顔を顰めながらも雲川が虎の脇腹へ手刀を入れる。
「新城!」
「上出来だ!」
倒れた虎の足元に光と共に円形の陣が輝く。
光に包まれた虎は悲鳴を上げてのたうつ。
この光が嫌いなのだろうか?
ユメがみていると、光が収まり、虎の姿が消える。
「…………これで、終わり?」
「あぁ」
緊張の糸が切れた事でぺたんと座り込むユメへ新城が近づく。
「これでアンタを困らせていた家の問題はすべて解決……あぁ、解決ついでに」
「え?」
「余計なお節介しちゃう」
その後、不幸のどん底だったユメの人生は少しずつ、ほんの少しずつが良い方向へ状況が変わっていく事になるがそれは別の話。
「どうだった?ユメちゃん」
「都先輩!本物です!とっても凄かったです!」
バイト先で都に尋ねられたユメは後になって湧き上がってきた興奮を伝えた。
「あれでよかったの?」
一仕事を終えた僕は先を歩いている新城へ声をかける。
「あれで良いんだよ」
「疑ったりしないかな?」
「それはないだろう」
僕の疑問に迷うことなく答える新城。
あの家の呪いを解呪した後、新城が依頼主である浜口ユメさんに伝えた事。
タヌキの置物を大事にすること、家から少し移動した先にある祠を定期的に掃除するというもの。
「紹介という形だが、あの女は良い人間の部類だ。助けてもらった恩はどういう形であれ返す……そういうタイプだと感じた」
前を歩いている新城の表情は見えないけれど、その声から依頼人の事を信じている気持ちが感じられる。
「それで、お節介で伝えたあの内容はなんだったの?」
「彼女の悪運を祓う為の方法だよ」
「悪運?」
「お前程じゃないが、あの子も中々に酷い人生を送っていた」
「確かに」
両親の借金返済の為に生活のほとんどをバイト等に費やしている。
家族に恵まれていなかった。
その点は僕と似ていると思う。
「その原因として両親が呪われていた事と、あの偽物霊媒師気取りくそ野郎が家に放った呪術が原因だ」
「まだ根に持っているよね?」
身長を貶された事、根に持っているらしい。
「まぁな。両親が何を仕出かしたか知らないが呪いをかけられていた。人が使う呪いじゃない。原因がわからないが、あれは末代まで祟られる呪いだ。その呪いを完全に祓う事はできないけれど、多少、緩和する事はできる。その方法がタヌキの置物だ」
「置物が?」
二メートルくらいの大きさのタヌキの置物を思い出す。
確かに何か普通の置物と違うような気はしたけれど。
「あれは監視役だ。彼女の素行含めて、呪いを緩和するか状況を見張る監視役。最初に確認した時に気が付いたらあったという話だったからな」
「最後の祠は?」
「簡単だ。あの土地、神様が住んでいるんだよ」
「…………え、神様!?」
「あぁ、名のある神様じゃないが、その力は本物だ。住んでいた婆ちゃんがわかっていたか知らないが、祠を定期的に綺麗にすれば、祟りの緩和に神様も力を貸してくれる」
「お節介だね」
「他人の悪意にさらされていたんだ、少しくらい良い方向にいかないとわりに合わないだろ」
怪異に対して厳しい新城だが、困っている人に対して手を差し伸べるところがある。
そういう面を知っているから僕は彼の力になりたいと思えるのだろう。
「それにしても、新城の偽物がでてくるなんて驚いたね」
「どーでもいい」
偽物が現れたという事はそれだけ新城が有名になっているという事だけれど。
本当にどうでもいいという態度で新城が答える。
「怒っていたけれど?」
「俺を侮辱したからな。侮辱する奴は容赦しない」
身体的特徴を貶される事が大嫌いな新城はそこだけに怒っていたらしい。
「新城が噂になっていることは驚いたよ」
「噂は噂だ……けれど、噂は面倒だからな」
追い付いて隣の新城をみると顔を顰めていた。
「嫌そうだね」
「噂は禄でもないものを呼び寄せるからな」
この時の新城の言葉の意味を僕は中途半端にしか理解していなかった。
噂が引き起こす新たな怪異が僕達に襲い掛かるなんて。
この時は夢にも思わなかった。
「えぇ!?トウマの偽物!?」
特別クラスの教室……ではなく学食の一角。
そこで瀬戸ユウリさんが驚きの声を上げる。
放課後。
生徒が部活や思い思いの時間を過ごしている中で僕と瀬戸さんは学食のテーブルの一つを占領していた。
「そいつ、命知らずな訳?」
「名前だけを使って好き勝手しようとしたみたいだよ?」
偽物は詐欺まがいの事をしていたので警察によって逮捕された。
怪異を専門としている部署に属している刑事の長谷川さんによると他にも余罪があるらしい。
「ところで、爆発札以外の札を貼ったって何を貼ったの?」
興味津々という表情で瀬戸さんが尋ねてくる。
「髪が抜ける呪い」
「……ごめん、もう一度」
「髪の毛が抜ける呪い」
「……その偽物って剛毛?」
「そんな感じだったかな」
なんともいえない表情を浮かべている瀬戸さんだが、実際の偽物をみていないからイメージできないんだろう。
長谷川さんによって逮捕された時、伸びていた髭はなくなり、頭や足、腕までつるつるになっていた姿は不衛生の姿よりさらに不気味に思えた。
まさに。
「ツルツルのタコだよ」
「それは、それで、なんかシュール」
「瀬戸さん!休憩時間終わりだよ!」
食堂の入口からジャージ姿の女子が声をかけてくる。
「わかった~、あ~、楽しい時間ももう終わりだ」
「仕方ないよ。体育祭が近いから」
僕達の通う学校は夏休みを終えて一か月後くらいに体育祭、その二週間後くらいに文化祭が控えている。
文化祭は教室のほとんどを行事に使用することから特別クラスも一時的に解散になってしまう。
僕、瀬戸さん、新城はそれぞれのクラスへ戻っている。
文化祭が終われば再び、特別クラスへ戻ることが出来るんだけど。
「瀬戸さんはともかく、僕と新城は浮いているなぁ」
「知るかよ」
クラスメイト達に呼ばれて楽しそうに去っていく瀬戸さんを見送った僕の後ろ。
丸椅子をいくつか並べた簡易ベッドで寝ている新城が片目を開ける。
「いいの?新城は新城のクラスに行かなくて?」
「興味がない。体育祭なんてやる気がある奴だけがやればいいんだよ」
興味ないという態度で寝返りをうとうとした新城を僕は止める。
「すまんな」
「いいけど、最近、寝ていることが多くない?」
「どうだろうな……怪異の仕事が多いからか」
怪異、それは呪術や幽霊、妖怪等の総称。
人が普段、関わることがない存在だが、時として人に牙をむく。
そんな怪異を祓う事を新城と僕は生業にしている。
生業といっても僕は手伝いだけど。
ここの所、怪異が連続発生していた事から僕達は昼夜問わず、奮闘していたから疲労が蓄積しているのかもしれない。
欠伸を噛み殺しながら再び、睡眠を始める新城。
本来なら僕達もクラスの一員として体育祭の種目に参加しなければならない。
「悪評が多いからな、僕」
クラスメイトの何人かが元幼馴染の起こした呪術で暴走した経緯が噂として尾鰭がつきまくって僕は危ない人になっている。
剣道部の芥川君は噂を信じる事無く接してくれるけれど、全員がそういうわけじゃない。
今も離れた所でひそひそと話をしている体操着姿の生徒達の姿がある。
「気にするな」
半眼で新城がこちらをみてきた。
「大丈夫、気にしてないといったらウソになるけれど、僕に新城がいるから」
「そうかい」
僕に背を向ける新城。
照れているのだろうか?
その事を尋ねようとしたところで急に新城が体を起こす。
「新城、どうし」
「シッ」
言葉を遮って新城が静かにするように言ってくる。
ある方向を見ていることに気付いて、耳を澄ませてみた。
「えぇ、本当?」
「間違いないよ。見たんだって、コレクター!」
「でも、都市伝説でしょ?」
話をしているのは体操着姿の女子生徒達。
声を抑えているものの、意識を向けたら聞こえる程度。
「本当だって、女性にしては大きすぎだし、全身をすっぽりと覆うような白いドレスで帽子だったし」
「確かに、特徴は一致するけど、え、でも、大丈夫?コレクターを見た人って不幸な目にあう」
「そうだけど、みただけだし」
「気に入られたら危ないって、おまじないしないとダメって」
「大丈夫、きっと、大丈夫」
“コレクター”が何かわからないけれど、それを目撃したという女子は段々と顔を青ざめていく。
「……面倒だな」
「え、新城?」
ずかずかと噂話をしている女子達のところへ新城は向かう。
「おい」
「え、きゃっ!?」
呼ばれて振り返る女子生徒の首元を掴むとぐいっと引き寄せる。
コレクターを見たという目を限界まで見開き、覗き込む。
身長差があるから女子生徒の目を見上げるという形になる。
「ちょっと、新城!?」
突然の事に誰も動けない中、新城は女子生徒を解放した。
「呪われてもいないし、呪いもかけられていない。問題ねぇよ。びくびくする必要なし」
あー、時間の無駄だったといいながら新城は去っていく。
「え、なに?」
「今の小さい子、誰?」
「大丈夫だった?目、覗かれていたけれど」
「う、うん、いきなりでびっくりしちゃった」
「何だったんだろ?あのチビ、あ、それよりさぁ、NEONちゃんの新曲、聞いたんだけど―」
新城の態度に不満を抱いていた女子達だったがすぐに別の話題で盛り上がっていく。
追い付いた僕に新城が尋ねてくる。
「今日の夜、時間はあるか?」
「え、うん」
「本当に都市伝説って奴は……」
顔を顰めながらずんずんと歩いていく新城。
事情を説明してくれないのは何かあるんだろう。
僕は僕のやるべきことをやるのみだ。
「時間は追ってメールする。体育祭の行事関係は手を抜け、夜に、状況によっては命に関わる案件に首を突っ込むことになるかもしれない」
「わかった」
そういうと曲がり角で僕達は一時、解散する。
新城は文化祭の準備。
僕は体育祭のリレーの練習だ。
夜。
怪異という存在は日中よりも、夜、真夜中にその存在を現す事が多い。
日中に存在する怪異も強大な力を持っているが、真夜中に登場する怪異も強大な存在がいる。
そんな怪異を祓う仕事を営んでいる、いわゆる祓い屋を営んでいる新城の手伝いを僕はしている。
一度、解散で夜に集合ということだったから僕は私服姿で待ち合わせ場所の駅で新城を待っていた。
「時間通りだな」
私服姿の新城がやってくる。
「それで、僕は何をすればいいの?」
「仕事熱心なのは良い事だが、今回は悪いがマジで気を引き締めてもらうぞ」
「怪異関係だという事はわかるけれど……新城が言うほど警戒しないといけない相手なの?」
「そうだな、時間に少し余裕があるから説明しておくか」
自販機で飲み物を購入して僕達はベンチに腰掛ける。
「まず食堂で女子生徒に何にもないと言ったがあれは嘘だ」
「じゃあ、彼女は怪異に狙われているの?」
「少しはどうして嘘をついたとか、まぁ、楽に話を進められるから良い訳だが」
僕の前で呆れながらため息を零す新城。
「結論から言うと怪異に狙われている。ほぼ百パーセントコレクターだろう」
「えっと、質問。コレクターって何?」
「変なところで鋭かったり、疎かったり……じゃあ、都市伝説はしっているか?」
「名前程度だけど」
新城が都市伝説について僕を説明してくれる。
都市伝説とは近代における異常やありえない話を題材としたものであり、根拠や証拠が不十分な口承や噂の事を指す。
「根拠のない都市伝説もあるが、中には危険な噂もあるその一つがコレクターだ」
「コレクターって?収集家とか、そういうもの?」
「……コレクターは怪異だ。身長が約240cmある女性の妖怪だ。夜の都会に現れ、気に入った存在を自分の巣へ連れ込む……そう、噂されている存在だ」
新城の話によるとコレクターを見たという女子高生にほんの僅かだが怪異の気配が残っていたという。
怪異は意識すればするほど力を増す存在もいる為、咄嗟に「何にもない」と嘘をついて安心させたのだろう。
「焼け石に水程度だけどな、都市伝説はその程度で弱まるほどやわな存在じゃない」
「都市伝説ってそんな厄介なの?」
「遭遇すれば嫌でも理解するさ。あんなもの……本当は関わらない方が一番なんだが見た以上、放っておけないしなぁ」
新城はなんだかんだ言いながら怪異に巻き込まれそうな人を放っておかない。
そんな彼だから僕は支えたいと思うし力になりたいと思える。
「そろそろ行くぞ」
「うん」
道中に新城が教えてくれたけれど、狙われている女子生徒にこっそりと行方がわかる術式を仕込んでいたという。
「それとコレクターに対してだが、俺が指示を出すまでは動くなよ」
「わかった」
「都市伝説の怪異に俺達の常識は通用しない……まぁ、怪異そのものが規格外だが都市伝説は色々と嫌な能力がついていたりする。その可能性がある以上、まずは交渉を試みる」
「交渉?会話できるの?」
「調べた限り」
「え、調べたって情報があるの?」
驚いた僕に新城が鞄から取り出したのはタブレット。
「都市伝説はネットから調べることができる……本当に」
――どれだけ危険かよくわかるよ。
最後に呟いた新城の悪態は僕の耳にしっかり届いていた。
夜。
体育祭と文化祭の準備にひと段落がついて帰宅途中の女子生徒。
「シシシシシシ」
少し離れた所で彼女を尾行する約240cmの女性。
――白いドレスを纏っている。
――長い髪に隠れて素顔はみえない。
――足元も大きなドレスのスカートに隠れているためわかりにくいがガリガリガリと何かを削るような音が複数、聞こえてくる。
彼女こそが“コレクター”と呼ばれる都市伝説の怪異。
口元から同じ言葉を繰り返しながら段々と女子生徒へ距離を詰めていく。
やがて白い指先が彼女へ触れようとした瞬間。
ピタッとコレクターは動きを止めた。
女子生徒は気づかずにそのまま歩いていく。
「シシシシ」
コレクターは振り返る。
振り返った先で長い髪に隠れていた目が大きく見開かれた。
「止まったけれど、どうするの?」
新城が術でコレクターの気を引くことに成功した。
僕は彼を守るようにしながらも指示を待っている。
「まずは交渉だ。気が向かないけれど」
溜息を吐きつつも新城は前に踏み出して声をかける。
「アンタ、コレクターだな?」
「……」
「俺は祓い屋だ。アンタが人間に手を出すというのなら単刀直入に言う、すぐにやめろ」
「……」
「もし、今すぐ手を引いて立ち去るというのなら見逃す。もし、引かないというのなら悪いが、アンタを――」
沈黙していたコレクターが細長い手を前に伸ばす。
そのまま指先が新城に向けられた。
何かある?
僕が十手を手に取ろうとした時。
風が吹いた。
数メートル離れた所にいたコレクターがいつの間にか僕を抜いて新城の前に立っていた。
「え!?」
視えなかった。