十分ほどしてカウンターの奥から戻ってきた夜弦さんが「お待たせしました」と言って、黄色の卵が覆われたドーム状のオムライスを置く。ドレスのフリルのようにして巻かれたドレープオムライスだ。端にはデミグラスソースがかけられている。
「いただきます!」
早速とろとろに仕上がった半熟の卵と、下に隠れていたケチャップライスを一緒に、スプーンで器用にすくう。卵がプルプルと震えているのが輝かしく見える。一気に口に頬張ると、トロッとした食感に思わず唸ってしまった。
「ん~~っ! 美味しい!」
とろける卵に包まれた具だくさんのケチャップライスが、まるで爆弾のように口の中で弾けた。デミグラスソースの濃厚な味わいが絡まると、思わず頬を両手で押さえる。
『あずさ? なにしてるの?』
専用のお皿でオムライスを食べているこまめちゃんが不思議そうにこちらを見る。
そっか、あやかし――猫?――には伝わりにくいかもしれない。
「あのね、美味しいものを食べたとき、頬が落ちるっていう錯覚に陥ることがあるの」
『ほお? ついてるよ』
「そうなんだけど……難しいな。ええっとつまりね、夜弦さんの料理が美味しくてたまらない! ……ってこと」
「それは嬉しいですね。でも夕飯までまだ時間がありますが、ごはんものでよかったんですか?」
「はい! お昼はあまり食べていないので」
というより、食べた気がしないし何を食べたかも覚えていない。
あの人には申し訳ないけど、高級品をふんだんに使ったコース料理よりも、夜弦さんが作ってくれるごはんのほうが、ご褒美みたいで好きだ。
「そういえば、さっき何か言いかけていませんでした?」
「ああ、気にしないでください。……どのみちこまめが戻ってこなくても、腹の音で邪魔されただろうし」
「え?」
「なんでもありません。それより……」
あの日、迎え入れてくれたときと同じ笑みを浮かべて、夜弦さんが私に言う。
「おかえりなさい。梓さん」
私が帰ってきてもいいと言ってくれる居場所。
夜弦さんのごはんがいつでも食べられる素敵な場所。
――そう思うと胸が熱くなって、自然に頬が緩んだ。
「ただいま」