これ以上騒ぎにならないよう、夜弦さんは私を連れてすぐあやかしの世界へ入ると、喫茶店『枯淡』に直行した。先程までむき出しになっていた角は、元通り前髪で隠されている。
「ここまで来れば安心でしょう。人間は追って来られませんし、俺の領域であればあやかしも近づかないようにできます」
私をいつものカウンター席に座らせると、「怪我はありませんか」と、心配そうに見つめてくる。
「……あの、どうして場所が分かったんですか?」
「こまめのおかげです。俺に内緒であなたに取り憑いていたんですよ」
話を聞くところによると、夜弦さんと喧嘩別れした後、こまめちゃんは私のスマホに取り憑いていたらしい。そこで叔母さんとのやり取りの中に黒い靄を見つけて、夜弦さんに報告していたという。
「言ったでしょう。あなたはあやかしにとってご馳走なようなもの。見て見ぬふりなんてできません」
「なにそれ……そんな心配を、夜弦さんがする必要ないじゃないですか! 私と関わらないように小道を閉じたのだって、離そうとしたからでしょう!?」
「閉じた? なんの話です?」
「え……? で、でもこの間――」
私は小道の前に荷物が置かれ、普通の路地になって人ひとり入る隙間がなかったことを告げるも、夜弦さんは不思議そうに首を傾げた。
……あれ? だとしたら、夜弦さんはどうやって人間の世界に来れたんだろう?
「梓さん、小道に来た時間帯は?」
「お、お昼すぎだったと……」
私が首を傾げると、「ああ、なるほど」と納得したように彼は笑った。
「人間の世界とあやかしの世界が四六時中繋がっているものではありませんよ。夕方から夜の時間帯――逢魔が時と呼ばれる時間帯に繋がるようになっているんです。だから昼すぎに来ても道は塞がれています。説明しませんでしたっけ?」
「……初耳です」
つまり、彼が自ら閉じたわけではない、ということ。