死ぬ前に一度くらい、青春したっていいじゃないか。

 そんな思いを胸に、同じクラスの木崎を呼び出した。
 死にたいと願う理由は、自分でもよくわからない。生きていたくないからというのが一番大きい。家庭環境が悪いわけでも、同級生にいじめられいるわけでもない。ただの、普通の、なんの才能もない平々凡々な高校生にとってこの世界はハードすぎるのだ。今後ちゃんと自力で生きていく自信がない。そんな日々の不安と憂鬱をSNSに吐き出して自分の機嫌をとるのも、もう飽きた。
 とはいえ、高校生たるもの一般的な青春に固執している節がある。恋人ができたこともなく、せめて屋上で告白するという青春をクリアしておきたかった。
 木崎はモテる。好きな人がいるらしい、という噂を前に耳にした。その人は誰なのか、その人とどうなったのか、わからない。ただ一つ明確なのは、フラれるということだ。でもそれでいい、告白する事さえできればフラれたって良い。

「よお、どうした山野」
「呼び出してごめん」

 初めて屋上に出て柵に寄りかかり待つこと五分ほど。木崎はいたっていつも通りの態度で姿を現した。木崎に向き直り、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。口を開きかけたその時、先に話し始めたのは木崎だった。

「山野、まさか今から死のうとしてるんじゃないよな?」
「え?」

 スマホを取り出して何度かタップした後、木崎はその画面を見せてきた。その瞬間、息がとまるかと思ったというのは冗談などではなく、本当に息が出来なかった。

「この酔生夢死って名前のアカウント、山野だよな」

 木崎が見せてきたのは、リアルでの知り合いは誰も知らないはずの自分のSNSアカウントのプロフィール画面。その上、画面には「フォロー中」「フォローされています」の文字。それはつまり、木崎と知らないうちにSNSで繋がっていたことを指していた。

「……なんで?」
「行事とか、模試とか、クラスでのご飯とか、どうにもタイミングが合いすぎてるんだよ」
「だからと言って断定はできないと思う。他の人の可能性だって」

 意味のない抵抗だとはわかっていた。初めてリアル同級生にアカウントがバレた焦りは尋常なものじゃなかった。対する木崎は冷静で、それはもう終わりを示していた。知られてしまった。同級生の、しかもよりにもよって今告白しようとしていた相手に。

「これ。『今日は寝坊したから遅刻ギリギリあぶなかった』この日確かに山野はショートホームぎりぎりに来た」

 そこまで言われてしまえば、仕方がない。正直に認めるしかない。そもそも、木崎はこのアカウントを広めるような人ではない。もし広めるような人なら、とっくにこのアカウントが学年中に知られているだろう。

「正解。あたり」
「……なんかごめん。誰にも言わないから」
「うん」
「屋上なんかに呼び出すから、ついに死のうとするんじゃないかって早とちりした」

 そう苦笑した木崎の笑顔を見て、なにかが引っかかる。そのひっかかりの理由を考えつくことは、容易だった。

「もしかして、木崎も病んでる?」
「は?なんでだよ」
 
 聞いた瞬間、木崎はへらっとごまかすように笑う。そして先ほどの自分と同じように、質問には答えず聞き返した。その反応ですぐに肯定だと分かってしまった。

「このアカウントでは、似たような状況の人しかフォローしてないしフォロー返さない。他の界隈と混ぜたりしてない。誰?木崎は、誰?」

 自分をフォローして、自分もフォローしていて。それがもう答えだった。観念したような木崎は、自身のプロフィール画面を見せた。

「え、ライセ……?」

 木崎は、おそらく来世を意味するであろう「ライセ」という名前のアカウントの持ち主だった。そのプロフィール画面やアイコンをはっきりと覚えていたのは、何回かやりとりをしたことがあったから。

「笑っちゃうよな、六十人くらいしか繋がっていないのにまさか本当のクラスメイトが紛れてるなんて」
「……大丈夫なの?」

 ライセは、ここ最近ずっと病んでいた。元々病みがちな子たちが集まる界隈ではあるが、人それぞれに波がある。ライセのことが最近ずっと心配だったのだ。今の木崎のつくったような笑い方が、胸に突き刺さる。

「絶対そう言うと思った」
「木崎、本当にライセのことが最近心配で」

 そう詰め寄れば木崎はまた笑った。泣きそうになる自分に、今度はつくられたようには感じない笑みを見せた。

「ありがとな。まあ病み仲間同士、仲良くしようぜ」
「……わかった」

 そう約束することで木崎の為になるならと思い頷く。正直木崎は、陽キャで、運動部に所属して……というように自分が普段から喋ることができるような相手ではないのだ。だから今のこの状況が、信じられなかった。

 とはいえ、絶対に学校で会話をすることはない。SNSアカウントのダイレクトメッセージでとりあう連絡が、会話の手段。あとは今まで通り、SNSでのお互いの書き込みにいいねをする。
 自分はどちらかといえばわかりやすい方で、どんぞこまで病んでしまった時は学校を休む。けれど木崎は学校を休むことはないし、顔にも出さないから病んでいると今まで感じたことがない。だからこそ裏で何を抱えているのか、不安で仕方がなかった。
 
「呼び出し二回目」
「今日珍しく遅刻してきたから心配でさ」

 初めて遅刻をしてきた木崎を、少しだけ学校が早く終わった今日、放課後に教室に残るよう連絡をした。気怠そうに笑う木崎の顔に、どことなく力が無いように見える。

「遅刻、本当に寝坊?違うね」

 絶対に逃がさない、と強く心に決めて木崎を見れば、肩をすくめて笑った。

「山野には詰められると思ってた」
「呼び出しておいてごめん、けどやっぱり言いたくなかったら別に」
「ん?全然。サボりだよサボり」

 サボり、なんて言葉を木崎から聞くことになるなんて。もちろんその言葉が、ただただ面倒でというような意味ではないことは分かっている。

「何かあった?」
「ちょっと病んだ。これじゃ学校行けねえなーってなって、でも体調不良ですら休ませてくれない親でさ。保健室で一日寝とけって言われたこともあるから、休みたいなんて言えないし。それで川眺めてぼーっとしてたらノラ猫登場」

 これ、と写真を見せてくれた木崎が、話を逸らそうとしていることなんてすぐにわかった。

「ここ、穴場なんだよ。行く?」
 
 そういつもの笑顔を見せた木崎が今日の朝、どんな思いを抱えていたのか。いま木崎を一人に出来ないと思い、素直に頷いた。自分と少し距離を開けて歩き出した木崎は、やっぱり気遣いができる人だ。木崎と自分が一緒にいられるところを見られたら、明日以降学校で何を言われるかわからない。そうやって、夕焼けを見ながら木崎の背中を追う放課後なんて、もう二度と無いだろう。

「この辺もう学校の人と遭遇しないから大丈夫」
 
 歩き始めて七分程経った頃、木崎は振り返って手招きをした。走って追いつき隣に並べば、さりげなく車道から遠い方に交代される。見上げる身長差にどきりとする。

「山野、サイダー飲める?」
「うん」

 古びた百円均一の自動販売機前で止まった木崎は、お金を二つ入れてサイダーを二個買った。

「やる」
「いいの?ありがとう」
「今日暑いな。もう少しで着くから」

 木崎の言葉の通り、再び歩き出して三分程で目的地に着いたらしい。木の間を抜ければ、小川が脇に流れる空間があった。木陰になっていて、この暑さでも木崎が外で過ごすことができた理由がわかる。腰をおろした木崎は、隣をぽんぽんと叩く。そこに並ぶように腰をおろせば、涼やかな風が吹いた。

「ここ、良いだろ」
「よく見つけたねこんな所」
「ちっちゃい時にここで昼寝してた記憶があってさ。場所までは思い出せなくて結構探しまわった」

 サイダーを飲み干す木崎は夏が似合う。以前から夏のような人だと思っていたし、今も学校で見せる姿は夏の明るさを弾けさせたような人だ。けれど、ライセが木崎であることを知ってからは、そう思えなくなった。屈託のない笑顔の裏に、何を抱えているのか考えてしまうのだ。笑顔に影を感じるようになってしまったのは、考えすぎだろうか。

「山野ってなんで死にたいの?」
「どストレート……」

 こんな会話、ただの高校生が、こんな明るい時間帯にするものではない。そんな木崎の会話のテンポがおかしくて、でも不思議と居心地は悪くなかった。

「遠回しに聞いたって意味ないだろ」
「まあ、確かに。別に深い理由はないよ。平々凡々な人間が生きるには、この世界は重たいし厳しすぎる。受験、就活、労働、そうやって生きていくためのハードルを考えると猛烈な不安に襲われるから。それくらいなら、死んだ方が楽かなって」
「ふーん」
「逃げたいだけ。本当に生きたい人とか死にたい人には失礼な考え方だけど」

 なんとなく木崎を見ているのが気まずくて、正面を見ながら話し続ける。手元のサイダーの缶は、暑さで汗をかいている。制服が汗で肌に張り付くけれど、風が吹いているおかげで気持ち悪くはない。

「失礼ではないだろ。生きたい人にも死にたい人にもみんな理由がある。生きたい人に山野が寿命をあげられるわけでもないんだし、命は自分もんだろ」
「そんな風に肯定してくれる人、リアルでは初めて会った」
「あの界隈には不思議なくらい多いもんな」

 私と木崎が繋がっているSNSアカウントの界隈の人みんな、自殺していく人たちに対して否定をしない。これから死に向かう人たちに対してかける言葉は、「いってらっしゃい」「またね」「お疲れ様」そんな言葉ばかりだ。自殺を止めたって、その人が死にたいと願った理由や原因を根本的に取り除き、今後幸せに生きていけるだけのサポートが自分にできるわけではない。だから、そんな人間が自殺を止める権利はない。そういう考え方の人たちの集合体なのだ。

「その考え方に染まってること自体、良くないことだとは思っているけど」
「自殺を否定しないことに対して?」
「うん。たまに、自殺を止めた人に対してのバッシングだってあの界隈にはあるし。それは流石にいき過ぎてる」
「それはまあ、確かに。けど」

 そこで言葉を切った木崎はごろん、と芝に寝転んだ。上を見上げれば、木の隙間から青空が見える。

「死にたいって気持ちは、死にたいって思ったことある人にしかわかんねえんだよな絶対に」

 当たり前に死にたいと思い、SNSで似たような人たちの界隈に飛び込んでからは感覚が麻痺していた。この世の中に、死にたいと強く願ったことのある人たちは、多いようでそんなに多くないのだ。

「同士がこんなそばにいると思わなかったよ」
「な。しかもちゃんと相互だったし」

 木崎と笑いあって、幸せだと感じた。自分の闇を知られてしまったことに対する恥ずかしさが、いつまにか同士として距離が近くなった嬉しさに変わっていた。けれど、この関係はあまりにも不安定すぎる。お互いがお互いに死にたいのだ。どちらかに何かあるまで、一緒にいたい。木崎の病みを、少しでもやわらげたい。無力なのに、そう思った。

「おはよ」
「え、……」
「山野、相当疲れてるね」

 ぱっと目を開ければ、辺りはすっかり夕焼けに包まれていて隣の木崎はイヤホンを外しながら笑った。寝てしまっていた、と気づいたのは首が痛んだから。座りながら寝ていたせいで、首が嫌な痛み方をした。

「いたっ、……ごめん、気づかないうちに寝てた」
「いいよ。俺もちょっと心休まったし」

 立ち上がった木崎は伸びをした。制服についた草をはらって、リュックを背負う。

「綺麗だな」
「夕日を見てる時だけは、まだ生きてもいいかなって思う」
「へえ」
「それくらい心が浄化されてる、多分」

 そう言えば、木崎は改めて夕日に視線を投げた。誰かと一緒にまじまじと夕日を眺めるなんて初めてだ。夕日をガラス玉に閉じ込めてみたい。夕日を閉じ込めて、お守りにして。ああそうやって、自分を支えてくれるなにかがすぐそばに存在してくれたら、死にたいと思いながらも生きていくしかなくなる。きっと本当は生きたいだろうに、そんな風にしか思えないなんてひねくれ者だ。
 そんなことを思いながら、木崎の横顔をそっと眺めた。

「こういう景色見てると、なんか死にたくなるかも」
「なんで?」
「んー。こんな綺麗な場所にいたくないって思う。いたくないっていうか、いるのが苦しいっていうか」

 木崎の表情がふっと暗くなる。おこがましいことだと分かっていても、守ってあげたいと思った。木崎の抱えているものは、きっと自分の何倍も苦しいものだ。苦しみを分かち合う事なんて出来ないのに、その痛みを自分が負えるものなら負いたいと思った。

「木崎」
「ん?」
「木崎に死んでほしくないって思うの、ただのエゴだけど、生きている間は……痛み、少しでも分けてほしい」
 
 木崎の表情が柔らかくなって、瞳が揺れる。微笑んだ木崎の表情は、諦めたような、疲れたような、喜んでいるような、それでいて泣きそうな。沢山の感情が織り交ざった笑みだった。

 その日以降も、特に学校で会話をすることなんてない。お互いの精神状況をSNSで把握しつつ、気にかけつつ、直接のコンタクトはとらない。けれど、自分の状況をわかって見守ってくれる人がそばに一人いる。そんな今が、確かに支えになっていた。
 学校での木崎は、相変わらず完璧だ。木崎が悩みを抱えているなんて、多分知っているのは自分だけ。そのことに対する優越感、同士だという嬉しさ、木崎が他に苦しさを共有できる人がいないであろう心配。ライセのSNSが数日動かなくなっては不安になり、学校で顔を見て安堵する、を繰り返すようになった。SNSでかなり病んだ発言をしていても、ぱったりと更新が途絶えても、学校で存在を確認できるのは良い事なんだと思う。もうアカウントを全く動かさなくなり、生きているのかもわからない子たちを思い出す。あの子たちが、どんな形であれ幸せでいることを祈るだけだ。けれど木崎は、その人たちとはちょっと違う。やっぱりどうしても、木崎に生きていてほしかった。

 自分は死にたいと思っているのに、そんなの身勝手だろうか。

「漫画買った。久々に自分甘やかす」
「課題終わらない夜って死にたくなる」
「朝が来た、徹夜だ」

 学校が終わり、無気力に寝転がってライセのSNSをぼーっと眺める。もう辺りは暗い。そんな中こういう病んだものに触れるのは自分の精神衛生上も良くないのかもしれない。けれど、このアカウントを開いてみんなの書き込みを見ている時だけは、一人じゃないと思えた。それで楽になれた。同じように苦しむみんながあたたかかった。こうやってまた、SNSを見てぼーっと無駄時間で夜を進めていく。

「死にたいのに、一番確実な死に方ってなんだろ、とか死にたいくせに逃げ道考えてるのも矛盾」
 
 今日の分の書き込みはこれで完了。
 夜は嫌いだけど好きだ。明日への恐怖や億劫さでだんだんと病んでいくけれど、ある時間を超えたらハイになる。三時、いや四時頃だろうか。そこまでいくと気分はだんだんと上がってくる。そのタイミングで空を見たりアイスを食べたりすることが好きだった。朝の清潔なひんやりとした空気も好きだ。でも、朝七時になるとまた死にたくなる。
 徹夜してしまった。そんな精神状態と体調で学校に行くことなんて不可能に近い、休みたい。休もう。そう思ってスマホを眺めていた時、一瞬息が止まった。

「は、……え?」

 ライセの、木崎のSNSアカウントが消えていた。
 木崎、木崎、。どうしようもない不安で起き上がり、制服に急いで腕を通す。乱暴に靴を履いて外に飛びだす。どうした、なにかあったの、どこにいる、まだ、死んでほしくない。
 学校にたどり着き、自転車小屋、下駄箱、教室、部室、息を切らしながら思い当たる場所を探し回る。いない、この時間になってもいないという事は、きっともう学校には来ない。本当に休み?いや、そんなことはない。木崎の親御さんが、学校を休ませてくれるとは思えない。学校を飛び出して、ひたすらに走る。近くの公園、コンビニ、駅、ショッピングモール。そこまで探し回ったところで、足元がふらつき意識が一瞬遠くなる。

「はは、寝とけばよかった」

 本当にタイミングが悪い。とりあえず、あと一か所まわったらいったん休もう。思い当たる場所と言えば、もうそこしかない。重い気持ちのまま、ふらふらの足取りで歩き出す。あと五分もすれば、着く。

「やっぱり、いないか」

 木崎が穴場だと教えてくれた場所。ここに、いると思ってた。けれど辺りは静かで、人なんて見当たらない。にゃあ、と声が聞こえて視線を下に落とす。

「……びっくりした」

 自分の集中力や注意力が落ちていたことに苦笑しつつ、しゃがんで撫でる。多分、この間木崎が可愛いと言っていた猫だ。荷物をおろし、陰に座って木に寄りかかる。猫が私の隣に寄り添うように座った。

「あーあ、」

 自嘲してしまう。徹夜明けの体はもうぼろぼろ、疲労と日差しでがんがんと体力が削られていた。目を閉じれば、すぐに眠りに落ちる。意識を手放す瞬間、にゃあと聞こえた気がした。

「きざき……?」
「あ、起こしちゃった。ごめん」
「……木崎!?なんで、」

 遠くで音がして目を開ける。辺りはもう暗くて、スマホを着ければ二十時半を指していた。制服姿の木崎は、意識がはっきりして改めて驚く私を見て笑った。

「近く通りかかったら、前の野良猫が寄ってきてさ。にゃあにゃあ鳴いて走りだすから、とりあえず着いていったら山野が寝てた」
「猫が……」
「今日山野学校来てないって聞いた、大丈夫?」
「ああえっとそれは……ライセのアカウントが消えてて、不安になって、木崎学校来てなかったから、探してて」
「え」

 目を見張った木崎。途端に申し訳なさそうな顔をするから、慌てて手を振る。

「徹夜明けでさ!元々休むつもりだったし!」
「本当にごめん、山野には言っておけばよかった」
「なんで急に消しちゃったの?」
「……昨日、親にあのアカウントバレて、結構ちゃんと怒られてさ」

 事も無げにそう言った木崎に、のどがひゅっとなった。息が詰まって苦しい。呼吸が少しずつ浅くなっていく気がした。

「生きたくても生きられない人がいるのにあんたは、ってすげえ勢いで言われてメンタルやられて」
「え……」
「それで学校サボった」

 話の展開が読めず、木崎の顔を見る。さっきまで、感情が読めない表情をしていたのに、目の前の木崎は、吹っ切れたような柔らかい笑顔だった。

「ただでさえ病んでるのに、死にたい原因以外の物に余計に攻撃されるのまじできつかった。山野も苦しい時は頼って。貴重な同士なんだし」
「…うん」

「綺麗」

 上を見上げれば、星が数個、強く光っていた。

「もう少し歩いたらもっと星見えるけど、行く?」
「行きたい!」
「荷物、カゴいれて」

 自転車を引いてきた木崎の言葉に甘えて、リュックをカゴに入れさせてもらう。肩が軽い。それはきっと、リュックを背負っていないからだけではない気がした。木崎の案内に着いていって、少し坂を上る。だんだんと田舎の方へ近づいているらしく、街灯は先ほどの場所よりも少なかった。

「ここ」
「わあ、展望台?」

 少し開けた展望台に着き、柵まで走る。自転車を止めた木崎が、遅れて私の隣に立った。街灯が少ないお陰で、さっきの場所よりも星が綺麗に見える。人生で見た中で、一番綺麗な星は、幼い頃に行事で山の脇から見た星だと思う。街灯もなく、あたりもほとんどが田んぼで、空には数えきれない星が綺麗に広がっていた。それが多分、見た中で物理的に一番綺麗な星。

「綺麗だな」
「うん」

 けれど、一番綺麗に見えた星は、あの時見た満天の星空じゃない。その時の感情とか、状況とか、全部相まって人生で一番綺麗な星を多分、今見ている。
 木崎は、自分の方を見ないまま話していた。木崎の横顔に、勇気を出して気になっていたことを問いかける。今なら、踏み込める気がする。

「聞いてもいいかな。……なんで木崎は死にたかったの?」

「……最初は、ただただ病んであのアカウント始めたんだよ。死にたいとまでは、思ってなかった。だから最初は死にたいとか言ってなかっただろ?」
「うん、覚えてる。……じゃあ、なんで死にたいって思うようになったの?」

 木崎がこちらを見る。初めて泣き笑いのような表情が向けられて、戸惑う。

「好きな人が、死にたがってたから」