浜口ユメは不幸な少女だった。
両親は借金を苦に夜逃げ。
夜逃げに一人娘のユメを見捨てる。
それからユメは祖母の家で面倒を見てもらっていた。
祖母が病気で他界してからはバイトをいくつも掛け持ちして、借金返済に奮闘する。
彼女に更なる不幸が襲い掛かったのは二十歳の誕生日が近づいた時。
「この家は呪われている!」
頭巾を付けて、手首に複数の数珠を巻きつけた男は自らを霊媒師と名乗りユメが住んでいる祖母の屋敷を指さす。
「あの、呪われているって……」
霊媒師は草鞋でズカズカと土を蹴り飛ばすようにしながらユメに近付いてくる。
「言葉の通りだ!この家は悪霊が住み着いておる!すぐに立ち去らなければ祟りがお前を襲うであろう!!」
あぁ、恐ろしいと言いながら男は数珠を鳴らす。
「いや、私、ずっと住んでいますけれど、そんなことは」
「甘い!」
大きな声と飛んだ唾がユメの顔にかかる。
無精ひげが当たるほどに距離を詰めてくる霊媒師に怯えながらゆっくりと後ろへ下がっていく。
唾をまき散らしながら如何にこの家が呪われているのかという事を話し続ける霊媒師。
周りへ助けを求めたいものの、ユメが住んでいる場所は自然に囲まれており、近隣住民とも距離がある。
祖母が自然を愛していた事、ユメが借金返済の為に翻弄していた為に近隣との関りがゼロ。
その為に助けてくれる相手などいる訳がない。
「この家は呪われている!私に任せなさい!私に掛かれば数日足らずでこの家を浄化してみせよう!」
霊媒師はユメの足腰が限界になるまで喚き散らすと数日後にまたくると伝えて去っていった。
残されたユメはへなへなとその場に座り込んでしまう。
「どうして、こう……」
困った表情を浮かべながらユメは家を見る。
「なっちゃうのかなぁ?」
問題はその日の夜から起こった。
屋根がギシギシと嫌な音を鳴らし。
水が急に止まる。
窓ガラスが割れる。
給湯器が故障して水風呂になっていた。
普段から何かしら問題はあったものの、霊媒師の言葉が頭を過ぎり不安がむくむくと彼女の中で膨らんでいく。
あの霊媒師の言葉を信じるべきなのだろうか?
「どうしょう」
バイト中に手が止まり頭を抱えてしまいそうになる。
「あれ、どうしたの?ユメちゃん」
「都せんぱぁい~」
働いているバイト仲間の藤森都がそんなユメの姿に気付いて声をかける。
休憩時間になった事で二人は外のベンチに腰掛けた。
ユメは霊媒師の事、家で起っている異変について相談する。
「うわぁ、何か凄い事になっているね」
「前から色々と不幸はあったんですけど、まさか、家が原因なんて……そもそも、悪霊や霊媒師なんて、都市伝説じゃあるまいし、もうどうすればいいのか」
「ふーん」
「先輩、これでも本気で悩んでいるんですけど」
「あー、ごめんごめん……ねぇ、ユメちゃん」
「はい?」
困惑しているユメに都はニコリと笑みを浮かべて。
「その霊媒師よりとぉっても頼りになる人達、知っているから紹介しようか?」
数日後。
「さぁ、返事を聞かせてもらおう!!」
家の前で相変わらず大きな声と唾を飛ばしながら霊媒師が答えを求める。
ユメは戸惑った表情……ではなく、覚悟を決めた表情で答えた。
「ごめんなさい!お断りします!」
「そうか!そうか……ぬ!?」
頼られると思っていたのだろう霊媒師は断られた事に理解ができず、間の抜けた表情になる。
「こ、断るといったのか?」
「はい」
「そ、それではこの家は呪われ続けたままという事に!」
「この家は呪われていません!」
霊媒師に負けない声量でユメは伝える。
「素人が、私は霊媒師で――」
「うだうだうっさいんだよ」
尚もユメへ詰め寄ろうとする霊媒師を遮るように彼女の家から二人の人間が現れる。
「な、なんだ!?お前達は!?」
現れた二人に戸惑う霊媒師。
「この方達は私の知り合いから紹介して頂いた祓い屋さんです!」
ユメは彼らの方へ向かうと自己紹介をする。
「祓い屋!?見た所、学生に見える!名高い霊媒師である私よりもそんなちんけな者どもを信じるというのですかぁ!」
「まぁまぁ、俺達の事はおいといて、貴方、誰なんです?この方に聞いたところ名乗ってもいないみたいじゃないですかぁ」
「おぉ、これはいかんなぁ」
ニタァと霊媒師は笑う。
「私の名前は霊媒師の中でこの人ありと言われているシンジョウトウマである!私の手に掛かれば悪霊の一つや二つ、簡単に滅することが可能だ!」
「は、はぁ」
名乗った霊媒師がガハハハと高笑いする中でユメは困った表情で長身の少年の隣に立っているもう一人へ視線を向ける。
「(うわぁ)」
ニコニコと擬音が付きそうな程の笑顔を浮かべている少年の姿にユメはなんともいえない表情を浮かべてしまう。
「さぁ、私が名乗ったんだ!そちらも名乗るべきではないかな?小さなガキよ!ん?それとも、ビッグネームすぎて驚いて声もでんかなぁ?」
霊媒師シンジョウトウマの言葉に笑顔の少年がトン、と地面を蹴る。
「へ?」
間抜けな表情を浮かべている彼の眼前に迫る二つの靴底。
彼が事態を理解した時、顔面にめり込んだドロップキックを受けて地面に倒れる。
「な、にぁにを!」
シンジョウトウマが叫ぶと血と共に数本の折れた歯が飛び出す。
ドロップキックをまともに受けたせいで歯が折れたのだ。
「なぁにを?この唐変木がぁ、誰の許可をとって、名乗ってんだぁ?あぁん?」
ヤクザも裸足で逃げ出しそうな凶悪な顔で霊媒師シンジョウトウマを本物の新城凍真が見下ろす。
「は、ひぃ?」
突然の事に理解が追い付いていないのだろう、目を白黒させている霊媒師に新城凍真は懐から二枚の札を取り出す。
ボッと一枚の札に炎が灯る。
青い炎。
「ひ、ヒが!?」
「あ?こんな初歩的な術をシンジョウトウマと名乗るのなら使える筈だよなぁ?あぁ、もしかして、こんなチンケな術何か覚える必要がないってか?そうだよなぁ、そうだよなぁ……じゃあ、ダイナマイトクラスの威力がある爆発札でも使いますかぁ?」
「あ、ひぃ」
叫びと共にもう一枚の札をぺたりと霊媒師の頭へ貼り付ける。
「有名なシンジョウトウマなら知っているだろうけれど、い、ち、おう、説明しておいてやるよ。ソイツは爆発札、一定の時間が経過すればドカン!と爆発する特殊な術が施された札だ……この意味はわかるよなぁ?」
じりじりにじり寄っていく。
「あと、さ」
にこりと優しい笑顔を浮かべた瞬間。
「だぁれが、チビだぁあああああああああああああああああああ!」
「ひ、ひひひぃぃぃいいいいい!?」
わき目もふらずに逃げ出す霊媒師。
途中でもつれそうになりながら必死に頭の札を剥がそうと手を動かして去っていく。
「…………新城、やりすぎだよ」
沈黙を保っていたもう一人、雲川丈二が新城凍真へ声をかける。
本物の新城凍真はホクホクした表情だった。
「あんなでくの坊がよもや、俺の名前を名乗るなんてなぁ、あぁ、本当にすっきりしたよ」
「あれじゃあ、どっちが悪人かわからないよ。爆発札なんて物騒なものを貼り付けて」
「爆発札じゃないぞ。あれは」
落ちていた石を蹴り飛ばして新城は二人をみる。
「え?」
「でも……さっき」
「嘘だよ。呪いとは如何に相手を化かすかにかかっている。あんなド素人に使うのは勿体ないが、舐められたままっていうのは我慢ならないからな。爆発札と別の札を貼った」
「そ、そうなんだ」
本気であの偽物を爆発させていたのでは?そんな疑問が過りながらもユメは偽物が去った事に安心の表情を浮かべる。
「これで解決……なのかな?」
「いいや、まだだ」
「え?」
首を振りながら新城は家を指さす。
「あの偽物霊媒師、ド素人も良いところの分際でとんでもない呪術をこの家に仕掛けていたからな。まずはそれを祓う必要がある」
「え!?あの人の悪戯とかじゃないの?」
「それだけなら良かったんだがな。雲川、手伝ってくれ」
新城は小さな瓶を取り出すと、家の隅へ何かを振りかける。
「何をしているの?」
「この家が傷つかない為の措置」
「え、家が傷つかないって」
「話しは後。雲川、準備は良いか?」
「任せて」
混乱しているユメを置いて、事態は進む。
彼女を守るように立つ雲川、家の前に立つ新城は懐から何かが詰まった瓶を取り出す。
「はじめるぞ」
彼が瓶から取り出した砂?らしきものを家へ振りかける。
その途端、悲鳴のような音が響き渡る。
「きゃっ!?」
耳を抑えて座り込むユメ。
「来るぞ!」
新城が叫ぶと雲川は上着をめくり、そこから十手を取り出す。
「え、あの、ちょっと!?」
「動かないでください」
時代劇でしかみない十手を取り出した雲川に慌てるユメだが、次の展開に叫ぶ。
屋敷から黒い虎が飛び出してきた。
「虎ぁあああああああああ!?」
「はっはー、出てきたな!」
叫ぶ新城が黒い虎に向かって瓶の砂を振りかける。
砂を顔に受けて悲鳴をあげながら虎は地面を転がった。
唸り声を上げながら起き上がると周囲を見渡し、ユメと目が合う。
――あ、ヤバイ。
ユメが本能的に感じ取った直後、虎が鋭い牙を剥きだしにして飛び掛かろうとした。
「大丈夫です」
優しい声が聞こえると共に雲川丈二が前に踏み出して虎の顔面へ十手を突き出す。
十手が虎の眉間にぶつかり、大きな音が響いた。
「グッ!」
顔を顰めながらも雲川が虎の脇腹へ手刀を入れる。
「新城!」
「上出来だ!」
倒れた虎の足元に光と共に円形の陣が輝く。
光に包まれた虎は悲鳴を上げてのたうつ。
この光が嫌いなのだろうか?
ユメがみていると、光が収まり、虎の姿が消える。
「…………これで、終わり?」
「あぁ」
緊張の糸が切れた事でぺたんと座り込むユメへ新城が近づく。
「これでアンタを困らせていた家の問題はすべて解決……あぁ、解決ついでに」
「え?」
「余計なお節介しちゃう」
その後、不幸のどん底だったユメの人生は少しずつ、ほんの少しずつが良い方向へ状況が変わっていく事になるがそれは別の話。
「どうだった?ユメちゃん」
「都先輩!本物です!とっても凄かったです!」
バイト先で都に尋ねられたユメは後になって湧き上がってきた興奮を伝えた。
「あれでよかったの?」
一仕事を終えた僕は先を歩いている新城へ声をかける。
「あれで良いんだよ」
「疑ったりしないかな?」
「それはないだろう」
僕の疑問に迷うことなく答える新城。
あの家の呪いを解呪した後、新城が依頼主である浜口ユメさんに伝えた事。
タヌキの置物を大事にすること、家から少し移動した先にある祠を定期的に掃除するというもの。
「紹介という形だが、あの女は良い人間の部類だ。助けてもらった恩はどういう形であれ返す……そういうタイプだと感じた」