夜弦さんの言った通りだ。
 育ててくれた恩を返さなきゃとか、愛してくれたから貢献したいとか思って行動に移しても、決してそれが彼らの言いなりになることはない。別の形で返すことだってできるはずだ。
 それでも私は、捨てられることが怖かった。離れることが怖かった。
 なんでも従う自分でいれば、あの人たちは必要としてくれると思ってしまった自分が、一番ダメだってわかっていたはずなのに!

「……菜摘、ありがとう。ちょっと行ってくる」
「え? 行くって……」
「打合せまでには戻るから!」

 慌てて食べかけのお弁当を片付けて自分の席に雑に置くと、スマホと入館証だけ持って会社を出る。日中の人通りが多い中、私は履き潰したパンプスを踏みつけるようにして走った。

 謝りたい。会いたい。

 夜弦さんに会ったあの日、私は救われた。どん底だった私に手を差し伸べてくれて、美味しいごはんを用意してくれた。詳しい理由を聞かずに寄り添ってくれた。

 前を向く元気を彼から、こまめちゃんから、あの喫茶店からもらえたのに、どうして気付けなかったんだろう。

 私はまだ、二人と一緒にいたい!

「……あ、れ……?」

 久々に訪れたあやかしの世界へ続く小道は、建物と建物の間にある。人ひとりがぎりぎり通れるほどの細い路地だったはずが、物が散乱して通れないようになっていた。かろうじて見える向こう側は、一本挟んだ商店街に通じている。
 すると、隣の建物から従業員らしき人が出てきたので慌てて声をかける。

「あ、あの! ここの小道って……」
「ん? 小道? ずっと前から通れないけど、商店街に行きたいなら、こっちの道をまっすぐ行って曲がったほうが早いよ」

 今まで通れていたはずなのに、ここはずっと前から汚れが目立つ酷い路地裏になっているらしい。向こう側がかろうじて見えるのは、どう見てもあやかしの世界ではない。
 私は忘れていないのに、どうして小道が閉ざされてしまったのか。

「そんな……」

 ――さようなら、迷子の人間さん。

「……こんなの、嫌だよ……っ!」

 あの日彼に言われた言葉が、やけにはっきりと耳元で聞こえた気がした。