「久しぶりね、梓ちゃん。相変わらずパッとしないわねー」
お見合い当日の昼頃。指定されたレストランに向かうと、ロビーで芳子叔母さんが待っていた。久しぶりの叔母さんは気合が入っているのか、ベージュを基調としたスーツ姿だ。
ドレスコード必須ということを直前に聞かされた私は、慌ててタンスから紺色のドレスワンピースを引っ張り出してきた。菜摘に頼んで、髪も結ってまとめてもらったが、叔母さんには不評だったらしい。
それはそうだろう。万年スーツで働いている私におしゃれなど無縁なのだ。
「相手はここのレストランのシェフなのよ。きっとごちそうしてくださるわ」
「はぁ……」
ただ叔母さんが食べたかっただけなのでは、と疑惑が浮かぶも、私たちは席に案内された。
すでにテーブルにはすらっとした男性が立って待っていてくれた。見る限り優しそうだが、まるで仮面を貼り付けたような笑顔だった。
「初めまして。今日はお会いできて光栄です」
「こちらこそ。うちのしょうもない姪とのお見合い、ありがとうございます」
私にされた挨拶を、かっさらうように叔母さんが間に入ってくる。私に喋らせる気はないらしい。
挨拶もそこそこに、テーブルについて料理が並べられた。コース料理のようで、一皿食べ終えるごとに新しい料理が運ばれてくる。
「今日のコースは僕が提案したものなんですよ。特にこのリエットは、焼いた肉をペースト状にしたもので、程よい塩気が効かせています。フランスで修業した時に考えたもので……」
「まぁっ! とても美味しいですね。バケットがいくらあっても足りないわ!」
男性は自慢げに料理の説明をする横で、叔母さんは褒めながら食べ進めていく。私はその話を、相槌を打ちながら聞いて食べていたけれど、なんの味をしていたのかまでわからなかった。
「――ところで梓さん、結婚後のことですが、どうお考えですか?」
食事を中断し、男性が私に問う。
「どう、とは?」
「芳子さんから、会社を辞めて家に専念することが可能だと聞いています。ぜひ僕もそうしてほしいんですが、いかがでしょう?」
「はっ――⁉」
思わず叔母さんの顔を見える。まるで自分のおかげだと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「食事もお金も私がすべて用意します。不自由な暮らしはさせません」
「私は――」
「いいじゃない、何の仕事をしているかもわからないんだから、辞めたっていいでしょ」
私を遮るように、叔母さんが言う。断れない状況下に置かれているのは明白だった。
でも――。
「ごめんなさい。お断りします」
「え?」
私の言葉に、二人が目を丸くしたまま固まった。
「自分の仕事に誇りを持っています。お金も生きていけるだけでいいし、今の暮らしが不自由だとは思ったことがありません」
「しかし、結婚することが女性としては幸せなのでは」
「私はそうは思いません。自分の好きなことをして生きて、好きな人が隣にいてくれたら、それで幸せです」
そう、これでいいんだ。榎木くんの時と同じ、私はもう言いなりになんてならない。たとえ恩人だったとしても、一生に一度しかない人生を決められるまでされたくない。
いつもの弱気な私でないことに、叔母さんは信じられないと口をパクパクと開いては閉じてを繰り返している。
「梓ちゃん、あなた……お母さんに顔向けできないわよ!」
「……そもそも、叔母さんが私にお見合いをさせるのは自分のためでしょう? 母はあなたみたいに、自分のしたいことを押し付けるような人じゃない。きっと、私がした選択だってわかってくれる。母の名前を出して言い包められると思わないで……っ!」
今まで言い返したことがなかったから、叔母さんはわなわなと震えている。
「何より私は、自分の話ばかりする人とはこの先やっていけないと思っています。なんでも自分の思い通りになると思っている人が、大っ嫌いです」
「~~っ、こちらが下に出てやっているというのに、なんだその口の利き方は!」
本性を現したのか、男性が顔を真っ赤にして食べかけの料理が載った皿を持つ。
嫌な予感がして構えると、男性の体の周りに黒い靄がまとわりついているのが見えた。
「――っ!」
殴られると思って、途端に目を瞑った。
これが命日でもいい、捨てられてもいい。だから――一目だけでも会いたいと願ってしまった。
「――夜弦さん!」