喫茶店『()(たん)』を訪れるようになって、早二週間が経つ。
 夜弦さんの話によると、あやかしの世界へ通じる道は、ある条件を満たさないと開かれないらしい。

「あなたがこまめの後を追って通ってきたのは、あやかしの世界に繋がる唯一の道です。昔は人間とあやかしは共生してきたはずが、今となっては忘れ去られた存在になりつつある。いつかこの道を知る人間が忘れてしまったら、もう二度と開かれません」

 そういえば、母から聞いたことがある。「あやかしは人の想いから生まれるもの」だと。
 昔は田畑の水不足で育てられないときは、「雨が降りますように」と土地神さまへお祈りに行ったらしい。そうすると神様が誠心誠意の心だけを汲み取って、土地のために尽くしてくれるのだという。人の想いから生まれた土地神さま――正体はその土地に住まうあやかしだと言われている。
 それに(なら)えば、この喫茶店の存在が人の記憶から忘れ去られてしまうと、道は二度と開かないというのも納得だ。

「梓さんが覚えていてくれるなら、当分は大丈夫でしょう。特にあなたは異例ですからね」

 その異例とは何なのかは未だに教えてもらえてない。
 マスコットキャラクターのように店に座っている猫又のこまめちゃんは、最近あやかしになったばかり――といっても十年以上前なので、私にとっては大先輩だ――で、弱っているところを夜弦さんが助けたらしい。

 そんな喫茶店に、私は二日に一回のペースで訪れるようになっていた。
 一番の目的はやはり夜弦さんの料理だが、人間がいないというだけでどこか現実逃避したい自分がいるようで、訪れる客があやかしという不思議な空間に居心地の良さを感じている。実際に私が訪れた際に常連のお客さんがいて、最初はたいそう驚かれたけど「これは楽しくなりそうだ」と快く迎え入れてくれた。