」
「それもあるんですけど……これは一緒に食べたかったんです」
「一緒に……って、俺たちと?」
珍しく首を傾げて問う彼に、なんだか恥ずかしくなって視線を逸らしたまま答える。