食べ進める手が止まらない私を、夜弦さんは笑みを浮かべながら見つめている。
「あの……そんなにじっと見られると、食べにくいといいますか……」
「ふふっ、すみません。あなたがとても美味しそうに食べてくれますから、つい」
「……からかってます?」
「ええ、それはもう」
手のひらで転がすように、彼は笑みを崩さずにそう言った。
その後、食べ終えて食器を片付けに行った夜弦さんから離れて近寄ってきたこまめちゃんが教えてくれた。
『やげん、あずさしんぱい。ほっとした。きょうだって、かいにいくものごういんにつくってた』
「夜弦さんが……?」
言われてみれば、喫茶店に通じる小道は会社から近いけど、会社近辺に食材を調達できる場所は近辺になく、さらに歩かなければならない。
榎木くんに腕を掴まれたときだって、すぐ助けてくれたのも偶然じゃなかった?
『あずさ、おいしいにおいするもん』
「おいしいって?」
『ここにくるにんげん、みんなおいしいの』
舌足らずとは裏腹に告げられたのは、あまりにもぞっとする話だった。「おいしい」なんて、人を口にしなければ出てこない。そう思うと、やはりこまめちゃんはあやかしなんだなと実感する。
『でもね、こわいおもいするの、あずさじゃなくていい。あずさ、ここにすめばあんぜん』
「すむ……住むっ⁉」
あまりにも突飛な提案に、思わず声を上げた。その声に驚いて、珍しく焦った様子で夜弦さんがカウンターの奥から出てくる。
「どうしました? 何を騒いでいるんです?」
『こまめ、あずさとすみたい。やげんといっしょ』
「こ、こここまめちゃん!?」
急に何を言い出すかと思えば、さすがに唐突すぎる!
「こまめ、何度も言っていますが、梓さんは人間の世界の住人です。我々と暮らせるはずがない」
『でもあずさ、こわいおもいした! こまめたすけたい!』
「それは……」
真剣な説得に、夜弦さんは口ごもってしまった。
こまめちゃんにはさっきの榎木くんとのことは一切話していない。でもこうやって怖い思いをしたことがわかるのは、あやかしならではの察し方なのかもしれない。
私はこまめちゃんにそっと触れる。
「こまめちゃん、ありがとう。嬉しいよ。でもごめんね、私は人間だから」
そう、私は二人とは違う。生活する環境も、常識も異なる世界で生きている。一緒に生活したとして、馴染むのに時間がかかる。何より、私のことで二人を巻き込むようなことはしたくない。
私がそう言うと、こまめちゃんは『あずさぁ……』と泣きそうな声で唸った。