なんだかどっと疲れがあふれてきて、不意に涙がこぼれる。ぼろぼろと止まらない私に、珍しく夜弦さんがオロオロとしている。

「あ、梓さん?」
「――よかった」
「え?」
「……っ、嫌われてなくて、よかったぁ」

 あんな目に遭って怖かったとか、助けてくれて嬉しかったとか、そんな感情を追い越して安堵した。
 美味しいごはんも、新しいことばかりで弾む会話も、夜弦さんと出会えたから感じることができた。それを全部なかったことにするなんてできなかったのに、小道が閉ざされたのを目の前にして、ついに嫌われてしまったと、もう二度と会えないと思ってしまったあの時の絶望感がずっと忘れられなかった。

 泣きじゃくる私に、夜弦さんがそっと頬に触れる。満月のような黄色の瞳に思わず吸い込まれそうになる。

「嫌いになんてなりません。あなたは俺がずっと探していた人だから」

「え……?」
「俺は――」

 と夜弦さんが言いかけた途端、ドアのほうから突然、ガリガリと何かを引っ掻いている音が聞こえた。

『あずさぁ! やげんあけてぇぇ!』

 舌足らずな声とともに、にゃぁん、と猫の鳴き声も聞こえてくる。――こまめちゃんだ。
 夜弦さんがドアを開けると、私が持っていたハンドバッグと咥えたこまめちゃんの姿があった。どうやら店からここまで咥えて走ってきたらしい。

「……そういえば、レストランに置きっぱなしにしていましたね」
「あっ……」
『こまめ置いていくなんてひどい』

 ハンドバッグを夜弦さんに渡して、私の膝の上に飛び乗ったこまめちゃんは、むすっとむくれた顔で見上げてくる。上目遣いが可愛らしくて、思わず抱きしめてしまった。

「ごめんね、こまめちゃんー! 忘れてたわけじゃ……って、私はスマホに入っていたこと知らなくてごめんね!」
『むうう……あまいの、たべたい』
「もちろん買ってきますとも!」

 いくらあやかしだからって、この可愛さには敵わない。癒しは正義だ。

 すると突然、ぐう、とお腹の音が店内に響いてしまった。レストランで食べたはずなのに、安心してか空腹が起きたらしい。
 もちろん、その音は夜弦さんにも聞こえていて、ふっと笑みを浮かべて問う。

「ちょっと早いですが、作りますよ。何がいいですか?」