ある日その不思議な子と連絡先を交換することになった。勉強を教えてほしい、らしい。
そうして始まった会話はいつも、少し雑談を交えた勉強だった。その子はどう感じているかわからないが、僕はその子と似ている部分があるのではと感じている。だからこその恐怖心。その代わりに、だからこそ、お互い表面でのキャラが確立されているので面倒な会話にならないのだと思う。少しだけ距離が縮まったようにも、表面で話しているから嘘の情報交換で距離が離れたようにも感じる。親近感は湧く。

家で課題に取り組んでいる時ピコンと小さな通知音が鳴った。
『おはよぉ、今暇ー?』
例の不思議な子からだ。
返信したいわけではないし暇でもないが、ここは暇と言って要件を聞くべきかな、と考えながら文字を打つ。
『おはよ。今なら時間あるよ、どうしたの?』
『良かった!今から会える?塾の近くのコンビニで!』
ポンっと送信するとすぐさまポンと返信がくる。多分、僕が打っている間にもう返信を打ち始めていたのだと思う。そんな速さだった。
やはり向こうも感じてそうだな、僕とその子は似ていると。
だから、僕は断らない、断れない、とわかった上での質問だったのだろう。
『行ける、外出準備済んでないから1時間後にそこで。なに用?勉強道具等の持ち物とかいる?』
『りょかい!自転車でお金持ってきて〜』
またもや、ポンポンと音が続く。はぁ、また読まれてたか。だけど、不覚にも少し笑ってしまった。ここまで読まれるのは不思議ちゃんを超えて能力者なのかな、とその子に興味を持ってありもしない空想をしてしまった自分を笑った。
先ほどまで解いていた問題を終わらせ慌てて出かける準備をする。用を明確に言ってくれないので、なにがあるのかわからないが、もし二人きりならばサプライズプレゼント、などというものではないと思う。相手が僕と同類だと期待する。僕は人との遊びやサプライズを楽しんでいるのか自分でもわかってないから逆に虚しくなる、だから極力内心避けたいのだそのようなことは。不思議ちゃんが僕のことをちゃんとわかってくれているのならば、ちゃんとした用なのか。それとも今までのらりくらりと躱してきた僕についての核心をつくようなことなのか。そんなもんだと思う。もしも当たっていたら、僕の勘に免じて、少しだけその不思議ちゃんに寛容になりそうだ、なんて自分の人間らしさを再確認しながら自転車を漕ぐ。その人間らしさすら嘘なのではないか、と恐怖も乗せて自転車を漕ぐ足を早める。

「おーい柳優ちゃーん!」
その声の先には大きく手を振りぴょんぴょんと跳ねる不思議ちゃんの姿。急いで自転車を止めて向かう。
「ごめん待った?」
「いやわたしも今来たところ。」
「ありがと、で、今日の主題は?」
「柳優ちゃんてば、少し気が早いよぉ。せっかく初めて二人でデートなんだからゆっくり話そっ?」

デートというワードに反応しなかったわけではない。ただ、女子同士で遊ぶときも二人だとデートなどとふざけて呼称することもよくあるのであまり気に留めなかった。それではなく、不思議ちゃんが無駄話をしようとしているところが、僕の見当違いだったのか、と悩ませる。
そうなると、と思い、いつもの学校の人と遊ぶ時のようなテンションに自分を変える。

「あ!そうだったね!!じゃあ行こ、楽しみー!ファミレスとか行く?」
「んーあそこは?」
そう言って指されたのはカラオケだった。
「じゃあそこにしよっか」

カラオケ店に着いてからドリンクバーを頼み、人と遊ぶ時の定番リンゴジュースを注いで部屋に入る。炭酸系はキャラじゃない。本当は好きだけど。キャラじゃないから飲みたくても我慢だ。買い物で炭酸を買うのも誰かに見られたらアウトだからできない。親が冷蔵庫に入れてくれている時のみ飲むことができる。何にそんな一生懸命になっているのか自分でもわからない。
不思議ちゃんはブドウジュースだった。それも捨て難い。
「なに歌うー?」
僕がそう問うと、
「まずは雑談から入る派の人間だからまだ歌わない」
と言うのでパッドを戻した。

「柳優ちゃんとこうやってちゃんと話すのは初めてだなぁ。あんまりお互いのこと知らないし、自己紹介がてら質問しあったりしない?柳優ちゃんもわたしに聞きたいこと、あるだろうし」
ブドウジュースを一口飲んで意味ありげに笑っているように見える微笑みで優しく言ってくる。同類か否か、わからない。本当に不思議な人だ。そもそも自分のことを自分で把握していないので同類もなにもないんだが。
やはりこの人と二人は怖くて、また強気で
「あとちょっとで受験だし塾やめるしそしたら接点なくなるよ、今更自己紹介って」
と返すものの、えへへ、と笑って返事される。多分なにを言っても無駄だ。これは乗るしかない。負けたような気がして悔しいが、どうしようもないし、こんなので悔しがるのは僕らしくない。この子と接していると妙に感情が生まれてしまう。

「僕の名前は知ってると思うけど柳優。他なに言えばいいんだ?先行はあなたに譲るよ」
「あなたじゃなくて名前で呼んでよぉ、わたしの名前はこまだよ。珊瑚の瑚に舞子さんの舞で、瑚舞」
関わりの薄い人の名前を呼びたくない、という理由もないこだわりがあるのだが、呼んでと言われると呼ばざるを得ない。学校でも呼んでいるし、この子の名前を呼んだところでそれが合言葉となって心が読み取られるなんてこと、ないだろうし。僕は最近思考回路がファンタジーだ。笑える。
「瑚舞ちゃん改めてよろしくね、質問もって言ってたけど、質問なんかある?」
「あー、んんー、あいやまあ、、、なのかな、うん、。
改めて考えたら質問し合うとかなんかイベントとして微妙だし、特になかったなぁ、えへへ。柳優ちゃんなんもなければせっかくカラオケきたし歌わない?」
ふわふわとした雰囲気は変わらない瑚舞ちゃんは急に方向転換らしい。あまり前半部分は聞こえなくて、瑚舞ちゃんは自己解決したような流れだったが何に納得したのだろうか。僕と同じように、同類ではないと判断してやめたのかもしれない。そんな深読みを思わず僕にさせる人はあまりいないのでやはりこの子は不思議な子だ。僕が最初に変に疑って意識してしまったためか。
急に方向転換をする人は学校にもいるので対応は別に困らない。
「問題ないかな、、よし歌お!」
「じゃあわたしから」
と言ってお互い歌う。なんということもないカラオケで、流行りの歌や、親がよく聞いているような少し昔の歌とか、恋愛ソングだったり応援ソングだったり。驚くべきことに、僕が好きな歌い手さんを瑚舞ちゃんも好きらしく、あまり有名な方ではないので嬉しく感じた。あんなにあった恐怖心は歌に乗せて少し出ていった。
帰りは自転車を押しながら集合場所だったコンビニまで戻ることになった。ゆっくり歩きながら他愛のない話をする。学校と同じで、楽しいかはわからないが、普通な価値観ぽくしていれば問題ない。慣れたものだから特に意識もせずにリズム良く会話を続ける。

「そういえば柳優ちゃん、」
「柳優で良いよ、ちゃんづけ好きじゃないから」
「りょかい!友達みたいだね、あ友達かもう」
瑚舞ちゃんのその言葉に肯定も否定もせず、微笑んでみせる。ちゃんづけが嫌いなのは、女っぽいからだ。

「で瑚舞ちゃんどうしたの」
「私も瑚舞でいいよ」
「んじゃあ瑚舞どうしたの」
「いやぁなんか、わたしたちって似てない?」
「え?」
「趣味とか性格とか似てると思うんだけどわたしだけかな?」
「あ、そうだよね、好きな歌い手さん同じだもんね、ちょっと似てるかも?性格はわからないな、僕は瑚舞みたいに友達多くないしさ」
「そうそうそういうところ、友達多くないところ、似てるよね!」
「瑚舞はたくさん友達いるじゃーん、友達関連の話聞くこと多いよ?あ、ごめん、塾の席近いから盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど聞こえちゃってさ」
「聞いてたのは大丈夫だよぉ。だけど違くてさ、からあるもんね」
「…からある?どういう、意味、?」
僕が常に殻の中に閉じこもっていると考えているから、からある、が、殻ある、に聞こえてしまったけど、多分気のせいのはずだ。いや、この子が見抜いている可能性は会った時から感じていたじゃないか。その後、関わっていくうちに気のせいだって気付いただけで。それは、気付いたのか?思わされただけじゃないのか…?以前学校と塾を休んだ時と同じ焦りが再び蘇る。最近、怖い、と思っていても、所詮ただの不思議ちゃんだし暴かれない、と油断していた。

「柳優って頑張ってるよね」
「みんな頑張ってるよ…?」
「そういうことじゃなくてさぁ」
変に気まずい雰囲気が流れる。僕は下手に発言して匂わせるわけにもいかないし、相手も違った時に不味いからはっきり言えないのか会話が噛み合わない。いや僕は意図的に噛み合わせない。